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 昭和42年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/3 

3 受刑者の処遇

(一) 入所時の処遇

 新たに刑が確定し,刑務所に入所した受刑者に対しては,刑の言渡しもしくは拘禁生活からくる精神的不安の除去を図り,刑務所における処遇の目的を理解させ,できるかぎり,受刑生活を有意義に送らせるような措置を行なう(入所時教育訓練あるいはオリエンテイションという。)と同時に,矯正の目的を達成するために,個々の受刑者について,最も適当と思われる処遇および訓練の方針を確立するために,分類調査が行なわれる。
 入所時教育訓練は,入所後おおむね一五日以内に,入所時分類調査と並行して行なわれている。この教育訓練においては,まず,その目的,内容の説明から始まり,受刑の意義,矯正および更生保護の目的と機能,所内規則と日常生活上の心得などについて指導される。この実施にあたっては,単に,形式的に告知するという態度でなく,スライド,図表などを利用して,理解を助ける配慮をしたり,説明後,討議の場を設けるなどして,収容生活に必要な知識を教え込み,この過程を通じて,受刑者自らが,改善しようとする機会を得るように方向づけるための最善の努力が払われている。
 分類調査は,個々の受刑者について,科学的な調査を行ない,それぞれのもつ問題と資質との関係を明らかにすることである。分類調査という言葉は,昭和八年の行刑累進処遇令で,初めて用いられ,累進処遇令の実施を契機に,精神医学,心理学などの専門家が刑務所において,分類の業務に従事した。
 戦後,受刑者分類調査要綱が実施されたが,ここでの分類調査は,個々の受刑者について,科学的な診断を行ない,その上に,もっとも有効適切な処遇計画をたてることをねらった一連の手続きとしてなされるものである。したがって,つぎのような過程における調査が含まれる。すなわち,最初に,医学,精神医学,心理学,社会学,教育学などの知識をできるだけ活用して,正確な診断を行ない(鑑別),つぎに,その者に最も適した処遇施設を指定し(施設分類),それぞれの施設内で処遇を配分し(細分類),処遇の実施に基づいて当初の処遇方針を検討し(再分類),最後に,社会生活への橋渡しがなされる。
 調査資料としては,犯罪の内容・経過,生活史(家族歴,生育歴,病歴,非行・犯罪歴,職歴,交友歴など),心身の特質(知能,性格,学力,適性,健康,趣味,娯楽など),家庭状況,近隣関係および所属集団などの資料,本人の日常を監督する任にある職員が本人を観察して知りえた資料,また,少年院・刑務所などの施設収容の経験のある者については,その記録が用いられる。
 入所時分類調査においては,まず,このような資料を収集し,つぎに,それらを総合して,個々の受刑者について,その個性をは握し,改善の難易,すなわち矯正教育の全般的な見通しをたてるとともに,その条件として,事故,反則の予測,教育訓練の内容と方法,対人関係の調整,保護上の必要な処置,作業または職業訓練の種目とその指導方法,医療・保健上問題とすべき点などを明らかにし,受刑者に適確かつ具体的な処遇方針をたて,この処遇方針を最も現実的に具現するに適した処遇刑務所が指定される。

(二) 分類処遇

 受刑者は,分類調査の結果に基づいて,それぞれ,適切なグループ(分類級という。)に編入され,ついて,その分類級に対応する,それぞれ,別個の刑務所,または同一刑務所内の区画された設備に収容され,そこで処遇を受ける。これは,同質の受刑者を一つのグループにまとめることによって,共通の処遇条件を確立し,その上に立って処遇を行なうことは,個別処遇を効率的にすることのほか,処遇設備を集約的に整備できる利点があるからである。
 現在採られている分類級は,性別,年令別(成人と少年の別),刑名別(懲役と禁錮の別),刑期別(長期と短期の別),国籍別(外国人を区別する。)などの比較的形式的なもののほか,心身の障害の有無による区分をし,また,全般を通じて,「所定の刑期を通じての矯正の可能性の見通し」によって,一一級となっている。それらの分類級別符号およびその内容は,つぎのとおりである。
A 性格がおおむね正常で,改善容易と思われる者
B 性格がおおむね準正常で,改善が比較的困難と思われる者
G A級のうち,おおむね二五歳未満の者
E G級のうち,おおむね二三歳未満で,とくに少年に準じて処遇する必要のある者
C 刑期の長い者(おおむね,実刑期七年以上,ただし,東京管区内一〇年以上,福岡,仙台管区内八年以上,札幌管区内五年以上,なお,実刑期とは,法定および裁定の未決通算を差し引いた,実際に刑務所に拘禁される予定期問をいう。)
D 少年法の適用を受ける者
H 精神病(Hz),精神病質(Hy),精神薄弱(Hx)などで,その障害のために医療の対象となる者K 身体の疾患(Kx),身体の故障(Ky),または,老衰,虚弱(Kz)などにより,療養または養護を要する者J 女子
M 外国人
N 禁錮受刑者
 なお,C級以下の各級は,それぞれA級(G級またはE級)あるいはB級に細分類することになっている。
 このような分類級別判定のほか,警備程度,すなわち,構外作業の適否などについて判定を行なうことになっており,その基準が分類調査要綱の実施通ちように定められている。
 分類調査の結果,これらの級別に分けられた受刑者は,それぞれ別の刑務所に収容され,処遇されることがたてまえであるが,地域の特殊事情,各級別受刑者の数,収容者の帰住地への距離および分類拘禁のための移送経費などの問題で,今日のところでは,まだ,全施設が一施設一級別とはなっていない。
 現在行なわれている全国刑務所の分類級別は,II-68表のとムおりで,B系統および長期の刑務所での処遇は,おおむね,作業を重点として運営されているのに対して,A系統の刑務所は,生活指導および職業訓練に重点をおいて運営に努力しており,とくに,D級およびE級の刑務所は,教科,職業訓練および生活指導に重点がおかれている。なお,N級の施設は,開放的処遇を試行的に行なっている。

II-68表 全国刑務所分類級別一覧表(昭和42年4月1日現在)

 昭和四一年一二月二〇日現在における分類級別受刑者人員とその率とは,II-69表に示すとおりで,総人員五二,〇〇三人のうち,B級受刑者が二六,五一五人(五一・〇%)と過半数を占めている。つぎに多いものが,A級で八,六八七人(一六・七%),それについで,G級一〇・九%,C級七・三%,H級二・九%,D級二・四%,J級二・三%,N級二・二%,E級二・一%,K級二・一%,M級〇・一%の順となっている。なお,昭和四一年中に分類調査を終了した新受刑者を初犯と累犯とに分け,そのおのおのの判定結果を図示すると,II-12図のとおりである。

II-69表 受刑者分類級別人員(昭和40.12.20現在)

II-12図 犯数別にみた受刑者の級別人員比較(昭和41年)

 分類制度は,分類級によって,それぞれ適切な内容の処遇を施すことを目的としているものであるが,その前提となる調査がより正確,精密になるならば,それに続く処遇も内容が豊富になるはずである。このことから,入所時分類調査の一五日という期間は,短すぎると考えられるので,昭和二三年以来,検討を進めてきた結果,昭和三二年,中野刑務所に分類センターを設け,六〇日間収容して,新入受刑者の精密な分類調査と入所時教育訓練の徹底を図ることになった。
 また,中野刑務所においては,入所時分類調査の結果,G級と判定された者を収容して,この級別受刑者に最もふさわしい処遇の形態を検討することが義務づけられ,これに基づいて,職業訓練法による職業訓練,集団カウンセリング,個別カウンセリングなどを矯正処遇の中に導入する試みが意欲的に行なわれてきた。また,矯正から保護への橋渡しを,より有効に行なうための一つの試みとして,保護観察官を施設に常駐させた。矯正,保護から,職員を出し合って,一つのユニットを作り,相互に,各収容者についての保護上の問題を協議し,討論する場を作るこの企ては,昭和三七年から始められ,四一年に,いちおう,四年の実験期間が過ぎた。その後は,この試みの成果について研究班を設け,検討中である。なお,昭和三八年以来,中野刑務所のほか,八王子医療刑務所,大阪拘置所など各管区に一つの分類業務充実施設が設けられ,これらの施設における成果を十分検討しつつ,新しい視野のもとで,分類処遇のあるべき姿,具体的な充実の方策が立てられようとしている。
 最近,業務上過失致死傷による禁錮受刑者が増加しつつあることは,前に述べたが,これら禁錮受刑者を集禁して,処遇の充実を図る方策として,東京管区内では,習志野刑務支所,大阪管区内では,加古川刑務所,名古屋管区内では,豊橋刑務支所,広島および福岡管区内では,佐賀少年刑務所,仙台管区内では,山形刑務所に,それぞれN級受刑者を分隔収容して,法規および人命を尊重する態度のかん養を目標とする処遇を行なっている。ここでは,開放された状況の下で,規律ある集団訓練を通じて自律的精神のかん養が図られる。このような開放的施設で収容者を処遇する場合は,そこに収容する者の選択が,処遇を成功に導く一つの大きな要因となる。そこで,習志野刑務支所では,中野刑務所において,精密な分類調査の結果,開放処遇に適すると判定されだ禁錮受刑者を収容しているが,その結果は,良好の成績をあげている。
 ちなみに,昭和四一年中に,中野刑務所で,分類調査を終了した禁錮受刑者は,七二二人で,うち三一人(三・一%)は,性格が準正常で,比較的改善困難と判定されている。改善容易と判定された禁錮受刑者六九一人中,約四〇%(二八〇人)は,軽警備で足りるとされた者であり,重警備を要すると判定された者は,三・〇%(一八人)にすぎない。

(三) 累進処遇

 累進処遇は,処遇段階を四階級に分け,責任の加重と処遇の緩和とを通じて,受刑者の自発的な改善への努力を促進し,その行刑成績に従って,最下級(四級)から最上級(一級)へと,段階的に,漸次処遇を向上させ,社会生活に近づけ,もって,社会適応化を図ろうとする組織的教育的処遇方法である。わが国の刑務所では,早くから各種の段階的処遇が試みられていたが,これが,全国的に統一され,実施に移されたのは,行刑累進処遇令が施行された昭和九年一月一日以降のことである。
 行刑累進処遇令は,その第一条に目的を規定している。そこで,「受刑者ノ改悛」といい,「其ノ発奮努力」というのは,受刑者が自己の責任を認め,自発的な向上の意思によって,自己形成を行なうよう奨励することを意味するもので,その基本は,受刑者の倫理意識に訴えようとしているものである。本令によれば,新入所の懲役受刑者を,一五日以内独居拘禁に付し,その間に,身上調査が行なわれることになっている。身上調査は,なるべく,個性の発現を阻止しないような状況のもとで行なわれ,医学,心理学,教育学および社会学などの知識に基づいて行なわれなければならないとされている。このような調査の結果,累進処遇を適用するか否かが,各受刑者について決められる。累進処遇令では,このような身上調査を行なうことを分類と呼んでいる。
 さて,現在,累進処遇制適用者は,懲役受刑者のみであるが,なお,その適用から除外される者は,刑期六月未満の者,六五歳以上で立業に堪えない者,妊産婦および不具廃疾その他心身の障害によって作業に適しない者である。
 累進処遇の適用者は,まず,四級に編入され,行刑成績の向上とともに,順次,上級に進級を許されるのが原則であるが,特に成績良好な場合には,跳躍進級も許されることになっている。本令には,累進階級に応じた処遇差が設けられている。たとえば,四級,三級の受刑者には,原則として雑居制が採られ,二級以上の者でないと,願い出による夜間独居は許されない。作業の指導補助,転業および自己のためにする労作は,二級にならなければ許されない。自己用途物品の許可範囲,接見(面会)および通信の回数も,階級によってかなりの差があり,上級に行くほど,範囲や回数がふやされる。また,受刑者自治制や中間刑務所的処遇は,おおむね,上級者において許されるものである。
 累進処遇は,階級の上昇と釈放とが結合しなければならないが,わが国では,仮釈放制度の運用が,階級の累進と仮釈放との結びつきを困難にする事情があること,および,受刑者全般の処遇基準の向上から,階級間に処遇差をつけることがむずかしくなったこと等のため,その機能を十分に発揮しにくくなった。ちなみに,昭和四〇年の出所者について,その階級別人員をみると,II-70表に示すとおりで,出所時累進四級者および除外者が約二六・四%いる。仮釈放者についても,四級および除外者が四・七%おり,また,四分の一強が三級以下である。

II-70表 出所受刑者の累進処遇段階級別人員(昭和40年)

(四) 教育活動

 受刑者に対する教育活動は,入所時および出所時教育,生活指導,通信教育,宗教教かい,篤志面接委員による助言指導,職業指導,体育およびレクリエーション指導などの形で行なわれており,このほかに,教科教育も行なわれる。これらの教育活動にあたって,視聴覚教育の方法が広く活用されている。
 入所時教育は,前述した入所時の処遇計画に組み込まれているが,出所時の教育は,矯正教育の仕上げとして,復帰する社会の事情,出所に関する諸手続,ならびに更生援護,職業安定および民生福祉などの各事業とその連絡方法を熟知させ,出所にあたっての心身の調整を行なうことなどを目標に,出所前に行なわれている。
 生活指導は,矯正教育の基幹をなすもので,受刑者の自覚に訴え,規則正しい生活および勤労の精神を養い,共同生活を円満に営みうるような態度,習慣,知識,技術等を養おうとするものである。このような見地から,受刑者の日常生活を通じてしつけ教育を行なうとともに,集団行動場面に即して,遵法精神,秩序尊重の意識,自主協調性のかん養を図ることが重要視され,また,所長以下関係各職員による面接指導を活発化して,個々の受刑者の心情安定を図りつつ,正しいものの見方と考え方とを身につけさせることに努めている。また,受刑者に,社会人としての教養を身につけさせるため,一般講演,演劇・演芸・音楽・競技会などの行事活動,読書指導,集団散歩(社会見学など),集会,クラブ活動などの方法がとられている。
 通信教育としては,昭和二四年以来,収容者に,教育の機会を与え,その能力に応じて,知識および技術を修得させ,かつ,人格の向上を図るため,通信講座による教育を実施している。講座は,文部省の認可または認定による学校通信教育と社会通信教育とを主とし,受講者は,費用を国費でまかなう公費生とそれを個人が支出する私費生とに区分されている。昭和四一年度中の受講生は,四,〇九一人で,受講生の多い順に種別をあげると,簿記,自動車,孔版,中学校,高校および大学課程の教科,英語,電気工事,ラジオ,洋裁およびその他である。
 運動,レクリエーションもまた,欠くことのできない活動の一つである。それは,拘禁生活を送る受刑者に対して,その身体,精神衛生上の見地から,うっ積したエネルギーを適度に発散させるとともに,あわせで,余暇時間を有意義に過ごす習慣を身につけさせるために行なわれる。このような観点から,各種のスポーツ,映画,演芸,囲碁,将棋などを選択のうえ,計画的に実施している。
 篤志面接委員制度は,個々の受刑者がいだいている問題,すなわち,精神的煩もん,家庭問題,職業問題,または将来の生活設計,あるいは,教養,趣味の向上などの問題を,民間の学識経験者の助言指導を求めて,その解決を図ろうとするものである。昭和二八年この制度の実施以来,逐年活発化しており,昭和四〇年末現在で,篤志面接委員は,一,〇五一人で,同年間における面接延べ回数は,九,一五四回に達している。
 宗教教かいは,新憲法に規定された「信仰の自由」の原則に基づいて,受刑者がその希望する教義に従って信仰心をつちかい,徳性を陶やし,進んで更生の機会を得ることに役立たせるよう,行なわれている。宗教教かいは,民間の篤志宗教家によって実施されているもので,これら宗教家(教かい師と呼んでいる。)の数は,昭和四〇年末現在,一,二四八人で,各宗各派に属しており,同年間の指導回数は,個人に対するもの七,九四一回,グループに対するもの六,五六二回となっている。なお,これら教かい師は,自主的に,施設ごとに教かい師会を組織し,宗教教かいの充実に努めているが,さらに,矯正管区単位の教かい師連盟ならびに全国教かい師連盟も結成されている。
 教科教育は,成人受刑者に対しては,文盲者を主たる対象として,社会生活に必要な最小限度の教科(読み書きおよび四則計算など)を,少年受刑者に対しては,学校教育法に準じて,小学校および中学校程度の教科を行なっている。昭和四一年の新受刑者について,その教育程度をみると,不就学が全員の一・二%で,昭和三六年(一・七%)より減少しているが,なお,義務教育を修了していない者が約四分の一いる(昭和四一年の新入受刑者の調査において,二一・〇%)ので,できる限り,基礎的教科の補習教育にも努力している。
 受刑者用の図書については,法務省矯正局に,「収容者用図書審査会」を設け,図書の選定を行なっている。各刑務所における収容者用図書の保有数は,現在,受刑者の読書欲を満たすに十分とはいえない。そこで,法務省矯正局が監修し,その企画,取材,編集など各般の指導を行なっている旬刊の教化紙「人」,月刊の青少年用一般教養誌「こころ」および季刊の教養誌「港」を各施設に配布している。このような出版物とともに,視聴覚教育の教材として,昭和三九年以来,毎月一〇種類の放送教育用録音テープ(一本当たり放送時間約一五分間)を日本短波放送に委託して,二〇組作成し,各矯正管区単位に巡回利用の道を開いている。また,昭和三九年から,NHK厚生文化事業団から,同事業団保有の劇,文化,記録映画(一六ミり・フイルム)を借用して,各矯正管区単位に巡回利用することも行なわれている。

(五) 刑務作業および職業訓練

 刑務作業とは,刑務所および拘置所において,収容者の労務によって営まれる作業をいう。刑法上定役に服すべき懲役受刑者の作業がそのおもなものである。つぎに,これに準じて施行される労役場留置者の強制作業があるほか,法律上は,作業を強制されない禁錮受刑者,拘留受刑者,未決拘禁者などの請願による作業(請願作業という。)がある。
 刑務作業の運営は,釈放後における生活の基礎として必要な職業訓練を行なうことおよび受刑者の勤労精神を育成するとともに,その労働生産性を一般社会に近づけることなどを基調として行なわれる。このため,とくに,青少年およびA級受刑者を対象として,全国四か所(中野,奈良,山口,函館)に総合職業訓練施設を設け,また,管区ごとに,施設を特定して,特定種目の集合職業訓練を行なうなど,計画的,組織的運営に努めている。また,主としてB級受刑者に対しては,努めて有用な種類の作業を選択し,強力に作業を推進することによって労働の意欲と習慣とを身につけさせ,技能の習得を図るとともに,あわせて,生産性の向上と経済性を強調することにより,受刑者に正しい経済生活を営むことのできる能力を付与することに努めている。
 昭和四一年一二月末現在における刑務作業の就業状況は,II-71表に示すように,懲役受刑者は,九〇・一%,禁錮受刑者は,九二・三%,労役場留置者七四・〇%,未決拘禁者二・七%で,全体としては,七七・五%の就業率である。懲役受刑者の中に,不就業者がいるのは,分類調査,疾病,懲罰の執行などの理由によるものである。

II-71表 刑務作業の就業人員と就業率(昭和41年12月31日現在)

 刑務作業の業態は,つぎの五種に分けられる。
(イ) 物品製作 作業の実施に必要な費用,物品などのすべてを国が負担して行なう作業
(ロ) 加工修繕 委託者から,材料または設備の一部の提供を受けて行なう作業
(ハ) 労務提供 作業の実施に必要な,いっさいの費用,物品などの提供を,契約者から受けて行なう作業
(ニ) 経理 炊事,清掃,看護など,刑務所の自営に必要な用務を行なう作業
(ホ) 営繕 刑務所自体のために行なう直営工事または補修工事などに必要な用務を行なう作業。
 これらのうち,経理および営繕を除いたもの(生産作業という。)の昭和四〇年度における就業延べ人員は,II-72表のとおり,一一,一八九,三一七人で,三九年に比べて,五四,八一九人(前年比で約五%)増加しているが,そのおもな理由は,生産作業の増加によるものである。作業の業態別の就業延べ人員の比率をみると,労務提供が最も多く,五二・三%,ついで,物品製作二五・三%,加工修繕二二・四%となっている。これらの割合を,三八年,三九年と比較してみると,物品製作が,わずかずつであるが,増加している。

II-72表 生産作業支出額,収入額,調定額および業態別生産額ならびに就業延べ人員(昭和38〜40年度)

 つぎに,昭和四〇年度の年間生産額についてみると,総額五一億円をこえ,前年より約四億円の増加である。業態別には,物品製作が最も多く,約二八億六千万円で,総生産額の五六%を占めている。労務提供は,約一四億二千万円で,二八%,加工修繕は,約八億三千万円で,一六%を占めている。
 II-73表は,昭和四〇年度における刑務作業のための支出金額,生産額および就業延べ人員を,業種別にみたものであるが,これによると,就業延べ人員の最も多いものは,経理夫で,就業全延べ人員の一八・五%である。経理夫および営繕を除いた生産作業では,紙細工が最も多く,一四・四%である。つぎは,金属一三・七%,洋裁九・〇%,木工七・四%,印刷五・〇%の順である。

II-73表 業種別支出額,生産額および就業延べ人員(昭和40年度)

 就業人員比率の多い業種で,比較的多くの生産額をあげるものは,木工,印刷,革工である。造林,製紙は,生産額が多いが,就業人員の比率は少ない。紙細工は,非常に多くの就業人員をもつわりに,生産額が低い。メリヤス,編物・袋物,藁工などについて,同様のことがいえる。これら低格作業といわれるものは,受刑者中に,ある程度技能を必要とする工程を含む作業につけることがふさわしくない者などが存在することから,刑務作業に,必然的に付随してくる現象で,このような事態を極力避けるよう努力しているが,急に解決の得られない問題である。
 受刑者の職業訓練については,受刑者職業訓練規則を設けて,適格者には,できるだけ,職業訓練を実施するよう努力している。職業訓練法が施行されてからは,訓練時間および教科内容を,これに近づけるように努め,前記の総合職業訓練施設に指定された刑務所において,訓練を修了した者に対しては,労働省職業訓練局長から職業訓練履修証明書の交付を受けている。これら施設における,訓練種目別の履修証明書受領数を,年度別に示すと,II-74表のとおりである。昭和四〇年度においては,前記四施設での証明書受領総数は,四六八である。昭和三七年以降の証明書受領総数は,一,四七五で,業種では,活版印刷,木工が多い。

II-74表 労働省職業訓練局長履修証明書受領数(昭和37〜40年度)

 II-75表は,昭和四〇年度における国家試験その他の資格または免許の受験人員およびその合格人員を種目別に示したもので,これによれば,受験者数八一九人に対して,合格者数は,七一二人の好成績である。このような資格,免許は,その技能程度を公に証明するもので,受刑者が出所後職場への定着のために,非常に役立つと思われるので,所内において,機会をとらえて受験できるよう指導している。

II-75表 資格または免許の取得状況(昭和40年度)

 つぎに,受刑者に社会適応性を与える方法の一つとして,通役(外部の作業場へ毎日通うこと)あるいは泊り込みによる構外作業場を設け,準開放処遇を行なっている。作業の内容は,森林開発,治山治水工事など公共事業的性格のものが多いが,造船,機械関係の仕事にも従事している。松山刑務所所管の大井造船作業場では,綿密な処遇計画のもとに,開放処遇を行ない,良好な成績をあげている。昭和四〇年における構外作業の就業延べ人員は,二四二,五六七人で,総就業延べ人員の一・六%である(II-73表参照)。
 作業賞与金は,刑務作業に従事した者に支払われる。これは,作業賃金ではなく,就役に対して,恩恵的に支払われるもので,作業の種類,就業条件,作業成績,行状などを考慮して,一定の基準のもとに計算し,作業賞与金計算高として,毎月収容者(請願作業に就業した者をも含む。)に告示されることになっている。昭和四〇年における計算高の一人平均月額は,四九六・五六円である。この賞与金は,収容者が釈放のとき,給与されるのが原則である。つぎに,懲役受刑者は,定役としての刑務作業のほか,累進処遇二級以上の者に対しては,作業時間外に,一日二時間以内,自己労作(受刑者が自己のため,自己の収支により行なう作業)が許されている。自己労作は,一種の内職的作業で,これによって生じた収益は,その受刑者の収入となる。業種としては,紙細工がほとんどであるが,昭和四〇年で,月平均八〇〇円余の収益をあげている。おわりに,作業収入と作業を実施するのに必要な作業費との関係をみると,II-76表に示すとおりで,四〇年度においては,その比は,作業費に対して,二四七%であり,また,昭和三二年以降,漸次,作業回収率が増加している。

II-76表 作業費回収率の累年比較(単位1,000円)

(六) 給養

 受刑者の日常生活の必需物資である衣類・寝具・日用品・食糧等,貸与品または給与品の量や質は,科学的な管理がなされているが,とくに,食糧の改善には重点がおかれている。衣類や寝具については,保温,衛生,経済性,体裁などを考慮して,使用材質,形式,貸与数量などが定められている。最近は,耐久力に富み,保温力のすぐれた化学繊維が格安に出回るなど,繊維事情が大きく変化してきているので,品質や形式など,制式の改正に重点をおき,目下,改正試案による試作品について着用試験を行ない,その結果を検討している。日用品のちり紙,歯みがき,石けん,香油などは,官給をたてまえとして,給与基準を定めている。
 給食については,健康管理上最も重視しており,とくに,わが国の給食は,主食偏重の欠陥があるので,これを是正して,副食の改善に努めている。昭和四〇年における刑務所の収容費(収容者を収容するために直接要する費用)は,一人一日平均一四〇・一円で,その五二・八%にあたる七四・〇円が食糧費である。ちなみに,生活保護の二級地成人の食糧費は,一一七・〇円である。
 刑務所における主食は,原則として,米四・麦六の割合で,性別,年令,従事する作業の強度などによって,一等食(一日三,〇〇〇カロリー),二等食(二,七〇〇カロリー),三等食(二,四〇〇カロリー),四等食(二,〇〇〇カロリー),および五等食(一,八〇〇カロリー)の五等級に分けられて給与される。
 昭和四一年における副食費は,成人受刑者一人一日あたり三二・二三円(少年受刑者三六・八六円)で,前年度より二・七四円(少年受刑者では,三・一四円)の増額であるが,生活保護の七二・三三円に比べても,はるかに低い。なお,副食費は,国民生活白書によれば,食糧費の七〇%であるが,刑務所においては,この比率は,四〇%台である。したがって,要求される六〇〇カロリー以上を確保するために,苦しい努力が払われている。そのほか,調理方法,温食給与の方法,調理場の管理などに多大の苦心がなされている。なお,結核患者には,特別の副食費,結核以外の患者や妊婦には,医師の意見に基づいて,特別栄養食品,延長作業や特別の構外作業に従事した者には,加給食,外国人には,特別の外国人給食が給与されている。

(七) 医療および衛生

 昭和四〇年におけるり病者(医療を受けて二日以上休養したもの,または,休養しないが,医療を受けて三日以上治ゆするに至らなかったもの)の数は,II-77表のとおり,五〇,二七〇人で,その内訳は,前年から繰り越したもの五,八三〇人,その年に新たにり病したもの四四,四四〇人(そのうち,刑務所入所後にり病したものは,三八,二四三人で,全体の七六・一%)となっている。最近五年間のり病率(入所後発病者の数を,一日平均収容人員で除した数×一〇〇)は,昭和三六年の五六・六,三七年の六二・三,三八年の五六・六,三九年の五八・六に対して,四〇年は,六〇・二と,わずかに上昇した。また,昭和四〇年のり病者を,その転帰事由別に,百分比によって示すと,治ゆ七四・一%,死亡〇・二%,未治出所一三・四%,後遺一二・三%となっている。

II-77表 り病者の発病区分および転帰事由(昭和36〜40年)

 つぎに,受刑者のり病について,おもな傷病別にみると,消化器系の疾患が,最も多く,二六・七%,ついで,呼吸器系の疾患一三・九%,神経系,感覚器の疾患一〇・八%,伝染病および寄生虫病九・七%,不慮の事故,中毒,暴力等による損傷八・八%の順となっている。
 刑務所における衛生管理上,最も注意を要するものは,伝染病,ことに急性伝染病の発生である。しかし,近年,その防疫対策は,著しく進歩し,昭和四一年中には,赤痢五七件,患者総数二一四人をみたほかには,急性伝染病の発生はなかった。ちなみに,昭和四〇年中にも,赤痢のみが七七件,二三〇人の発生をみている。慢性伝染病では,依然,結核が多く,昭和四一年中の死亡原因では,六名で,がんの半数以下にすぎないが,刑務所内の病舎で休養加療中の患者についてみると,他の疾病に比べて,はるかに多い。昭和四一年一一月に,結核で休養していた患者の数は,九一四人で,同じ月の休養患者総数の一三・六%に当たる。また,最近,一般社会において,その増加が注意されている性病については,法務省矯正局が昭和四〇年一一月二〇日現在で,男子受刑者については,無作為の一〇%抽出調査を,女子受刑者については全員の調査を行なった。その結果,受刑者の九七・〇%が性交経験を有しており,性交経験者の一二・一%がなんらかの性病にり患していることが判明した(調査対象全員に対する百分率では一一・七%となる。)。性病の種類では,淋病が最も多く,性交経験者の七・一%,ついで,梅毒の四・三%となっている。なお,女子受刑者のみについてみると,梅毒が,淋病よりも多く,約二倍認められた。
 そのほか,法務省矯正局では,十余年前の覚せい剤嗜癖問題にかんがみ,毎年一二月二五日現在で,全国矯正施設収容者について,麻薬使用の前歴と麻薬密売に関与した前歴のあるものの調査を行なっている。昭和四一年の調査では,受刑者中の麻薬関係者一,二二四人のうち,八七八人が,法に違反した方法で,麻薬を使用した経験のあるものであった。これに対し,昭和三九年には,麻薬関係者一,八三四人中に一,二五二人,四〇年には,一,四〇一人中に九四九人の使用前歴のあるものを発見しており,このことから,受刑者中の麻薬使用者は,近年,漸減の方向にあると判断できる。なお,麻薬使用受刑者の多く収容される刑務所,たとえば,横浜刑務所においては,分類審議室に配置された技官が,麻薬嗜癖受刑者の分類調査をより精密にし,カウンセリングその他による治療的処遇を実施している。

(八) 保安

 刑務所および拘置所には,その大きな機能として,収容者(未決拘禁者などを含む。)の身柄の確保という業務がある。その他の処遇は,収容者の確保のうえに,成り立つという意味にあいては,すべてに優先する。しかし,これは,収容者の確保のために,すべての他の機能を犠牲にすることではなく,いろいろの処遇が,収容者を確保しつつ,行なわれるような状態におくことである。このように,刑務所および拘置所の安全と秩序とを維持するための業務を保安という。
 II-78表は,昭和二〇年以降の逃走事犯を調査集計したもので,これによれば,逃走事犯は,社会情勢全般の安定とともに,急激に減少している。すなわち,同二〇年から二四年までの混乱動揺期には,一か年平均四一九件六四九人の逃走事故があり,収容者に対する千分比で,八・六八であったが,その後の収容者千人に対する逃走者の比率をみると,二五年からの五年間の平均で,一・六七,三〇年から五年間のそれは,〇・五六,三五年から五年間のそれは,〇・五八と減少している。昭和四一年においては,逃走件数一八,逃走人員一九人で,収容者千分比は,〇・三〇である。これは,社会情勢の安定のほかに,保安の努力の成果でもあろう。

II-78表 逃走事故の累年比較(昭和20〜41年)

 つぎに,逃走のほか,刑務事故といわれるものについてみると,昭和三七年以降のおもなものは,II-79表のとおりで,昭和四一年中に発生した刑務事故は,六七件である。その内訳別件数では,自殺二六件,同囚間殺傷一〇件が多く,目をひく。また,収容者が在所中の行為のために,起訴された件名と人員とを示すと,II-80表に示すとおりで,昭和四一年においては,受刑者三一九人,その他の収容者七八人で,受刑者については,四〇年の二七〇人に比べ,四九人増加しているが,その他の収容者については,一九人の減少である。起訴件名では,いずれの年においても,傷害が最も多い。

II-79表 刑務事故発生件数および懲罰事犯受罰人員(昭和37〜41年)

II-80表 在所中の行為により起訴された被収容者数(昭和37〜41年)

 つぎに,受刑者で所内の規則に違反し,懲罰を受けた者の数は,四一年においては,二九,九一四人で,一日平均八一・九人である。II-81表は,受刑者の懲罰事犯を,その事犯別に人員を調査したものである。これら処遇の推進を妨げる行為のうち,最も多いのは,四一年においては,職員,収容者などに対する暴行で五,五一三人(受罰人員総数に対し,一八・四%)である。つぎに,たばこ所持四,一四一人(一三・九%),不正物品所持,同授受など四,〇一三人(一三・四%),抗命二,九一四人(九・七%),怠役二,六四五人(八・八%),争論一,九六一人(六・六%)の順となっている。自傷は,七六五人(二・六%)である。

II-81表 受刑者懲罰事犯別受罰人員(昭和37〜41年)

 これらの懲罰事犯に対しては,軽へい禁(二か月以内の期間,懲罰房に収容して,必要と認める場合のほかは,その房から出さといで,反省黙居させる。),文書・図画閲読停止,叱責など,監獄法に規定されている懲罰が科せられる。II-82表は,昭和四一年における懲罰の種別人員および率を示したものである。最も多い懲罰の種別は,文書・図画閲読停止で,受罰人員に対する比率で,八一・八%である。つぎは,軽へい禁で,八〇・七%である。この二つの懲罰は,併科されることが多い。作業賞与金計算高減削は,一八・七%,叱責は,一三・〇%である。運動停止,減食等は,科せられることが非常に少ない。

II-82表 懲罰の種類別受罰人員(昭和41年)

 さて,II-83表は,法務省矯正局による受刑者処遇難易調べの昭和三五年以降の累年比較であるが,これによると,三九年までは,困難者の比率は漸増し,同年には一六・四%となり,四〇年は一五・六%と減じたが,四一年には,再び一六・三%とやや上昇している。昭和四一年における処遇困難者は,八,五〇〇人で,どのような点で困難とされるのかを,類型的にみると,最も多いのは,乱暴をはたらくことで,困難者の三二・四%,反則を繰り返すこと二四・一%,ボス的傾向が強いこと一一・四%,不平不満が多いこと一一・一%,逃走の危険が多いこと八・二%,仕事上の事故が多いこと一・一%,その他一一・七%である。これら処遇困難者は,前に述べた反則事故を起こす受刑者と関係が深いと考えられている。

II-83表 受刑者の処遇難易累年比較(昭和35〜41年)