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 昭和42年版 犯罪白書 第一編/第三章/一 

第三章 特殊な犯罪および犯罪者

一 選挙犯罪

 選挙犯罪とは,公の選挙に関して行なわれる犯罪で,これに対する罰則は,主として公職選挙法に規定されている。この法律は,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の議会の議員および長の選挙に適用されるが,このほかに,たとえば,漁業法が海区漁業調整委員会の委員の選挙に公職選挙法を準用すると定めているように,他の法律でこれを準用するものがある。
 民主政治は,主権者である国民の意思が,選挙を通じ自由かつ公正に表明されることを前提としている。選挙犯罪は,このような意義を持つ選挙の自由と公正を侵害する犯罪であり,ひいては,民主政治の基礎を危うくするものであることに十分留意しなければならない。
 ところで,昭和三六年から昭和四二年一月までの間に施行された全国的規模をもった選挙は,
(1) 昭和三七年七月の参議院議員通常選挙
(2) 昭和三八年四月の統一地方選挙
(3) 同年一一月の衆議院議員総選挙
(4) 昭和四〇年七月の参議院議員通常選挙
(5) 昭和四二年一月の衆議院議員総選挙
であり,最近における選挙犯罪の大部分は,右に掲げた五つの選挙に関して行なわれたものである。そこで,これらの選挙に際し,全国の検察庁が受理した選挙犯罪の人員数(新規受理のほか,移送および再起によるものを含む。)と違反罪種別の内訳をみると,I-34表のとおりである。この表によると,受理人員は,衆議院議員総選挙については,昭和三八年の分が約五万二千人,昭和四二年の分が約二万七千人,参議院議員通常選挙については,昭和三七年の分が約二万八千人,昭和四〇年の分が約二万三千人,統一地方選挙については,約九万六千人となっている。これらの受理人員の罪種別内訳をみると,衆議院議員および統一地方選挙においては,買収(饗応,利害誘導,言論買収その他の買収を含む。)が八〇%以上を占めていて,圧倒的に多く,文書違反(新聞紙・雑誌の頒布・掲示違反を含む。)が約二%ないし五%であるのに対し,参議院議員通常選挙においては,買収の占める割合が約五二%ないし六三%と,前者に比べて少なくなっている反面,文書違反の占める割合が約一八%ないし二四%と大きくなっているのが注目される。なお,昭和四二年一月施行の衆議院議員総選挙に際して受理された選挙違反の態様は,I-35表のとおりである。

I-34表 選挙違反の検察庁受理人員と率(昭和37,38,40,42年)

I-35表 昭和42年1月施行の衆議院議員総選挙に際して受理された選挙違反の内訳

 さらに,これら選挙犯罪の検察庁における終局処理人員について,違反者の資格別内訳をみると,I-36表のとおりである。これによると,衆議院議員総選挙においては,選挙人が約五九%または六九%と過半数を占め,一般選挙運動者(約二九%または三八%)がこれについでおり,統一地方選挙も,ほぼ,右と同じ割合を示している。これらと比較し,参議院議員通常選挙の場合は,一般選挙運動者が約五〇%または五五%と多数を占め,選挙人がこれについで約三九%または四四%となっており,衆議院議員総選挙等の場合と相違しているのが注目される。

I-36表 選挙違反の資格別人員と率(昭和37,38,40,42年)

 つぎに,これらの選挙違反の検察庁における処理状況についてであるが,昭和四〇年七月以前の各種選挙については,従来の犯罪白書においてすでに明らかにしているところである。そこで,この白書においては,昭和四二年一月の衆議院議員総選挙についてのみ述べることとする。右の選挙に際し受理された選挙犯罪の態様別処理人員は,I-37表のとおりである。これによると,処理総数一九,一五九人のうち,起訴された者は,八,二三四人(総数の四三・〇%),不起訴処分に付された者は,一〇,九二五人(総数の五七・〇%)となっている。起訴された者のうち,最も多いのは,買収の六,八七七人(起訴総数の約八四%)で,戸別訪問の七六四人,文書違反の三二七人がこれについでいる。

I-37表 昭和42年衆議院議員総選挙の際の選挙違反の態様別処理人員と率(昭和42年4月30日現在)

 つぎに,選挙犯罪の裁判結果であるが,右に述べた各種選挙別にその裁判結果を知ることのできる資料はないので,最高裁判所の統計により,昭和三六年から昭和四〇年までの五年間における選挙犯罪の第一審有罪人員をみると,I-38表のとおりである。これによると,第一審有罪人員のうち,懲役または禁錮に処された者は約六%ないし一五%であるが,そのうち約九六%以上に執行猶予が付されている。このような高率の執行猶予は,刑法犯と特別法犯とを通じて,他にその例をみないところであり,結局,選挙犯罪によって実際に自由刑の執行を受けることとなる者は,毎年三四名ないし六六名程度の数にすぎないわけである。

I-38表 選挙犯罪の第一審有罪人員(昭和36〜40年)