前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和39年版 犯罪白書 第二編/第三章/二 

二 暴力犯罪の刑の量定

 暴力犯罪に対し,わが国の裁判では,具体的にどのような科刑がなされているだろうか。以下,この点を主要な暴力犯罪について,通常第一審の裁判統計によってながめてみよう。
 まず,殺人の法定刑は,その上限が死刑,その下限が懲役三年であるが,殺人の科刑の分布比率は,II-37表に示すように,死刑は有罪総数の〇・四%以内,無期懲役は一・〇-一・五%,また一〇年をこえる有期懲役は四・八-五・五%,七年をこえ一〇年以下は一二・八-一四・五%であるが,法定刑の最下限である懲役三年が約三〇%,最下限を下回るものが約二〇%であるから,総数のほぼ五割を占めるものが法定刑の最下限か,または,これを下回る科刑を言い渡されたことになる。ところで殺人については,一般に殺害の目的を遂げたか否かにより,量刑に大きな差違があるので,昭和三五年および昭和三六年の有罪人員を既遂,未遂にわけ,科刑の分布比率を示すと,II-38表のとおりである。殺人既遂の場合においても,法定刑の最下限,またはこれを下回るものが二五%以上を占め,かつ約二〇%に執行猶予がつけられていることは,注目に値するといえよう。

II-37表 殺人罪(199条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

II-38表 殺人罪(199条)の既遂,未遂の有罪人員と科刑別人員の率(昭和35,36年)

 傷害致死の法定刑は,その上限が懲役一五年,その下限が懲役二年であるが,傷害致死の科刑の分布比率は,II-39表に示すように,二年以上三年以下が有罪総数の約六〇%を占め,三年をこえるものは三三-三七%である。また法定刑の最下限を下回る科刑は,五%内外で他の罪種に比して低率であるが,これは執行猶予の言渡率が四〇%に近いことを考えあわせると,法定刑の最下限の懲役二年を量刑して,これに執行猶予をつける場合が多く,とくに最下限を下回る科刑をする必要が少ないことによるものと思われる。

II-39表 傷害致死罪(205条i項)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

 強盗の法定刑は,その上限が懲役一五年,その下限が懲役五年であるが,強盗の科刑の分布比率は,II-40表に示すように,最下限である懲役五年およびこれを下回る科刑が有罪総数の八五-九〇%であり,懲役五年をこえるものは,わずかに九-一五%にすぎない。しかも,総数のうち約二〇-二八%に執行猶予がつけられている。

II-40表 強盗罪(236条)の有罪人員と科刑別人員の串(昭和32〜36年)

 強盗致傷の法定刑は,その上限が無期懲役,その下限が懲役七年であるが,強盗致傷の科刑の分布比率は,II-41表に示すように,無期懲役は〇・二-〇・四%,最下限である懲役七年およびそれより下回り懲役五年をこえるものが,有罪総数の杓二三-二九%,五年以下の懲役が約六〇-六六%であって,最下限またはそれより下回る科刑の合計は,有罪総数の約九割弱を占めているのである。なお,執行猶予の言渡率が約二%と著しく低いのは,法定刑の下限が懲役七年であって,執行猶予をつけるためには減軽例を二回適用しなければならないからである。

II-41表 強盗致傷罪(240条前段)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

 強かん致死傷の法定刑は,その上限が無期懲役,その下限が懲役三年であるが,その科刑の分布比率は,II-42表に示すように,無期懲役は〇・二%以内,最下限である懲役三年およびこれを下回る科刑が有罪総数の約八〇%であり,総数のうち約三三-四三%に執行猶予がつけられている。

II-42表 強かん致死傷罪(181条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

 恐かつの法定刑は,その上限が懲役一〇年,その下限が懲役一月であるが,その科刑の分布比率は,II-43表に示すように,二年未満一年以上と一年未満六月以上が,それぞれ四四-四八%を占めているから,有罪総数の約九割までが,二年未満に集中していることになる。そして二年以上の科刑は,約六-七%にすぎず,しかも執行猶予言渡率は,五〇%をこえている。

II-43表 恐かつ罪(249条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

 傷害の法定刑は,その上限が懲役一〇年,その下限は科料にまでおよび,裁判官の裁量の範囲がすこぶる広い。傷害の通常第一審(したがって,略式手読によるものは含まれていない)における科刑の分布比率は,II-44表に示すように,懲役刑に処せられたものを取り上げてみでも,二年未満一年以上が有罪総数の約二〇%,一年未満六月以上が約五〇%,六月未満が約二三-二六%であるから,懲役刑に処されたものの九割以上が二年未満の科刑であり,そのうち約五〇%が執行猶予付となっている。

II-44表 傷害罪(204条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜36年)

 さきに本編第二章において,戦後における科刑の特色として,法定刑の下限に集中していることと,執行猶予が大幅に適用されていることを指摘したが,その特色が,右に掲げた暴力犯罪の科刑にはかなり明確に現われているように思われる。個々の事件の量刑の当否は,もちろん当該事件について具体的に詳細な検討を加えなければ論ぜられないが,一般的にいって,以上概観したような暴力犯罪の量刑の現況がこれでよいかどうかは検討の余地のあるところと考えられる。