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 昭和41年版 犯罪白書 第三編/第二章/三/5 

5 価値の混乱または喪失と犯罪

 第二次世界大戦後,戦敗国となったわが国やドイツのほか,戦勝国となったアメリカにおいても,価値観念が混乱し,価値の喪失とまでよばれる事態が現出した。まず,わが国では,古い権威が民主主義の名の下に破壊されたが,新しい権威は長く作られず,倫理,道徳を説くことさえ,時代錯誤的であるかのごとき考え方がひろまり,一時は,無秩序支配の可能性さえも憂慮された。アメリカにおける価値観念混乱の原因としては,社会不安を説く者がある。たとえば,ジュブレルは,アメリカにおける非行少年問題に関連して,「貨幣価値暴落のおそれ,世界戦争再発と放射能の恐怖,交通事故の恐怖など,幾多の不安が,各人の中に苦悩を作り出す。そして,それは,家庭の分解,夫婦共稼ぎなどと歩調をあわせて,子供に対する恐るベき投げやりをじゃっ起する。」という趣旨の説明を試みている。この考え方は,さしあたり,仮説の段階を出ないように思われるが,もし,これが真実を含むものであるとすれば,この所説は,わが国にとっても,参考にされなければならない。なお,戦後のわが国においては,具体的に顕著な点として,性道徳し緩の問題がある。性の開放は,多くの欲動の解放につながりうるとする説もあることを思えば,慎重な考慮と対策を要望せざるをえない。
 右のような価値の混乱または喪失が犯罪などを発生せしめた影響力は大であった。わが国における戦争直後の犯罪の激増は統計上明らかであり,これには,食糧難その他の一般的な生活困窮も原因と考えうるが,同時に,道義の低下などの精神面の原因も無視することはできない。このことは,とくに青少年の場合に著しかった。もともと,青少年は,情緒不安定であるとともに,権威に対しては反抗的な傾向を持つ。だから,価値観念が混乱すれば,かれらはたやすく犯罪などに走りやすいのである。そして,その場合,かれらは,ほとんど罪悪感をいだかずに殺人などの凶悪犯罪を行なうのであって,そのような実例は少なくない。そして,これらの点は,アメリカにおいても同様であって,バンダリズムとよばれる各種青少年犯罪の発生は価値観念の混乱または喪失によるものと説明されている。
 最後に,このような価値観念の混乱または喪失の影響は,永続的でありうるとされている点を注意しなければならない。いいかえれば,この影響は,社会経済状態が好転したからといって,容易には,人の心の中から消え去るものではなく,人によっては,一生その影響を持ち続けるというのである。