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 昭和40年版 犯罪白書 第一編/第三章/二/1 

1 ロンブローゾ学説と生来性犯罪者

 ロンブローゾは,一八七六年に有名な生来性犯罪者説を提唱した。それは,次のような趣旨のものであった。「犯罪者は,人類の一つの特別の変異,すなわち一つの特有な人類学的類型として特徴づけられる。この類型は,身体的表徴と精神的表徴を有する。前者は,左右不均等な頭蓋骨,長い下顎,平たい鼻,まばらな顎ひげなどであり,後者は,道徳的感情の欠如,残忍性,酒色耽溺,痛覚の鈍麻などである。このような人間は,生れながら必然的に犯罪者となるものである。しこうして,この類型は,野蛮人類型への復帰(隔世遺伝)によって生ずるものである。」
 ロンブローゾは,最初すべての犯罪者を生来性のものと考えていた。その後,ラカッサーニユ,マヌブリエ,タルドなどの批判を受けてその説を相当に緩和し,最後には約四〇%の犯罪者が生来性のものであると主張したが,結局,終生,生来性犯罪者の説を曲げなかった。しかし,一九〇二年から一九〇八年に至る間,イギリスの監獄医ゴーリングによって行なわれた犯罪者と非犯罪者に関する大規模な比較研究によってロンブローゾ学説は最終的に否定されるに至り,今日この学説を奉ずる者はきわめて稀となっている。
 特別な人類学的類型としての生来性犯罪者はついに証明されなかったが,ロンブローゾ学説は現代にとっても重要な意義を有する。けだし,それは始めて明りように犯罪についての因果科学的考察とこの種の考察に基づく刑事政策的措置を主張したからである。なお,ロンブローゾ学説の否定により犯罪者隔世遺伝説も否定されたが,これによって遺伝と犯罪に関する問題が一切答えられたのではない。ゴーリングのごときは,むしろ遺伝素質を重要視するに至った。遺伝の点については後述する(一〇一頁)。