前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和40年版 犯罪白書 第一編/第二章/六/5 

5 精神障害者の犯罪の実情

 最近五年間の刑法犯検挙人員のなかで精神障害者の占める割合をみると,I-59表のとおりであり,これを刑法犯少年のみについてみたのがI-60表である。すなわち,少年を含めた全刑法犯検挙人員中精神障害者の占める割合は,昭和三四年が一・一%,三五年は一・七%,三六年は一・四%となっているが,最近はやや減少の傾向にあり,昭和三七年以後は一%に達していない。そしてこの傾向は,刑法犯少年についてもほぼ同様である。

I-59表 刑法犯検挙人員中精神障害者の占める割合(昭和34〜38年)

I-60表 刑法犯少年検挙人員中精神障害者の占める割合(昭和34〜38年)

 これらの精神障害犯罪者を類別すると,刑法犯全体では精神病質者がもっとも多く,精神薄弱者がこれに次ぎ,この二者を除いた精神分裂病等の重症の精神障害者は比較的少ない。刑法犯少年においては,昭和三六年以前は,精神病質者がもっとも多かったが,昭和三七年以後は精神薄弱者の方が多くなり,精神障害犯罪者総数の半数以上を占めるに至っている。
 以上は,警察庁の犯罪統計書によったものであるが,次に司法統計年報によって,鑑別を受けた刑法犯少年についてその鑑別結果をみることとする。I-61表がそれであるが,これによると鑑別人員の一四%前後が精神障害者となっている。そしてその精神障害者の約六〇%が精神薄弱者であり,精神病質者が約三三%,この両者を除いた比較的重症の精神障害者は六%前後に過ぎない。

I-61表 刑法犯少年心身鑑別結果(昭和34〜38年)

 なお,警察の犯罪統計と裁判所の司法統計との間に相当大きな開きがあるが,それは,鑑別を受けるのは,少年の検挙人員総数の一五%ないし一九%程度に過ぎず,ほとんどが身柄送致事件に限られているという事情によるものと思われる。
 次に,精神障害の種類と罪種との関係をみよう,I-62表は昭和三六年から三八年までの三年間に刑法犯として検挙された精神障害者を罪名別に区分したものである。まず,精神薄弱者についてみると,七四・五%までが窃盗であり,放火は三・二%,傷害は二・八%,強かんは二・七%に過ぎない。ところが精神病質者になると,窃盗は三〇・八%に減少し,傷害が一八%,暴行が一〇・一%と大幅に増加し,次いで恐かつの四・一%,強かんの三・六%となっており,粗暴犯の増加が目立つ。また,精神薄弱者および精神病質者を除いたこれより重症の「その他の精神障害」者についてみると,窃盗の三六・九%に次いで殺人が一三・七%と飛躍的に増加し,傷害の一三・五%,放火の八・三%となっている。すなわち,重症の精神障害者には粗暴犯のほか,殺人とか放火といった凶悪な犯罪が比較的に多いという傾向が認められる。

I-62表 最近3カ年間の罪名別精神障害者調(昭和36〜38年の計)

 次に,I-63表は,心神喪失の理由で不起訴または第一審無罪となった者,および第一審において刑の減軽理由としての心神耗弱を認められた者の数を示したものである。いうまでもなく,ここに心神喪失とか心神耗弱というのは刑法上の用語であって,精神医学的な意味で精神障害の種類や程度を示すものではないが,裁判官や検察官がこれらの認定をする場合には精神医の鑑定を求めるのが通例であることを考えれば,心神喪失といわれる者の大部分は精神病的状態が重いものであり,また心神耗弱といわれる者の多くは精神薄弱または比較的軽い精神障害の状態にあったものと考えて差支えなく,その意味でこのI-63表もまた精神障害者の犯罪の実態の一面を示すものと解して差支えないものと思う。

I-63表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和33〜37年)

 なお,昭和三四年一月から昭和三六年四月までの間に,心神喪失の理由によって不起訴または無罪となった事例として報告のあった五五八例について,これを罪名別に区分してみると,I-64表のとおりである。すなわち,不起訴人員についてみると,殺人がもっとも多く二四・八%を占め,これに殺人未遂を加えると三六・六%となり,以下放火の一九・八%,傷害の一二・四%,窃盗の八・四%という順序となる。また無罪とたった五八例についてみると,窃盗がもっとも多く二二・四%を占め,殺人が一五・五%(未遂を含めると窃盗と同率の二二・四%となる。),放火と傷害は同率で一二・一%となっている。以上の結果からみても,前述のとおり,心神喪失の認定をうけた重症の精神障害者の犯罪としては,殺人とか放火といった犯罪が比較的多いといいうる。

I-64表 心身喪失の理由によって不起訴または無罪となった事例(昭和34年1月〜36年4月)

 最後に,法務総合研究所が調査した措置入院となった一部の精神障害犯罪者の再犯状況について述べておく。すなわち,当研究所では,昭和三四年一月から三六年四月までの間に東京地方検察庁で処理した事件で,精神病院収容の措置をとられた二〇三人について,病院入院中および出院後の経過を追跡調査し,その結果の一部を昭和三七年版の犯罪白書に発表したが(同年版犯罪白書一八〇頁以),さらにその後もこれらの二〇三人について成行調査を行なった。これまでに判明しているところは次のとおりである。
 それによると,昭和三九年五月一日までの間に一四二人(六九・九%)が退院または仮退院により出院し,四四人(二一・七%)が同日現在なお入院中であった。残りのうち四人は入院中に死亡し,一三人は無断退院となっている。
 出院者の入院期同をみると,八〇%は一年未満であって,五五%が半年以内となっている。入院期間が二年以上に及んだ出院者は七%にすぎない。他方,病状の固定,悪化,人格荒廃などのために入院が長びき,三年以上に及んだ者も全体の二五%存在する。なお,入院中の四四人のうち五七%は入院期間が四年以上に及んでいる。入院が長びいている者には分裂病患者が圧倒的に多く,精神薄弱者がこれに次いでいる。これに対し,入院期間の比較的短いのはアルコール中毒者で,精神病質者がこれに次いでいる。アルコール中毒者には,一般に著しい性格欠陥ないし異常を示す者が多く,精神病質者とともにその嗜癖ないし社会不適応性の矯正には比較的長期間の治療を必要とすると考えられるが,実際には入院期間の短い事例が少なくない。
 警察庁の指紋により,一五五人の出院者(無断退院者を含む。以下同じ)の昭和三九年五月一日現在の再犯状況をみると,そのうち六〇人(三八・七%)が再犯を犯し,無断退院者のみについてみると七人(五三・八%)が再犯者となっている。
 この六〇人の再犯者について,退院後再犯により逮捕されるまでの期間をみると,I-65表のとおりで,その四〇%が六月未満,六〇%が一年未満となっている。

I-65表 出院より再犯までの期間(措置入院者)

 次に,出院者で,再犯の事実が認められなかった九五人について,出院から前同日までの期間をみると,三年以上が五六%,二年以上になると七七%を占めている。
 一般的にいって,精神障害犯罪者は,原因となった精神障害が治ゆないし寛解すれば,特別の事情のない限り,再び犯罪に陥ることはきわめて少ない。そこで,治ゆと再犯との関係を検討する。まず出院者全員について,出院時の治ゆ状況をみると,三四%が寛解または治ゆの状態にあり,同じく三四%が不完全寛解または軽快の状態であった。また,二三%は欠陥治ゆ状態にあり,病状不変のまま出院している者が五%みられた。
 右の治ゆ状態と再犯との関係をみると,再犯のない者には寛解または治ゆの状態で出院した者が多く,再犯者には不完全寛解または軽快の状態のまま出院した者が多い。なお,注目すべき所見は,欠陥治ゆの状態で出院した者に,さしあたり再犯者が意外に少ないことである。
 最後に,病名別に再犯状況をみると,一般に分裂病,繰うつ病,心因反応などの者は再犯率が低く,精神病質者または精神薄弱者で,アルコール嗜癖ないし中毒を合併している者は再犯率が高い。