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平成25年版 犯罪白書 第7編/第4章/第2節/1

第2節 刑事司法における国際協力
1 刑事司法における国際的な取組の動向と我が国の取組

経済・社会が国際的な結び付きを強め,人,物,金,情報等の国際的流動が活発になる中で,国際的な犯罪に適切に対処できる刑事司法の在り方が重要な課題となる。例えば,いかなる行為を犯罪として構成するか,いかなる捜査・手続によって立証するか等について,関係国の法制が相互に大きく異なるとすれば,国境を越える犯罪について,効果的かつ適切に対処することは著しく困難となる。また,人,物,金,情報等の国際的な流動の活発化は,犯罪の証拠や犯罪者等の容易な越境をも意味するのであり,証拠収集を目的とする捜査協力等の手続面の国際協力を推進する必要がある。こうしたことから,国際連合(以下「国連」という。)や先進国首脳会議(サミット)を含む各種の国際会議等において,刑事司法の制度・運用面での協調が進められてきた。

平成22年(2010年)4月には,ブラジル・サルバドールにおいて,刑事司法の各領域にわたる政策の提案,意見交換を目的として,国連の主催により昭和30年(1955年)から5年ごとに開催されてきた国連犯罪防止刑事司法会議(コングレス)の第12回会議が開催され,「サルバドール宣言」を採択し,犯罪予防・刑事司法の多様な分野における国際協力の重要性が強調された。また,国連経済社会理事会の下に国連における刑事司法分野の政策決定に携わる機能委員会として設置されている犯罪防止刑事司法委員会(コミッション)は,毎年開催されているが,我が国は設立当初から同委員会の構成国に選出されており,平成25年(2013年)4月に開催された第22会期会合においても積極的に関与した。

(1)国際組織犯罪対策及びテロ対策

ア 国連における取組

国連は,平成12年(2000年),国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(国際組織犯罪防止条約)を採択した。この条約は,組織的な犯罪集団への参加,マネー・ローンダリング(犯罪収益の洗浄)及び腐敗行為等の犯罪化,犯罪収益の没収,組織犯罪に係る犯罪人の引渡し及び捜査共助等について定めたものである。また,平成13年(2001年)までに,この条約を補足する「人(特に女性及び児童)の取引を防止し,抑止し及び処罰するための議定書」(人身取引議定書),「陸路,海路及び空路により移民を密入国させることの防止に関する議定書」(密入国議定書)及び「銃器並びにその部品及び構成部分並びに弾薬の不正な製造及び取引の防止に関する議定書」(銃器議定書)も採択された。我が国は,この条約及びそれらの議定書を未締結であるが,人身取引議定書及び密入国議定書の締結のための国内担保法として,人身取引等に係る罰則整備等を内容とする刑法等の一部を改正する法律(平成17年法律第66号)が成立し,一部を除き,平成17年(2005年)から施行されている。なお,平成25年(2013年)6月24日現在,国際組織犯罪防止条約については,我が国以外のG8各国を含む176の国・地域が締結しているほか,人身取引議定書については156の国・地域が,密入国議定書については137の国・地域が,銃器議定書については101の国・地域が締結済みである(国連薬物犯罪事務所UNODC:United Nations Office on Drugs and Crime)等の資料による。)。

一方,国連では,テロの防止のために,従来からテロリストを処罰するための管轄の設定等を求める国際条約が採択されてきたが,平成11年(1999年)にはテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約が,平成17年(2005年)には核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約が,それぞれ採択された。我が国は,これらの条約を含むテロ防止対策に関する13の国際条約及び議定書について,全て締結済みである。さらに,平成13年(2001年)9月11日の米国における同時多発テロ事件以降,既存のテロ防止関連条約を改正する動きがあり,平成17年(2005年)には,国際原子力機関において,核物質の防護に関する条約が改正されるとともに,国際海事機関において,海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約の改正議定書及び大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書の改正議定書が採択された。また,平成22年(2010年)には,国際民間航空機関において,国際民間航空についての不法な行為の防止に関する条約(北京条約)及び航空機の不法な奪取の防止に関する条約の追加議定書(北京議定書)が採択された。

イ G8における取組

G8(日本,フランス,ドイツ,イタリア,ロシア,英国,カナダ及び米国の総称)では,昭和53年(1978年),テロ対策専門家会合(通称ローマグループ)が発足し,国際テロの動向等について意見交換が行われてきた。また,平成7年(1995年)のサミットにおいて,国際組織犯罪に取り組む上級専門家会合(通称リヨングループ)の設立が決定され,リヨン・グループでは,平成8年(1996年)に国際組織犯罪を効果的に抑止するための国際組織犯罪と闘うための40の勧告を発表し,その後も,銃器,薬物及び人の密輸,サイバー犯罪,マネー・ローンダリング,汚職等の腐敗行為等の国際組織犯罪に対処するための捜査手法や法制等について,議論等が行われている。平成13年(2001年)の米国における同時多発テロ事件以降は,ローマ・グループとリヨン・グループによる合同会合が開催されるようになり,平成14年(2002年)には,前記の勧告を見直し,国際組織犯罪対策に加え,テロ対策についても定めた国際犯罪に関するG8勧告が採択された。

次に,G8司法・内務大臣会議は,G8及び欧州連合の司法・内務担当閣僚等が一堂に会し,国際組織犯罪対策・テロ対策を中心に議論するものである。平成9年(1997年)の開始当初は,国際組織犯罪対策に重点が置かれていたが,前記同時多発テロ事件以降は,テロ対策も主要議題として取り上げられている。ただし,平成22年(2010年)以降,同会議は開催されていない。

(2)薬物犯罪対策

国連は,昭和36年(1961年)の麻薬に関する単一条約,昭和46年(1971年)の向精神薬に関する条約に引き続き,昭和63年(1988年),麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約を採択した。我が国は,これらの条約を締結し,国内法を整備したほか,UNODCが中心となって取り組んでいる国際的な薬物犯罪対策への協力にも力を入れている。

(3)マネー・ローンダリング対策

平成元年(1989年),サミットの宣言を受けて金融活動作業部会FATF:Financial Action Task Force)が設立された。FATFは,薬物犯罪に関して,マネー・ローンダリングの犯罪化,金融機関等による顧客の身元確認及び疑わしい取引についての権限のある当局への報告,不法収益の保全及び没収,国際協力の強化等各国の採るべき措置を勧告することをその出発点としていたが,その後,重大犯罪一般についてのマネー・ローンダリング対策やテロ資金供与対策についても取り組むようになった。平成24年(2012年)2月に採択された最新のFATF勧告(第4次改訂勧告)では,従来の40の勧告(平成2年(1990年)採択。平成8年(1996年)及び平成15年(2003年)に改訂)及びテロ資金供与対策に関する9の特別勧告(平成13年(2001年)採択。平成16年(2004年)に改訂)を統合・合理化する一方で,大量破壊兵器の拡散に関与する者の資産凍結の実施や法人・信託に関する透明性の向上等,マネー・ローンダリング,テロ資金供与の温床となるリスクが高い分野における対策の重点化を求める内容となっている。

我が国も,FATF加盟国の一員として,犯罪収益移転防止法に基づき,金融機関等の特定事業者による顧客の身元等の確認や疑わしい取引の届出制度等の対策を実施しているほか,国家公安委員会(具体的には,我が国のFIUであるJAFIC)が,疑わしい取引に関する情報を外国関係機関に提供することなどにより,マネー・ローンダリング対策及びテロ資金供与対策における国際的な連携に積極的に参加している(FIU,JAFIC及び疑わしい取引の届出制度については,本編第2章第2節1項(3)参照)。

ボーダーレス化が進展する中で,マネー・ローンダリング対策及びテロ資金供与対策を適切かつ有効に行うためには,FATF勧告等により各国・地域に設立されたFIU相互の協力が重要となっている。JAFICは,積極的な情報交換を可能とするために,外国FIU当局との間の情報交換枠組みの設定に努めており,平成24年(2012年)末までに46の国・地域との間で設定している(警察庁刑事局の資料による。)。JAFICと外国FIU間の疑わしい取引に関する情報等の提供要請件数及び提供件数の推移(最近5年間)は,7-4-2-1図のとおりである。情報提供には,提供要請に基づくものと自発的なものがあるが,平成20年と比べ,JAFICからの情報提供要請件数及び外国からの情報提供件数が増加傾向にあるなど,情報交換が活発化している。


7-4-2-1図 JAFIC・外国FIU間 犯罪による収益に関する情報の提供要請件数・提供件数の推移
7-4-2-1図 JAFIC・外国FIU間 犯罪による収益に関する情報の提供要請件数・提供件数の推移
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(4)児童に対する犯罪対策

国連は,平成12年(2000年),児童の権利に関する条約(平成元年(1989年)に採択)を補足する児童の売買,児童買春及び児童ポルノに関する児童の権利に関する条約の選択議定書及び武力紛争における児童の関与に関する児童の権利に関する条約の選択議定書を採択した。我が国は,平成17年(2005年)1月までにこれらの議定書を批准し,また,前者の議定書の国内担保法として,児童買春・児童ポルノ禁止法が改正され,平成16年(2004年)から施行されている。

(5)汚職・腐敗対策

平成9年(1997年),経済協力開発機構(OECD)において,国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約が採択された。我が国は,この条約を締結済みであり,その国内担保法として,平成11年(1999年),不正競争防止法(平成5年法律第47号)の改正により外国公務員等に対する不正の利益の供与等の罪が新設され,同罪については,その後,国民の国外犯処罰規定の追加,自然人に対する罰則強化,法人に対する公訴時効期間の延長等の改正がなされている。

国連は,平成15年(2003年),自国及び外国の公務員等に係る贈収賄や公務員による財産の横領等の腐敗行為の犯罪化のほか,腐敗行為により不正に得られた犯罪収益の被害国への返還の枠組み等について定めた腐敗の防止に関する国際連合条約を採択した(我が国は,未締結である。)。なお,平成25年(2013年)5月29日現在,この条約については167の国・地域が締結済みである(UNODCの資料による。)。

(6)サイバー犯罪対策

平成13年(2001年),欧州評議会において,サイバー犯罪に関する条約が採択された。欧州評議会は,人権,民主主義,法の支配の分野で国際社会の基準策定を主導する汎欧州の国際機関として,昭和24年(1949年),フランスのストラスブールに設置され,最近では,薬物乱用,サイバー犯罪,人身取引,テロ等の問題に対応しており,我が国は,米国,カナダ等とともに欧州評議会のオブザーバー国となっている。サイバー犯罪に関する条約は,世界初の包括的なサイバー犯罪対策に関する条約であり,<1>コンピュータ・システムに対する違法なアクセス,コンピュータ・ウィルスの製造等の行為の犯罪化,<2>コンピュータ・データの捜索・押収手続の整備等,<3>捜査共助・犯罪人引渡し等について定めたものである。平成24年(2012年)7月,我が国は,同条約を締結した。この条約の国内担保法として,平成23年(2011年)6月,情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成23年法律第74号)が成立し,平成24年(2012年)11月1日までに一部を除いて施行されている。サイバー犯罪に関する条約に係る犯罪の捜査共助の要請・受理を行う中央当局として,我が国は,法務大臣及び国家公安委員会並びにこれらがそれぞれ指定する者を指定している。

(7)証券・金融犯罪

証券取引等監視委員会は,平成3年の一連の証券・金融不祥事を契機として,平成4年7月,証券取引及び金融先物取引の公正を図り,これらの市場に対する投資者の信頼を保持する目的で設置され,一定の金融商品取引法違反に対して金銭的負担を課す課徴金制度の導入に際して,内閣総理大臣及び金融庁長官からその調査権限の委任を受けるなど,次第にその権限を拡大しながら,市場の公正性・透明性を確保し,投資者を保護するために市場監視に取り組んでいる。

金融・資本市場におけるグローバル化の進展に伴い,クロスボーダー取引(国境を越えた取引)が活性化する中,不公正取引の監視において,国際的な連携強化は必要不可欠となっている。

証券取引等監視委員会は,市場監視の空白を作らないようにするため,証券監督者国際機構(IOSCO:International Organization of Securities Commissions)等の国際会議における市場監視に関する議論への参加やIOSCOの多国間又は二国間情報交換枠組み等を通じた海外証券規制当局との連携に取り組んでいる。例えば,平成23年(2011年)9月には,日本市場で行われたクロスボーダーでの不公正取引に関して香港証券先物委員会に情報提供を行った結果,同委員会が処分を行うに至った。また,海外資本が窮境に陥った企業の経営支配権を掌握するいわゆる「裏口上場」を企図したクロスボーダーの偽計事案においても,海外の証券監督当局を通じた情報入手に努めるなどして実態を解明し,刑事告発するに至っている。

そのほか,証券取引等監視委員会は,外資系金融商品取引業者や海外拠点を有する本邦の業者の検査等における海外証券規制当局との情報交換や国際的に活動する大手金融機関を対象とする監督カレッジへの参加等,海外証券規制当局と一層の連携強化に努めている。

(8)国際刑事裁判所

平成10年(1998年),国連主催の外交会議において,国際刑事裁判所に関するローマ規程が採択され,平成14年(2002年)の発効を経て,オランダのハーグに国際刑事裁判所が設置された。同裁判所は,集団殺害犯罪,人道に対する犯罪,戦争犯罪及び侵略犯罪を犯した個人を,国際法に基づき訴追し,処罰するための常設の国際刑事法廷であり,対象犯罪に対して管轄権を有する国が捜査,訴追を行う意思又は能力がない場合にのみ管轄権を行使する(ただし,侵略犯罪については,その定義等を定める改正規定(平成22年(2010年)採択)が未発効であることなどから,現在のところ,管轄権は行使されていない。)。我が国は,平成19年(2007年)に,国際刑事裁判所の加盟国となり,同裁判所が管轄権を有する事件の捜査等への協力のための手続等を定めた国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律(平成19年法律第37号)も施行されている。