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 平成18年版 犯罪白書 第6編/第5章/第6節/2 

2 裁判員として参加しやすくするための方策

 以上のように,裁判員制度を円滑に実施するに当たっては,現在,裁判員として裁判に参加する意欲の乏しい者が多いこと,裁判員として参加するに当たっての日程調整の困難性や心理的不安を訴える者が多いこと,現状の裁判では,裁判に参加できると半数を超える者が回答した最大日数と比較して開廷回数が多いことなどの問題があることが明らかになった。そこで,国民が裁判員として参加しやすくするための方策について検討する。

(1) 公判前整理手続の適正な運用

 国民が裁判員として参加しやすくするためには,裁判員裁判対象事件の審理日程をできる限り縮減して裁判員の協力を得ることが重要であると思われる。ところで,裁判員法は,裁判員裁判対象事件については,これを公判前整理手続に付さなければならないとしている(未施行)。平成17年11月1日から18年4月30日までの間に,公判前整理手続に付された裁判員裁判対象事件のうち,同日までに第一審で判決の言渡しがあったものは35件あり,その開廷回数別構成比は,「3回以下」が約71%,「3回を超え6回以下」が約26%であった(本章第5節参照)。
 前述した平成17年の裁判員裁判対象事件第一審終局総人員の開廷回数別構成比と比べると,「3回以下」の比率及び「3回以下」と「3回を超え6回以下」の合計の比率が,いずれも大きくなっており,全体的に見て公判前整理手続に付された裁判員裁判対象事件の開廷回数は,少なくなってきていることがうかがわれる。このように,公判前整理手続は,現在のところ,おおむね順調に運用されて裁判員裁判対象事件の開廷回数を少なくすることに貢献していると思われる。
 今後,裁判所,検察官及び弁護人は,同手続の趣旨を正しく理解し,互いに協力することにより,争点に集中した充実した審理を計画的に行い,裁判員裁判対象事件の審理日程をできる限り縮減して裁判員の協力を得ることが肝要と考えられる。

(2) 裁判員として参加しやすくするための環境作り

 次に,国民は裁判員として参加しやすくするためには,どのようなことが重要と考えているのかを見る。
 最高裁アンケートの結果によれば,「会社に勤めるサラリーマンなどが裁判員の役目を果たしやすいようにするため,あなたはどのようにすればよいと思いますか」との質問に対する回答結果を見ると,「経営者・幹部の間に制度理解を広める」と回答した者が約67%と最も多く,次いで,「収入減少の場合に,経済的補償をする」(約59%),「有給休暇扱いにする」(約57%),「裁判所が裁判員の仕事の日程都合を考慮する」(約45%)の順であった。
 また,「その中で最も重要だと思うことを一つだけあげてください」という質問に対する回答結果は,6-5-6-5図のとおりである。

6-5-6-5図 国民(サラリーマン)が裁判員として参加しやすくするために実施すべき環境整備(最も重要な環境整備)

 「経営者・幹部の間に制度理解を広める」及び「収入減少の場合に,経済的補償をする」と回答した者が多く,この二つで全体の約65%を占める。
 次に,「高齢者の介護や子供の養育をしている人が裁判員の役目を果たしやすいようにするため,あなたはどのようにすればよいと思いますか」という質問に対する回答を見ると,「施設を利用しやすくする」と回答した者が約69%と最も多く,次いで,「施設利用の場合,経済的補償をする」(約67%),「お願いしやすい環境を作る」(約42%),「裁判所が裁判員の介護や養育の日程都合を考慮する」(約41%)の順であった。
 また,「その中で最も重要だと思うことを一つだけあげてください」という質問に対する回答結果は,6-5-6-6図のとおりである。

6-5-6-6図 国民(介護者・養育者)が裁判員として参加しやすくするために実施すべき環境整備(最も重要な環境整備)

 「施設利用の場合,経済的補償をする」及び「施設を利用しやすくする」と回答した者が多く,この二つで全体の約68%を占める。
 これらの結果によれば,国民が裁判員として参加しやすくするためには,様々な面での環境作りが重要だと考えている者が多いことが認められる。確かに,企業に勤務している者や,現に介護や養育をしている者が,個人的には裁判員として参加しようと考えたとしても,勤務している会社が裁判員制度に理解を示さず,裁判員としての参加に配慮しなかったり,周囲に介護や養育を代わってくれる者がいなければ,これらの者が日程を調整して裁判員として参加することは困難であろう。
 その意味で,国民が裁判員として参加しやすくするための様々な面での環境作りは非常に重要である。特に,裁判員に選ばれた人のみならず,その人の家族,勤務先関係者をはじめとする周囲の人々の裁判員制度に対する理解を深め,裁判員として参加しやすくなるよう協力を得ることも極めて重要であることから,後記(3)で述べる広報活動等を通して,広く一般に対し,裁判員制度への理解を深める必要性が高い。

(3) 広報活動

 最高裁アンケートの結果によれば,裁判員として参加する場合の最も重要な障害事由として,「心理的に不安である」を挙げた者が相当数存在する。国民に裁判員としての参加を促すには,その心理的不安を除去しなければならない。そのためには,まず何よりも,裁判員制度の意義や具体的内容についての国民の理解と関心を深めることが不可欠である。
 裁判員法附則2条(施行済み)も,この点につき,「政府及び最高裁判所は,裁判員の参加する刑事裁判の制度が司法への参加についての国民の自覚とこれに基づく協力の下で初めて我が国の司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことができるものであることにかんがみ,この法律の施行までの期間において,国民が裁判員として裁判に参加することの意義,裁判員の選任の手続,事件の審理及び評議における裁判員の職務等を具体的に分かりやすく説明するなど,裁判員の参加する刑事裁判の制度についての国民の理解と関心を深めるとともに,国民の自覚に基づく主体的な刑事裁判への参加が行われるようにするための措置を講じなければならない」と規定している。
 現在,裁判所,法務省・検察庁及び日本弁護士連合会並びに関係省庁等は,協力し,様々な広報活動を行っている。広報活動は,各種の講演会やシンポジウムの開催,広報誌の配布,模擬裁判の実施,各種イベントの機会を利用した各種活動等と多岐にわたっている。こうした広報活動において,地域住民と交流を図り,かつ,裁判員制度に関する疑問等に誠実に答えることなどを通じ,少しずつ国民の裁判員制度に対する理解と関心が深まってきていると思われる。また,前記(2)で述べたように,会社の経営者・幹部の裁判員制度に対する理解は極めて重要である。これらの者に対する広報活動も積極的に行われており,理解も深まりつつある。
 今後も,様々な工夫を凝らした広報活動を幅広く実施し続けていくことが望まれる。

(4) 法教育

 裁判員として裁判に参加する意欲を持つ者が大多数を占め,裁判員制度が十分に機能するためには,その前提として,国民一人一人が法や司法を身近なものと感じ,司法に自ら積極的に参加していく気持ちを持つことが大切である。そして,そのためには,法律専門家ではない一般の人々が,法や司法制度,これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身に付けるための教育(以下「法教育」という。)を行うことが効果的である。このような教育を行うことにより,国民が裁判員裁判への参加に関して感じている前述の「心理的不安」を軽減する効果も期待できよう。
 法務省では,平成15年7月に,各界の有識者のほか,教育関係者等を委員とする法教育研究会を発足させた。同研究会は,16年11月に,「目指すべき法教育は,[1]法は共生のための相互尊重のルールであること,[2]私的自治の原則など私法の基本的な考え方,[3]憲法及び法の基礎にある基本的な価値,[4]司法の役割が権利の救済と法秩序の維持・形成であることを理解させるものであること」,「法務省において,文部科学省,最高裁判所,日本弁護士連合会などの関係機関と連携して普及を促進する取組みを実施すること」などを内容とする法教育研究会報告書を法務省に提出した。その後,法務省では,17年に法教育推進協議会を発足させ,前記研究会報告書の趣旨を踏まえつつ,法教育をどのように推進していくかなどについて,[1]学校教育における法教育の実践,[2]教育関係者・法曹関係者による法教育に関する取組,[3]裁判員制度を題材とした法教育の教材作成等の多角的な観点から検討している。