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令和2年版 犯罪白書 第7編/第8章/第4節/3

3 薬物事犯者処遇の一層の充実の必要性
(1)処遇の一層の充実

薬物事犯者の薬物再乱用を防止し,刑事施設への再入所等を防ぐためには,刑事施設における指導・教育,それに引き続く保護観察所での処遇が重要である。前記のとおり,刑事施設や保護観察所においては,薬物事犯者に対する処遇の充実・強化が図られてきている。言うまでもなく,薬物事犯者は,それぞれ,薬物の乱用歴,薬物依存重症度,他に抱える問題の有無・内容,薬物の再乱用につながりかねない環境の有無,薬物再乱用防止をサポートし得る環境の有無等が異なる。薬物事犯者に対する処遇に当たっては,これら個々の抱える事情や特性を十分に見極めながら,きめ細かい処遇を行う必要がある。このことは,特別調査の結果から明らかとなった覚醒剤事犯者の男女別あるいは初入者・再入者別の特徴が示唆しているところでもあり,ここで示された特徴は,処遇に際しての参考にもなるものと思われる。薬物事犯者に対するきめ細かな処遇を行うためには,各種研修等を通じ,指導や処遇に当たる職員の能力・専門性の向上を図っていく必要がある。これに加えて,刑事施設や保護観察所で実施されている薬物事犯者を対象とする処遇プログラムについては,その効果検証を通じて不断の見直しを行い,処遇効果の向上を図っていく必要がある。

(2)薬物事犯者の特性に応じた対応
ア 女性

特別調査の結果を見ると,女性は,男性と比較し,薬物依存の重症度について,集中治療の対象の目安とされる「相当程度」以上の者の割合が高い。また,女性は,食行動の問題・自傷行為・自殺念慮といった精神医学的問題が顕著に見られ,DV被害の経験率も高い。女性については,再乱用を防止するための治療を受けるニーズが高い者が多いながらも,その介入は,多角的かつ慎重に行われる必要性が高いことも示唆された。その一方で,女性は,男性と比較して断薬努力経験がある者の割合や,薬物乱用に関する医療・保健機関及び民間支援団体(以下この項において「関係機関」という。)の利用経験を有する者の割合が高く,薬物からの離脱の意欲が強い傾向も見受けられる。女性については,特別調査の結果からもうかがわれる特性や問題に配慮しながら,薬物から離脱し,それを維持するための動機付けを行う必要があると思われる。その点では,コラム2で紹介した「女子依存症回復支援モデル」の試行の効果が注目される。

イ 少年

少年の薬物非行については,毒劇法及び覚醒剤取締法の各違反の検挙人員が減少傾向にある中,大麻取締法違反の検挙人員が近年急増傾向にある。少年による同法違反の検挙人員の増加については,前記のとおり,大麻の害悪を誤解して安易に使用に及んでいる可能性がある。少年鑑別所被収容者のうち,非行時に薬物を使用していた少年は,使用していない少年よりも,暴力団等の不良集団との関係を有する者の割合が高い。少年の薬物使用の背景には不良な交友関係がリスク要因として存在しているものと思われる。前記のとおり,大麻使用がより害悪の大きい薬物の使用に移行する入口となり得る可能性があることを考慮すると,少年による大麻取締法違反の防止は喫緊の課題といえる。そのためには,前記のとおり,大麻の有する害悪について正確な情報を提供することに加え,少年院や保護観察所においては,薬物非行防止指導や薬物再乱用防止プログラムを実施するとともに,不良な交友関係からの離脱について指導していくことが有効であると思われる。

(3)多機関連携の強化

薬物事犯者に対する処遇は刑事司法手続の各段階で行われているものの,効果的な支援を行う体制や,一貫性のある支援等を行うための関係機関等の連携等については,いまだ十分でない面があるということが,再犯防止推進計画でも指摘されている。今後も,刑事司法手続の各段階における指導・支援の充実,施設内処遇から社会内処遇への円滑な移行,刑事司法機関と関係機関との連携の強化等が一層求められる。

特別調査の結果では,関係機関の存在を知っている者の割合は,再入者の方が初入者よりも高かった。これは,刑事施設や保護観察所での処遇において,関係機関についての情報提供が体系的に行われていることの効果を表すものとも考えられる。しかしながら,一方では,関係機関による支援を受けたことのない理由として,その場所や連絡先を知らなかったことや支援内容がよく分からなかったことを挙げる者の割合も高かった。また,関係機関の支援を受ける気になる状況について,刑務所や保護観察所等から具体的な場所や連絡先等を教えてもらうことや刑務所の中でプログラム等を体験したり体験者から詳しい話を聞くことを挙げる者も相応の割合を占めた。多機関連携を強化していくためには,刑事施設や保護観察所において,関係機関についての具体的な情報提供や支援を受けることへの積極的な動機付けを行い,薬物事犯者に,関係機関の存在・役割等についての認知度を高め,支援を受けることの意義を理解させることも重要であると思われる。

平成28年に運用が開始された刑の一部執行猶予制度は大部分が薬物事犯者に対して適用されている。同制度により,刑事施設出所後に引き続き保護観察が行われるなどすることで,地域社会への移行,社会復帰後の生活の立て直しに際して,指導者・支援者等がより緊密に連携し,必要な介入を行うことが可能になっている。こうした状況も生かして処遇を更に充実させるためには,例えば,刑事施設においては,薬物事犯者の再犯リスクや支援ニーズを適切に査定し,問題性に応じた薬物依存離脱指導を実施するとともに,出所後の支援につながりやすくなるような本人への情報提供や動機付け,関係機関との連携の方法を工夫することなどが一層求められる。また,保護観察所においては,刑事施設出所者に対する保護観察の実施に当たって刑事施設からの処遇情報を十分に引き継いだ上で,保護観察中及び保護観察終了後の薬物再乱用を防ぐことを念頭に置いて,薬物再乱用防止プログラムの適切な実施,自発的意思に基づく簡易薬物検出検査受検への働き掛け,地域の関係機関の継続的な利用に向けた働き掛け等を積極的に行うことが期待される。コラム3で紹介したように,保護観察所においては,薬物再乱用防止プログラムを義務的に受講させ,その中で民間支援団体等の支援を模擬的に実施し体験させることも可能であり,これらの機会を通じて,特別調査でもその存在が明らかとなった,自発的に同団体等の支援を受ける意欲が乏しい者等に対しても,同団体等の支援内容についての理解を深めさせ,保護観察終了後も同団体等による治療・支援に継続的につながることを後押しすることが期待される。

これらの取組に際しては,刑事司法機関が地域の関係機関と互いに協力し合い,地域全体で対象者の継続的な支援を進めていこうとする意識を持つことも,これまでより更に重要となると思われる。