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平成24年版 犯罪白書 第7編/第2章/第1節/3

3 刑務所出所者等の就労を支える民間の活動等
(1)協力雇用主

ア 協力雇用主とは

協力雇用主とは,犯罪・非行の前歴等のために定職に就くことが容易でない保護観察又は更生緊急保護の対象者を,その事情を理解した上で雇用し,改善更生に協力する民間の事業主である。

これは,保護観察等の対象者を担当した保護司又は更生保護施設が,処遇上の必要から自らの知人や縁故先の事業主等に対象者の就職について協力を求めたことに始まった。その後,保護観察所,保護司会,更生保護施設等がそれぞれ独自にあるいは相互に連携を保ちながら,地域社会の中にこうした協力者の輪を広げていき,そして,「協力雇用主会」等の名称のもとにその組織化が図られた。


イ 協力雇用主の現況

7-2-1-11図は,協力雇用主数及び協力雇用主に雇用されている保護観察又は更生緊急保護の対象者(以下,本項では「被雇用者」という。)の数の推移(最近10年間)を見たものである。刑務所出所者等総合的就労支援対策が開始された平成18年以降,協力雇用主数は一貫して増加しており,24年4月1日現在,協力雇用主は個人・法人合わせて9,953(前年比607(6.5%)増),被雇用者数は758人(同188人(33.0%)増)であった。


7-2-1-11図 協力雇用主数・被雇用者数の推移
7-2-1-11図 協力雇用主数・被雇用者数の推移

次に,これらの推移(最近5年間)を協力雇用主の業種別・規模別に見たものが,7-2-1-12図である。


7-2-1-12図 協力雇用主数・被雇用者数の推移(業種別・規模別)
7-2-1-12図 協力雇用主数・被雇用者数の推移(業種別・規模別)

業種別に見ると,協力雇用主数は建設業,サービス業,製造業の順で多く,この3業種で約80%を占めている。平成20年には建設業が過半数を占めていたが,最近はこれ以外の業種の協力雇用主数も増加しており,24年の協力雇用主数を20年と比較すると,特に農林漁業(3.0倍)及びサービス業(2.3倍)の増加が顕著であり,鉱業を除くいずれの業種でも受入幅が拡大している様子がうかがえる。 被雇用者数は建設業が70%以上を占めている。

規模別に見ると,従業員29人以下のものが,協力雇用主数で約70%,被雇用者数で約60〜70%を占めている。

次に,被雇用者数の推移(平成17年以降)を保護観察等の種類別に見たものが,7-2-1-13図である。いずれの年次においても,仮釈放者及び更生緊急保護対象者で半数以上を占めているが,近年は,少年の保護観察対象者(保護観察処分少年及び少年院仮退院者)の被雇用者数が大きく増加しており,24年の数を17年と比較すると,保護観察処分少年では3.3倍,少年院仮退院者では3.1倍となっている。この理由の一つとして,従前から,仮釈放者及び更生緊急保護対象者が多く入所する更生保護施設において協力雇用主の積極的な協力を得てきたが,18年度に刑務所出所者等総合的就労支援対策が開始されてからは,更生保護施設入所者だけでなく,少年を含む全ての保護観察対象者に対して積極的に就労支援を実施していることが考えられる。


7-2-1-13図 被雇用者数の推移(保護観察等の種類別)
7-2-1-13図 被雇用者数の推移(保護観察等の種類別)

ウ 協力雇用主の活動事例

協力雇用主の活動事例を紹介する(なお,事例の内容は,個人の特定ができないようにする限度で,修正を加えている。)。


事例1 少年院在院中から住み込み就職先として調整した事例

新潟県内で建設会社を経営するA氏(60歳代)は,15年以上協力雇用主として活動し,これまで50人余りの保護観察中の少年等を雇用してきた。また,少年院在院中の少年の引受人となり,仮退院後の仕事と住居を提供することも多い。

首都圏に居住していたある少年は,暴走族仲間と恐喝事件を起こし少年院に入院した。当初,実母のもとへ帰ることを希望したため,実母の住所を管轄する保護観察所が調整したところ,実母は「再婚した夫との生活を壊したくないし,再度事件を起こされると,この市営住宅を追い出されてしまう。」と述べ,少年の引受けに消極的であった。そこで少年院教官は,A氏のもとに住み込み就職することを提案したところ,少年は「新しい場所で頑張ってみようという気持ちはありますが,初めての職場でうまくやれるか不安もあります。」と述べた。少年院では,保護観察所と協議し,少年院教官が同伴してA氏の職場の会社寮を見学させ,A氏から仕事内容等の説明を受けさせることとし,少年との面談後,A氏は,少年を引き受けることに同意し,A氏の職場の会社寮を住居として仮退院が許可された。仮退院当日は,A氏が少年院まで出迎えに行き,そのまま会社寮に帰住した。少年にとって仕事は相当辛い様子であったが,A氏の励ましもあり,保護観察期間が満了するまで働き続けた。そして,保護観察が終了しても実母のもとには戻らず,A氏のもとで仕事を続ける意向を示した。


事例2 就労支援メニューを活用して雇用された事例

C男(20歳代)は,窃盗の罪により,保護観察付執行猶予の判決言渡しを受けた。保護観察開始後半年が経過してもなかなか仕事が見つからないため,保護観察官が,支援事業を活用してみてはどうかと提案したところ,それに同意し,担当保護司が同伴して公共職業安定所に出向き,また,保護観察官も公共職業安定所担当者と協議を重ねた。その結果,C男は高校卒業後,地元で工員としての就労経験があったが,その職場で同僚からいじめを受けたため,就労生活に対して不安を抱いていることが分かった。そこで,公共職業安定所担当者の勧めにより,就労支援メニューの中の「職場体験講習」を活用し,協力雇用主である地元の福祉施設で講習を受けることとなった。それから2か月が経過したが,C男は,自分が福祉施設の職員として適性があるか不安があると述べたため,就労支援メニューの中の「トライアル雇用」を更に活用することとなり,同福祉施設において試行雇用されることとなった。3か月のトライアル雇用の後,C男の誠実な勤務態度が評価されて,正式採用され常用雇用に移行した。

その後もC男は,同福祉施設で真面目に働き,生活状況にも問題がなかったため,良好措置である仮解除(第2編第5章第2節3項(1)参照)が決定し,その1年後に保護観察期間が満了した。


エ 協力雇用主が求めるニーズとその対応策

協力雇用主を増やし,より多くの刑務所出所者等が雇用されるには,雇用する側の事業主のニーズを把握し,そのニーズに対応していくことが必要である。

法務省矯正局では,平成23年5月,全国の保護観察所に協力雇用主として登録している企業及び全国の刑事施設と刑務作業契約を締結している企業のうち2,547社に対して,刑務所出所者等を雇用することに関するアンケート調査(以下「協力雇用主等調査」という。)を実施し,1,025社から回答を得た(回答率40.2%)。なお,回答企業のうち,刑務所出所者等を雇用したことがあると回答したものは344社(33.6%)であった。

調査の結果は,7-2-1-14図のとおりである。


7-2-1-14図 協力雇用主・刑務作業契約企業が求めるニーズ
7-2-1-14図 協力雇用主・刑務作業契約企業が求めるニーズ

「刑務所出所者等を雇用する際,必ず必要とする条件」では,「社会人としての自覚」,「社会常識」及び「普通自動車免許」が半数を超えており,「専門的知識」は11.8%に過ぎなかった。また,「刑務所等を出所するまでに身に付けておいてほしい知識・能力」では,「社会常識」が非常に高い比率となっており,次いで「資格・免許」,「ビジネスマナー」となっており,「専門的知識」は8.4%に過ぎなかった。

「刑務所出所者等を雇用するに当たって,刑務所等で実施してほしい就労対策」では,「刑務所出所者等との面接の機会」が最も多かった。「刑務所等出所後に,国においてどのような支援があれば刑務所出所等を雇用することができるか」では,「出所者の身元保証」,「住居の確保」及び「出所者への相談・助言(生活指導等)」が半数を超えていた。

協力雇用主等調査の結果から,協力雇用主及び刑務作業契約企業は,刑務所出所者等を雇用するに当たって,その者の内面(社会人としての自覚,社会常識)を非常に重視していることがうかがえる。また,その者の身元保証や住居の確保について不安を有しており,その者と面接したり,自社での就労体験を経た上で,人柄や就労意欲等を確かめ雇用したいという希望を有していることがうかがえる。

これらのニーズに応えるためには,例えば刑事施設においては,特別改善指導のうち「就労支援指導(R6)」(1項(1)イ(ウ)及び第2編第4章第2節3項(2)参照)における指導に加えて,一般改善指導や職業訓練種目のカリキュラムの中にある社会常識に関する科目を拡充することが有効であり,そのためには,刑務作業の担当部署だけではなく,教育や分類担当部署との連携を一層強化する必要がある。また保護観察所においては,外部講師を招いて就労支援セミナーを開催し,ビジネスマナーや社会人としての自覚の涵養を図ったり,職場体験講習,トライアル雇用及び身元保証制度をより積極的に活用したりすることにより,刑務所出所者等を雇用するに当たっての協力雇用主の不安を軽減し,雇用しやすい状況を整えていくことが必要である。

(2)就労支援事業者機構

犯罪をした者や非行のある少年の就労の確保は,ごく一部の善意の篤志家の手によってではなく,経済界全体の協力と支援によって支えられるべきものであるとの趣旨から,中央の経済諸団体(一般社団法人日本経済団体連合会,日本商工会議所,全国商工会連合会及び全国中小企業団体中央会)や大手企業関係者等が発起人となり,平成21年1月に特定非営利活動法人「全国就労支援事業者機構」が活動を開始し,23年6月をもって認定特定非営利活動法人となった。この動きは,中央の経済界が,治安が社会の発展の基盤であるとの認識に立って,刑務所出所者等の就労支援を自らの社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)と捉えたものである。

そして,全国就労支援事業者機構の働き掛け等により,地方単位の就労支援事業者機構(都道府県就労支援事業者機構)が,全国50か所(各都府県に1か所ずつ,北海道に4か所)に設立され,平成22年7月までに50か所すべてが特定非営利活動法人となった。

雇用情勢が各都道府県により異なることなどから,実際の就労支援に関する事業は,都道府県就労支援事業者機構が実施しており,その主な事業内容は,<1>刑務所出所者等の雇用に協力する事業者の増加を図る事業,<2>求職情報の把握,求人情報の開拓・把握を行って個別の就労を支援する事業,<3>刑務所出所者等を雇用した場合の協力雇用主への給与支払いの助成事業,<4>刑務所出所者等の職場体験講習,セミナー・事業所見学会等への協力事業,<5>犯罪予防を図るための世論の啓発及び広報事業等となっている。全国就労支援事業者機構では,これらの事業について資金助成を行うなどの支援を行っている。

(3)地方自治体及び民間企業における取組

大阪府内のある地方自治体は,事例3のように,保護観察対象者を地方自治体の臨時的任用職員として採用する取組を行い,同様の動きが他の地方自治体に広がっている。また,保護観察又は更生緊急保護の対象者を雇用した経験のある協力雇用主に対して,建設工事等に係る競争入札参加資格審査において加点するなどの優遇措置を導入する地方自治体も現れている。これらの取組は,各地の保護司会が地元自治体に働き掛けるなどして始まっており,刑務所出所者等の就労支援に対する地方自治体の理解と協力が広がり始めていることを示している。

昨今,企業が果たすべき社会的責任が重要視され,民間企業においては,利潤だけでなく社会貢献(例えば,災害応急対策への出動,地元の児童・生徒への出前授業実施等)を行う機運が高まっている。民間企業の中には,社会貢献として,矯正施設入所中の者に対して,職業訓練から刑務作業の提供と出所後の雇用までを前提とした一貫したプログラムを提供している例もある(事例4)。こうした取組は諸外国に多くの先例があり,特に英国では,民間企業による矯正施設入所者への就労支援が積極的に行われている。我が国でもこうした取組が広がることが期待される。


事例3 地方自治体が,保護観察対象者を職員として採用した事例

大阪府内のある地方自治体では,平成22年に,市長と地区保護司会長の協定に基づき,採用条件や雇用形態等を取り決め,保護観察対象者を市の臨時的任用職員として採用することを決定した。対象となる者は,地方自治法の欠格事由に該当しない保護処分の対象者(保護観察処分少年及び少年院仮退院者)等で,事務作業の補助職員として原則6月間(最長1年間)雇用され,任用中は,民間企業等による常用雇用を目指した求職活動ができるようになっている。この制度により,同地方自治体,地区保護司会及び保護観察所の連携が強化され,数人の少年が採用された。


事例4 刑事施設出所後の雇用を前提とした職業訓練の事例

コンピュータシステムやソフトウェアの開発・販売等を事業内容とする,東京都内に本社を構えるある大手企業は,美祢社会復帰促進センター(第2編第4章第5節参照)の受刑者を対象とした「再犯防止プログラム」を提供している。これは,一定の学力を有する受刑者に対して,6月間にわたって職業訓練としてコンピュータプログラミング教育を実施するとともに,職業訓練を修了した受刑者に対し,習得した能力をより十分なものとするため,刑務作業として実際のプログラム開発作業を行わせる。そして,一定の基準を満たした受刑者について,出所後の就労先を確保するために協力するといった,出所者の雇用を前提とした支援を行い,再犯防止に貢献しようとするものである。このように,職業訓練から刑務作業の提供と出所後の雇用までを前提とした一貫したプログラムは,民間企業である当該会社と法務省の協働で実現した我が国初の取組である。当該会社は,この再犯防止プログラムを「企業の社会貢献活動」と位置付けて,社内の産業機構研究所が中心となって,平成19年10月の開講から現在まで継続して実施している。

この取組により,平成24年6月末現在で,職業訓練を受講した受刑者は94人に達し,訓練や作業期間中に,基本情報技術者試験に合格した者は延べ29人,応用情報技術者試験に合格した者は延べ6人,データベーススペシャリスト試験に合格した者は延べ2人に上る(法務省矯正局の資料による。)。