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 平成20年版 犯罪白書 第7編/第5章/第2節/2 

2 ドイツ

(1)概説
 ドイツにおいては,総人口に占める高齢者の比率が日本と大差がない(2005年60歳以上人口の比率:ドイツ24.9%,日本26.8%)にも関わらず,検挙人員に占める高齢者の比率が日本に比べかなり低く,60歳以上の受刑者や保護観察対象者の比率も低い。
 ドイツは連邦制国家であり,各州に司法省,検察局,裁判所等の司法機関があるため,各州がそれぞれ独自の刑事司法制度を実施している。したがって,各州の刑事司法の運用状況は,文化的・歴史的・経済的背景等様々な事情によって異なり,それぞれの州が特徴的な実務を運用している。以下では,資料の入手が可能であったバーデン・ヴェルテンブルク州及びバイエルン州における高齢犯罪者の処遇の概要について述べる。
(2)検察・裁判段階における処分
ア 検察段階
 (ア)軽微な犯罪に対する起訴猶予
 
高齢者による犯罪の多くは,軽微な財産犯であるが,これらは,軽微な犯罪であることを理由に検察段階で不起訴になることが多い。例えば,ミュンヘン地方検察局においては,窃盗について,起訴猶予を認めるおおよその基準として,一般的には,[1]被害額が10〜15ユーロ以下であること,[2]前科がないことを要件としているが, 60歳以上の高齢犯罪者については,[1]の要件を緩和し,被害額を100ユーロ以下としている。
 (イ)条件付き起訴猶予
 
ドイツでは,刑事訴訟法において,一定の場合に,検察官が,被疑者に対して賦課事項又は遵守事項を課し,公訴の提起を暫定的に猶予し,被疑者がこれらの事項を履行したときには,訴追しないとする旨定めており(条件付き起訴猶予),かかる制度の運用に際しても,60歳以上の高齢犯罪者については,公訴を提起しない内部基準が緩和されている。例えば,ミュンヘン地方検察局においては,同制度の運用に当たり,内部的な基準として,一般的には,[1]被害額が100ユーロ以下であること,[2]前科がないことを要件としているが,60歳以上の高齢犯罪者については,[1]の要件を緩和し,被害額を200ないし300ユーロ以下としている。
イ 裁判段階
 裁判段階においても,高齢者に対しては,量刑上特別の配慮がなされている。例えば,窃盗の場合,一般的には,通常被害額1,000ユーロ以上の事案においては実刑が相当とされているところ,60歳以上の者に対しては,被害額が5,000ユーロ程度であっても,執行猶予付きの判決が言い渡されることも少なくない。
(3)矯正における処遇
ア バーデン・ヴェルテンブルク州における高齢受刑者の処遇
65歳以上の受刑者については,作業の義務がなく(ドイツ行刑法第41条1項),また,教育,職業訓練等のプログラムに参加する義務もない。受刑者個人に対しては,刑務所において専門家のチームにより,体力,精神力,社会での生活状況,個人の特性等を検査した上で必要なプログラムを策定している。特に,50歳を超えた受刑者に対しては,個人の個性を尊重して処遇している。医療面は,社会と全く変わらず,健康保険が適用される。また,身体が衰弱した高齢受刑者については,刑務所に所属する行刑病院があり,そこで治療を受けることができる。
イ コンスタンツ刑務所ジンゲン刑務支所
 コンスタンツ刑務所ジンゲン刑務支所は,ドイツにおける高齢受刑者を専門に収容する唯一の刑務所である。62歳以上の男子受刑者を収容しており,年間の平均出所人員は,おおむね50人である。収容の要件として,[1]バーデン・ヴェルテンブルク州の者であること,[2]62歳以上の男子であること,[3]刑期が15か月以上あること,である。ただし,収容の条件に合致していても,逃走の危険性の大きい受刑者は,他の刑務所に収容される。
 刑務所内では,作業を行うが, 65歳以上の者は免除されている。ただし,65歳以上の者であっても希望すれば作業をすることができる。作業内容は,単純労働である組立て作業が中心となっている。作業をしない者は,年金生活者であり,日中は社会での生活と同様に,趣味やスポーツ等の活動を行っている。居室での生活は,テレビや冷蔵庫の利用などができる。運動も施設内のジム設備を利用できるなど単調な受刑生活にしないための配慮がなされている。
 高齢者は仮釈放が認められやすく,受刑者の出所事由は3分の2が仮釈放で,3分の1が満期釈放である。出所先は,3分の2が入所前に居住していた場所で家族(妻,子供等)の住所であり,3分の1が老人ホーム,中間施設等である。
(4)更生保護における処遇
ア 年齢に配慮した処遇
 ドイツの高齢保護観察対象者(60歳以上の保護観察対象者をいう。以下,本項において同じ。)は,その多くが孤独な年金生活を送っている。高齢保護観察対象者の比率は我が国に比べて少なく,そのため,高齢者独自の特別の処遇プログラムなどは実施されていない。処遇方針としては,高齢という年齢に配慮した処遇を実施することである。例えば,[1]高齢保護観察対象者が指導を受け入れやすく,また,指導する側も指導しやすいようにできるだけ経験豊富な年配の保護観察官が担当する,[2]孤独感の解消等のため,面接回数をできるだけ多くし接触の機会を増やす,[3]集団への参加等仲間作りをできるだけ促し,孤立することのないよう注意するなどの配慮がなされている。
イ 保護観察の継続
 ドイツの保護観察においても,我が国の保護観察における仮解除に似た制度が存在し,例えば,生活が安定している保護観察対象者に対しては,執行猶予期間中であっても保護観察官の報告に基づき裁判所の決定により保護観察官の指導を受けなくてもよいという措置を執ることができる。この制度は,保護観察対象者の改善更生への動機付けに非常に有効であるため,若年・壮年層に対しては積極的に運用がなされているようであるが,高齢保護観察対象者に対しては,孤独感の解消等の理由から保護観察官との関係を継続させることが重要になる場合があるため,生活が安定している状況にあっても,そのまま保護観察官の指導を継続するということがしばしば行われている。
(5)社会福祉の充実等
 ドイツにおいては,国家的に社会福祉が充実しており,高齢者は原則として年金生活者であり,年金をもらえない者は生活保護を受けることができる。さらに,老人ホーム,帰住先のない者を受け入れる中間施設,教会等が主催するクラブなど社会全体で高齢者を受け入れる体制が整っている。
 また,関係機関・団体との連携については,基本的にはそれぞれの機関等の権限と責任が明確化されており,それぞれの機関が忠実に自己の職責を実行しているため,連携を深めるための連絡協議会の開催などは州によってはあまり活発でない。受刑者や保護観察対象者に就労の必要が生じた場合は,日本のハローワークに相当する公共機関に任せれば,仕事をあっせんしてもらうことができ,病気の問題が生じた場合は,医療機関に任せれば,医療機関は責任をもって治療に当たることになる。このため,受刑者や保護観察対象者の処遇上の問題は,他の専門機関に任せることによって比較的円滑に解決を図ることができる。