前の項目 次の項目       目次 図表目次 年版選択

平成29年版 犯罪白書 第7編/第3章/第1節/コラム16

コラム16 刑事司法機関等において活躍する社会福祉士〜犯罪や非行をした者を刑事司法から福祉につなぐ〜

1 大阪地方検察庁 再犯防止対策室 社会福祉アドバイザー 中川るみ 氏

大阪地方検察庁には,「再犯防止対策室」の呼称で,室長である検察官のほか,検察事務官と社会福祉アドバイザー(社会福祉士)が配置されている。再犯防止対策室では,起訴猶予処分を受け,略式命令等により罰金等の財産刑のみに処せられ,あるいは全部執行猶予付きの判決を受けることが見込まれる被疑者・被告人で,高齢,知的障害その他の精神障害等の障害,貧困等の困難を抱えており,再犯防止,社会復帰のために支援を必要とする者について,検察官から相談を受けた社会福祉アドバイザーが釈放時に福祉サービスにつなげるための助言を行っている。同地方検察庁において,平成28年に社会福祉アドバイザーから助言を受けた件数は122件で,内訳は,高齢者29件,障害者50件及びホームレスの者60件(重複計上による。)である。

社会福祉アドバイザーの一人である中川るみ氏は,平成4年に社会福祉士の資格を取得した後,7年からは保護司としても活動し,26年10月に同地方検察庁から社会福祉アドバイザーを委嘱された。同氏は,社会福祉士になる以前に「横浜いのちの電話」の相談員として活動する中で,前科のある人の生きづらさを知り,罪を犯した人に関わる姿勢を学んだといい,長年にわたり様々な形で罪を犯した人の更生支援に尽力し,豊富な知見と経験を有している。

検察庁における被疑者・被告人に対するいわゆる入口支援の場合,刑務所出所者等に対するいわゆる出口支援と違って,対象者が刑事施設での受刑期間を経ていないので,身柄を拘束されるまでの社会での生き方や暮らし方が残っているところに支援のやりがいを感じるという。暴行罪の被疑者であったホームレスの男性の事例では,店舗で飲み物を万引きした後,これを発見した店員にとがめられ,その手を振り払う暴行をした。男性は,身体の障害から就労が難しく,ひっそりとホームレス生活を送っており,犯行時に所持金はなかった。男性が犯罪に至った背景には,高齢の母の介護をして看取った後,生活が立ち行かなくなり,生活保護の申請に行っても手続ができず,本来であれば受けられたであろう福祉の支援を受けられずにいたという事情があった。中川氏によると,まず,このような罪を犯した人の社会での生活のしづらさがメッセージとして現れるので,その生きづらさを本人から聞かせてもらい,社会の中の福祉サービスをどのように使ったら,その生きづらさを軽減することができるのかを考えていくのだという。この男性のケースでは,中川氏は,男性をホームレス生活から脱却させ,就労支援サービスを受けさせるため,福祉事務所と調整し,弁護人が同行した上で,本人の同意の下で生活保護を受給させるとともに,救護施設につなぐなどの支援を実施した。

中川氏が対象者を福祉サービスにつなげるための関係機関は,地方公共団体を始め多岐にわたる。同氏が採用された3年前と比べ,関係機関は協力的で,年を重ねるごとに中川氏の話に耳を傾け,理解のある担当者が増えているという。中川氏は,刑事司法と福祉では,刑事手続は法令で定められた短い期間内に迅速に手続が進められる一方,福祉は手続に比較的時間がかかるなど,大きな違いがあることを指摘する。同氏によると,連携先である福祉関係機関からは,刑事司法の制度や手続,罪を犯した人の特性や福祉的支援の特別なニーズ等を分かりやすく話してもらいたいという要望があるため,どのようにすれば,罪を犯した人が安心して地域の中で過ごすことができるのかを先方が受けとめやすいように丁寧に説明するという。

また,中川氏は,関係機関から様々な機会に講演等の依頼があるが,要請があればどこでも話をしに行くようにしているという。また,再犯防止対策室も組織一体となって地域に働き掛けていることが関係機関との緊密な連携に大きな効果を生んでいると感じている。

罪を犯した人が再犯をしないこと,新たな被害者をつくらないことが地域の大きなメリットであり,地域の理解や協力を促すためには,再犯防止について,よく理解した専門家が,子供たちを含め,一般の人に分かりやすく伝え,話を聞いてもらう機会を増やしていく必要があると指摘する。

罪を犯した人には,福祉サービスによる経済的側面の充足だけでなく,行く所(デイサービス等),やること(有用感・達成感等のある仕事や活動),帰る場所(住居)が必要であり,これらが確保され,緊張と緩和のメリハリがあって,そのリズムを壊さないような生活支援につなげることができれば,対象者が立ち直りへの第一歩を踏み出したと実感できるという。

中川氏は,社会福祉士と出会ったことで,福祉サービスを通して対象者が地域とつながる,そして,その地域には,いろいろな生き方の人がいるという多様性が大切であり,それを受容できるよう地域の福祉力を高めることが今後の課題であると指摘する。

中川氏が相談役を担う一般社団法人京都社会福祉士会では,検察庁,刑務所及び更生保護施設の社会福祉士に加え,児童,知的障害,身体障害,精神障害,高齢者,貧困,就労等様々な分野を専門とする社会福祉士で構成される「司法と福祉委員会」を設け,定例会議,勉強会,公開研修会,関係施設見学会等を実施し,地域の刑事司法機関との連携を深めるとともに,刑事司法分野に精通した社会福祉士の育成を図っているとのことであり,こうした取組により地域における司法と福祉との連携が深化し,罪を犯した人の更生につながることが期待される。

大阪地方検察庁の外観【写真提供:大阪地方検察庁】
大阪地方検察庁の外観
【写真提供:大阪地方検察庁】
2 府中刑務所 分類審議室 福祉専門官

府中刑務所は,犯罪傾向の進んだ受刑者を収容する国内で最も規模の大きい刑務所である。高齢受刑者の数が全体の約2割を占め,何らかの福祉的支援を必要としている者が増加傾向にあり,福祉専門官2人,非常勤職員の社会福祉士2人及び精神保健福祉士1人で被収容者に対する福祉的支援を実施している。

福祉専門官(女性)は,老人ホームで介護に従事しているときに社会福祉士の資格を取得し,その後,女子刑務所で非常勤の社会福祉士として3年間勤務した後,平成26年4月に府中刑務所に採用された。刑務所で勤務する前は,受刑者に凶悪なイメージを抱いていたが,実際に接してみると,一般社会で福祉の支援を必要とする,どこにでもいる人という印象であったという。一方で,社会で孤立し,福祉の制度を知らないばかりか,自分の病気や障害にすら気付かないまま,刑務所に行き着いた対象者は,負のスパイラルに陥っており,これまで誰も助ける人がいなかったことに驚いたという。今でも,自分がこのような人たちに何ができるのだろうかと,社会福祉士として自問自答を繰り返しながら勤務しているという。

福祉専門官による福祉的支援の業務は多様である。対象者に軽度の知的障害があり,一緒に暮らしていた両親が亡くなって生活が困窮し,立ち行かなくなって,ホームレス生活に陥り,高齢になって,万引き等の窃盗を繰り返して刑務所に入所したようなケースの場合,福祉専門官は,まず対象者に障害があることを受容させ,対象者と根気強く関わりながら,なぜこれまで生活がうまくいかなかったのかを考えてもらい,本人の気づきを促すという。福祉の制度について分かりやすく丁寧に説明し,本人が福祉の支援を受けることを希望したら,特別調整の対象者に選定する手続に乗せ,必要に応じて療育手帳の取得等福祉サービスの手続を在所中に進める。また,保護観察所や地域生活定着支援センターと協力・連携して本人の帰住先となる福祉施設や就労可能な福祉事業所の手配などを行う。

このような福祉的支援の手続は,同刑務所における犯罪傾向の進んだ被収容者の特性や犯罪の複雑な背景等もあり,容易でないことが多い。福祉専門官によると,対象者の生育歴を見ると不遇な人が多く,これまで誰にも助けてもらえず,他人から肯定もされないことで,対人不信が強い人が多いという。そんな対象者に,どうしたら自分を信頼してもらい,福祉につなぐことができるのか,失敗することもあるが,根気強く関わることで対象者が変わり,「ここまで真剣に接してくれた人はいなかった。」などと,信頼してもらったときが一番やりがいを感じるという。対象者の不信感を解きほぐすことができて,初めて対象者を外部の福祉関係者等に会わせることができるからであり,対象者がようやく人を信用できるようになったときに,対象者が立ち直り始めたと感じるという。

ある対象者は,社会で助けてくれる人がいない生活困窮者で病気がちであったが,本人が納得の上,関係機関の協力の下,介護保険や生活保護の手続をして,福祉施設に入所させたところ,病気も持ち直して幸せに過ごせるようになったものの,その後,病状が急変し半年後に亡くなった。そのときに福祉施設から,福祉専門官に連絡があり,亡くなる直前,本人が本当に喜んでいたことを伝えられたという。本人が福祉の支援を受けることを納得して,社会で本当に幸せだと思えるようになれば再犯防止につながるのではないかという。

福祉的支援では,対象者を福祉サービスにつなぐ上で,地方公共団体の協力が欠かせないことから,対象者の事情を丁寧に説明し,協力を要請するよう心掛けているという。また,様々な事情から要請したとおりの協力が得られないときにも,いずれ対象者は帰住地である当該地方公共団体に戻るので,対象者の社会復帰や再犯防止のために事前に可能な範囲で支援をしてもらえるよう理解を求めているという。これまでのケースでは,対象者に自宅があり,本人もそこに帰住することを希望していたが,帰住地の地方公共団体の高齢福祉課担当者が親切にも事前に調べたところ,住居はあっても居住できる状況にないことが判明し,介護申請をして,出所とともに老人ホームに短期入所させることができた事例など,地方公共団体から目配りのきいた支援を受けられることもあるという。他方で,支援を実施する地方公共団体が明確でない場合は,どの地方公共団体が支援するか速やかに決まらないことなどにより,出所するまでに支援計画が立てられなかったり,地域住民の不安等を理由に,対象者を帰さないでくれと言われたりすることもあるという。

福祉の支援を必要とする刑務所出所者等がいることは,社会に知られるようになったものの,それだけでは十分ではなく,関係機関等から協力を得るためには,こうした刑務所出所者等の特性や支援のニーズについて理解してもらうことが必要であるという。これまでの経験では,刑務所出所者等のケースに実際に関わると関心を持ってもらえるようになることから,先方には丁寧に説明し,一緒にケースを考えてもらえるよう,刑務所の社会福祉士として,できる限りのことをしているという。こうした個々のケースの積み重ねにより,今では,地方公共団体,病院,保健所,民間等の協議会・セミナー等で講演の依頼を受けることもあり,積極的に出向いて実情を丁寧に説明し,交流の輪を広げているが,そうした中で,「何かできることがあればうちに声を掛けてくださいね。」と協力を申し出てくれる関係機関もあり,新たな接点を大切にして,今後も支援のネットワークを広げていきたいと語る。

府中刑務所庁舎の外観【写真提供:府中刑務所】
府中刑務所庁舎の外観
【写真提供:府中刑務所】
3 更生保護施設斉修会 社会福祉士 田村桂佑 氏

更生保護施設斉修会は,明治32年に創設され,昭和25年に更生保護事業の経営認可を受けた長い歴史のある更生保護施設である。施設は,東京・新宿のJR新大久保駅近くの利便性の高い場所にある。定員は男子20人で,矯正施設を出所した保護観察対象者や更生緊急保護対象者等を受け入れ,宿泊と食事を供与するほか,必要に応じて就労や退所先の確保を支援している。また,斉修会は,指定更生保護施設に指定されており,必要に応じて福祉事務所や保健所等の公共機関の支援につなげられるよう,専門の職員として社会福祉士が配置されている。

田村桂佑氏は,社会福祉士としてデイサービスの運営に携わった後,斉修会に採用され,8年目になる。斉修会で初めて罪を犯した人と接したとき,対象者が社会的に弱い立場にあるという点では一般社会で支援を必要とする人と同じであるが,自分の意に反すると抵抗し,反感を持つ者もおり,採用当初はどのように接したらよいか戸惑ったという。今では,そのような戸惑いはないが,更生保護施設の対象者の場合,一般社会の高齢者や障害のある人と異なるコーディネートの難しさがあるという。

更生保護施設では,原則最大6か月という短い収容期間内に,対象者について,障害者手帳の取得,介護サービスや生活保護等の申請等の支援を行うほか,就労場所を確保し,福祉施設や民間アパート等の退所先の確保の支援を行うなど,様々な福祉サービス等につなげる必要があることから,地方公共団体を始めとした関係機関との良好な協力・連携の下,迅速な対応が求められるという。このような障害のある人を福祉サービスにつなげるには早い段階で障害があることが分かっていないと対応が難しいが,更生保護施設に入所してから,刑事施設から引継ぎを受けた収容時の状況と異なり,例えば,実際には歩けない,糖尿病で目が見えないなどの状況が判明し,予期せぬ対応を迫られることがあるので,刑事施設との情報共有を始めとした緊密な連携が大切であると指摘する。

田村氏によると,福祉サービスの申請窓口となる新宿区等の地方公共団体を始め,関係機関は非常に協力的で,良好な連携が保たれているという。知的障害のある対象者の事例では,ある特別区の配慮により,療育手帳の取得,障害支援区分の認定,受給者証の発給等の手続が速やかに実施された。また,対象者がグループホームに入居するときには新宿区の担当職員が同行して手続を支援し,対象者は新宿区内の就労移行支援事業所において支援を受け,現在では生活保護が廃止されるほど就労が安定しているといい,こうした関係機関の協力・連携の下で円滑な支援が行われたケースでは,更生保護施設の社会福祉士としてのやりがいや対象者の立ち直りを実感するという。

このような協力・連携を深める場として,斉修会と地方公共団体,障害者福祉センター,生活支援・居住支援等の事業者,保護観察所,地方検察庁との間で年2回の実務担当者連絡会を開催し,支援の事例を発表して,関係機関から意見を聴取するなどし,支援の向上と関係機関の連携に努めているという。

また,地方公共団体から,対象者が一人で来訪する場合は,手続が円滑にできないことがあり,斉修会の職員に同行してもらいたいとの要請があるため,できる限り同行し,本人の同意を得た上で対象者の情報を誤解のないよう正確に伝えるようにしているという。加えて,更生保護施設について知ってもらうため,積極的に地方公共団体等の関係機関と関わり,情報共有に努めているという。

他方,更生保護施設がその地域内に所在しない地方公共団体の場合は,生活保護を申請するときなども,そもそも更生保護施設について理解されていないため,円滑な手続ができないことも依然あることから,今後も,地方公共団体等の関係機関に対し,更生保護施設についての理解と協力を促していくことが課題であるという。また,最近の傾向として,精神障害のある若い人が多くなり,薬物事犯者も増加していることから,薬物依存からの回復のための民間自助団体とも連絡を取り合いながら支援を実施するなど,対象者の特性に応じた新たな支援のネットワークの拡大が求められていると指摘する。

更生保護施設斉修会の外観【写真提供:更生保護施設斉修会】
更生保護施設斉修会の外観
【写真提供:更生保護施設斉修会】