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 昭和39年版 犯罪白書 第四編/第一章/二/7 

7 犯罪発生の背景となる環境の問題点

 (1) 中流家庭の増加 従来,少年犯罪発生の母胎として,貧困家庭があげられてきた。たしかに,犯罪少年の家庭には下流ないし貧困の者が多いが,最近の傾向としては,従来の犯罪白書においても指摘したように,中流層出身者の増加がある。
 犯罪統計書によって,犯罪少年の家庭の経済状態について検討すると,IV-25表にみるように,最近一〇年間において,極貧層は実人員および構成比率のいずれにおいても減少し,下流層も,構成比率において明らかに減少している。

IV-25表 刑法犯少年の階層別構成比(昭和27,32,37年)

 これに対し,中流層は実人員,構成比率ともに著しい増加を示し,実人員についてみると昭和三七年には昭和二七年の二・一倍になっている。また構成比率も,昭和二七年には二九・八%であったのが,昭和三七年には四三・一%になっている。
 経済面での社会階層の区分やその判定には問題があり,基礎人口面での中流層の増加ということも考慮に入れなければならないであろうが,ごくおおまかな傾向としてみた場合,いわゆる「中流層」家庭の出身者が多くなっていることは事実である。
 (2) 両親そろっている家庭の増加 極貧家庭と同じように,少年犯罪発生の母胎として重くみられてきたのは,欠損家庭ないし崩壊家庭である。これは,種々の理由で両親の一方が欠けているか,両方のいない家庭のことで,親の欠損自体が子どもの健康な発達にとって障害となるばかりでなく,欠損が家庭の病理性と密接に結びついているところから,犯罪や非行の原因として,早くから注目されてきたものである。
 わが国の非行少年の中の欠損家庭の割合は,家庭裁判所の保護事件や少年院収容者などでは五〇%から六〇%ぐらいであり,非行程度の進んでいる者ほどその割合が高い。
 刑法犯で警察に検挙される少年については,欠損家庭の割合は低く,両親のそろっている者が八〇%におよんでいるが,犯罪統計書による家庭状況では,IV-26表にみるように,両親のそろっている者が,その実数においても,構成比率においても逐年増加の傾向にあることがわかる。このことから,これらの家庭が,家庭として機能を十分に果たし,犯罪や非行の原因が家庭の外にあると即断はできない。むしろ,両親がそろい,生活にも困らないが,なお目にみえない障害が家庭の中にあって,そのために犯罪や非行に陥る少年が年ごとにふえているということを示すものではないかと疑われる。家庭の中におけるどのような障害が少年犯罪の原因になっているかは,現在の犯罪統計では明らかにされないが,親の子に対する愛情や,しつけのあり方,家庭内の規律や融和に障害のある場合に,少年が非行に陥りやすいことは,数多くの専門的研究によって指摘されている。最近の少年犯罪の増加傾向から,わが国における家庭内の人間関係のあり方,とくに子どもに対する父母の役割やしつけのあり方について,一般的に反省してみる必要があるのではなかろうか。

IV-26表 刑法犯少年の保護環境(昭和33〜37年)

 (3) 都市化と犯罪の都市集中 犯罪や非行は,一般にいなかより都会に多い。そうして,人口が増加し都市化が進むに従って,犯罪や非行はますます増加する。
 少年刑法犯の検挙人員の対人口比率を,六大都市と他地域について比較すると,昭和二五年には六大都市が他地域の一・七六倍であった。昭和三〇年には一・四一倍に下がったが,その後いくらか上昇の傾向をみせ,昭和三五年には一・四三倍になっている。しかし,昭和三七年にはまた一・三八倍に下がっている。
 しかしこれは,基礎人口に対する比率のみを比較したために,六大都市における犯罪増加の傾向が実感としてわかないのであって,これを刑法犯検挙人員の実数でみると,他地域が昭和二五年の一〇二,〇〇〇人から昭和三五年の一〇五,〇〇〇人とわずかに増加しているのに対し,六大都市では昭和二五年の二七,〇〇〇人から昭和三五年の四三,〇〇〇人と著しく増加し,さらに昭和三七年には四六,四〇〇人に増加している。
 ところで,少年の基礎人口は,他地域が昭和二五年の九〇二万人から昭和三五年の八三八万人と減少し,昭和三七年には九〇九万人ともとにもどっているのに,六大都市では,昭和二五年の一三六万人から昭和三五年には二三九万人に増加し,さらに昭和三七年には二六二万人に増加している。そのため,基礎人口に対する比率をとってみると,六大都市の増加率が目だたないのである。
 さて,都市に犯罪や非行の多い理由として一般に指摘されている事実を紹介すると,住民のはげしい移動性と異質性(いなかの人のように一様の道徳的確信などを有しないことをいう),および近隣の解体と連帯意識の稀薄,家族の解体的傾向などによる個人の孤立化と道義の退廃ならびに享楽的・せん情刺激の豊富などである。とくに,わが国の最近における人口(とくに青少年層)の都市集中化と都市のマンモス化は著しく,これに伴って巨大な消費地域,歓楽街,スラムに類する地区などが,次々と少年犯罪などの培養基となっている。そして,このような大都市に多い犯罪は,すでに述べたように,暴行,傷害,脅迫,恐かつ,強盗などであって,犯罪集団化の傾向も著しい。また年少非行少年の増加も,地方よりも大都市の方に著しい。
 このような実情にかんがみ,法務総合研究所では,昭和三八年一〇月,東京二三区における流入少年の実態調査を行なったところ,一五〜一九才の少年人口の三〇・五%が流入者であった。そのほか,一五・三%の少年は中学卒業前の家族ぐるみの流入者であった。このうち,動労流入少年の,就職状況を調べてみたところ,流入時には工員(三六・四%),店員(二三・〇%),職人(一五・八%)などの職業についていたものが,転職して,調査時には工員が一七・六%に,店員が一二・一%に,職人が一一・五%に減少し,逆にサービス業(七・九%→一四・五%),運転(助)手(二三・二・一%→二一・二%)などの職業や無職(一四・五%)に変っていることが明らかになった。このような流入者のうち,どれくらいの少年が,どのような理由で非行に陥るかは,これからの興味がありかつ困難な研究課題である。
 また,昭和三七年に東京少年鑑別所に収容された刑法犯初犯の男子のうち,約四八%が他府県からの流入者であった。もちろんこの流入者の中には,すでに非行があって家出した者もあるが,就職や就学の希望を持って出てきたものが,都会での適応に失敗して,犯罪に陥ったとみなされる者も少なくない。
 人口の大都市集中に対広して,工場の分散,ベッド・タウンの造成などの理由で,大都市周辺の小都市や地方の中小都市などでも都市化の様相を呈しているものが少なくなく,そこでは新たに少年犯罪の問題が注目されている。犯罪や非行は,大都市に集中するとともに,地方に向かってまん延してゆく傾向もみられる。かつて覚せい剤の乱用がまず都市に流行し,ついで地方に広がって行ったが,睡眠薬の乱用にも同様の傾向がみられている。それには,マス・コミも大きな影響力になっていると思われる。
 最後に米国の社会学者達によって注目された一つの事実を紹介しておこう。シャトルのベイリー=ガツァート学校区におかては少年非行率は五・七にすぎなかったが,その周囲地域での非行率は二七・七という高い値(これが百分率かどうかは関係文献上不詳)を示した。右学校区は日本人人口が多く(学校の九〇%は日本人),日本人は強い家族と地域社会体制をもっており,集団のコントロールが犯罪抑圧に大きく作用したと考えられたとのことである。