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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第四章/二 

二 選挙犯罪

 前回の犯罪白書で,昭和三七年の選挙犯罪について述べたので,今回は昭和三八年のそれについて述べよう。
 昭和三八年度の選挙は,大別して二つに分けられる。その一は四月一七日および三〇日の両日に施行された,いわゆる統一地方選挙であり,その二は一一月二一日に施行された衆議院議員総選挙である。
 統一地方選挙における選挙犯罪の概況を説明することにする。この統一地方選挙は,昭和二二年以来第五回目のものであるが,その施行団体の数は,都道府県議会議員選挙四六団体,知事選挙二〇団体を含む三,二一三団体であり,定数は四六,九五一人(立候補者数六二,九八三人)にのぼった。
 この選挙後約六か月の同年九月三〇日までにおける検察庁の違反事件の受理人員は九五,八五六人(このうち移送および再起による受理を除くと七三,三一〇人)となっており,I-53表によってわかるように,従前の統一地方選挙における受理人員に比較して最も多い。このうち,知事選挙関係が一,四一五人,都道府県議選挙関係が五七,九五二人,市町村長選挙関係が一〇,一四三人,市区町村議選挙関係が二六,三四六人で,都道府県議選挙関係の違反が,最も多いことが注目される。この罪種別の内訳をみると,買収(供応,利害誘導,言論買収その他の買収を含む)が八六,一八二人(約九〇%)を占めていて圧倒的に多く,次に戸別訪問の四,一六五人(約四%),文書違反(新聞紙,雑誌の頒布,掲示違反を含む)の二,〇三九人(約二%)となっている。これを従前の統一地方選挙に比較すると,I-54表のとおりであって,選挙犯罪中,最も悪質な買収が逐年増加していることが憂慮される。さらに資格別の内訳をみると,検察庁における終局処理人員六五,一四四人中,多数を占めるのは選挙人で,四五,二三七人(約六九%)であり,次に一般の選挙運動者の一七,六六三人(約二七%),候補者の一,〇九二人,総括主宰者,地域主宰者,出納責任者,候補者の同居の親族等の数は合計四九三人である。これを,従前の統一地方選挙における違反者の資格別に比較すると,I-55表のとおりである。

I-53表 統一地方選挙違反の検察庁新受理人員と率(昭和26,30,34,38年)

I-54表 統一地方選挙の違反と罪種別人員と率(昭和26,30,34,38年)

I-55表 統一地方選挙の違反の資格別人員と率(昭和26,30,34,38年)

 このように,罪種別では買収が最も多く,資格別では選挙人が最も多く,例年に比して,いずれも増加しているのは,選挙公明化のかけ声にもかかわらず,いわゆる部落ぐるみ,町ぐるみ,ないしは後援会等の組織利用の多数人買収,供応事犯が多発したこと等によるものである。そして,これを内容的にみると,現金買収より,酒食の供応および日常の飲食品,雑貨品等の物品供与事犯が多かったことが認められる。このほか,この統一地方選挙においては,選挙運動用ポスターにはる証紙(この制度は,昭和三七年五月法律第一一二号による公職選挙法の改正の際に採用されたもの)の偽造および不正使用や「選挙屋」と自称する候補者等による選挙運動用通常葉書の譲渡のような悪質事犯の発生,ひぼう文書または暴力による自由妨害,替玉による集団的な詐偽投票等の事犯が多発する傾向があったことも,看過できないことである。
 これらの選挙犯罪の違反者のうち,前述した選挙施行約六か月後の,昭和三八年九月三〇日までに起訴された者は二七,一五〇人,不起訴処分に付された者は四二,四〇三人であるが,その罪種別の内訳はI-56表のとおりである。なお,全体の起訴率は約三九・〇%(求公判約八・五%,求略式約三〇・六%)であって,前回,前前回の統一地方選挙における比率と大差はない。

I-56表 昭和お年4月統一地方選挙の違反の罪種別処理人員と率(昭和38年9月末現在)

 次に,この統一地方選挙の前記昭和三八年九月三〇日までの資格別処理および裁判の結果はI-57表のとおりであって,公判請求した人員が三,九〇一人,略式命令請求した人員が二〇,六九六人合計二四,五九七人のうち,一八,八二五人(約七七%)について,裁判の言渡しがあったわけである。しかしながら,この表は選挙施行六か月後の統計であるため,略式命令請求をしたものを除く大半のものが,なお公判係属中と考えられ,この表だけでは,統一地方選挙における,選挙犯罪に関する裁判結果の概況を知ることはできない。なお,昭和三七年七月施行の参議院議員通常選挙における,選挙犯罪についての選挙施行一か年後の第一審裁判の結果を示すと,I-58表のとおりであるが,この表によってもわかるように,自由刑の実刑の言渡しがあった者はわずかに一二人であり,なお公判係属中の者は一,五五二人であって,これは選挙裁判の一面を物語っている。公民権停止の制度は,昭和三七年五月の前述した公職選挙法の一部改正によって買収等の悪質事犯について,公民権を全く停止しないとすることができないことになる等,相当強化されたのであるが,右の参議院議員通常選挙における選挙犯罪については,I-59表のとおり,第一審裁判で有罪の言渡しを受けた人員五,二三九人中,公民権不停止となった者一,〇一七人,公民権停止の期間が短縮された者二,三〇七人となっている。

I-57表昭和38年4月統一地方選挙の違反の資格別処理,裁判結果(昭和38年9月末現在)

I-58表 昭和37年7月参議院議員通常選挙の起訴人員および第一審裁判結果人員と率(昭和38年7月1日現在)

I-59表 昭和37年7月参議院議員通常選挙の第一審裁判人員のうち公民権停止の言渡し人員と率(昭和38年7月1日現在)

 なお,右の公職選挙法の改正によって,検察官にいわゆる連座的当選無効訴訟の提起義務が認められたが,昭和三八年一二月三一日までに,この訴えの提起があったのは六件である。
 次に,昭和三八年一一月二一日に施行された衆議院議員総選挙における選挙犯罪の概況について説明する。この総選挙の全国投票率は七一・一四%で,戦後の総選挙の投票率中二番目に低い結果となった。なお,競争率は約二倍で,戦後の総選挙における最低であったが,これは政党が公認候補を厳選したことによるものと思われ,実質的な競争は以前よりも激化したと考えられる。
 この総選挙における選挙犯罪の概況については,なお最終的な統計が集計されていないので,その全般的状況を明らかにすることはできないが,昭和三八年一二月三一日現在までの検察庁における受理人員は四三,二四二人(移送および再起による受理を含む)にのぼっており,これを,昭和三五年一一月二〇日施行された前回の総選挙における,同期の受理人員三八,八九四人に比較すると,四,三四八人増となっている。この罪種別の内訳をみると,買収(供応,利害誘導,言論買収その他の買収を含む)が三九,〇九八人(約九〇%),次に文書違反(新聞紙,雑誌の頒布,掲示違反を含む)が一,六四七人(約四%),戸別訪問が一,四三六人(約三%)となっている。これをみてもわかるように,受理人員の違反態様のうち,買収がその大半を占めているのが,最近の各種選挙における選挙犯罪の,ほぼ固定化した現象といえる。これを前回の衆議院議III選挙の同期と比較してみると,I-60表のとおりであって,買収は前回が三四,七〇一人に比し四,三九七人増加していることがわかる。これによってみると,受理人員の増加は,主として買収事犯の増加に起因するものと認められるのである。

I-60表 衆議院議員総選挙の違反と罪種別人員と率(昭和35,38年)

 なお,右の文書違反のうち一八四人は,衆議院議員の総選挙に関する臨時特例法第六条違反,すなわち公営掲示場以外の場所における選挙運動用ポスターの掲示にかかる違反である。今回の総選挙は,右の法条とともに,特例法が,その第三条において連呼行為を大幅に緩和したことにともなって,いわば「見る選挙」より「聞く選挙」へと,かなりの変ぼうを示したのであるが,その結果の犯罪はともかくとして,特例法違反の事件は,右のように比較的少数にとどまった。
 次に,受理人員の資格別の内訳をみると,最も多いものが選挙人の一二,九六七人(約七二%),次に一般選挙運動者の四,八五四人(約二七%),公務員の一一八人等となっている。ところで,今回の総選挙の違反の最も大きな特色としては,後援会,会社,労働組合等の組織を利用した買収,供応,戸別訪問,文書違反等の事犯が多発したことであって,今後の選挙犯罪の動向を知ることができると思われる。保守,革新のいずれを問わず,日ごろから,その選挙母体ないし支援団体の組織の強化につとめ,いざ選挙となると,右の組織を利用して選挙運動にはいるのが,最近の選挙の実態であって,このこと自体は,とくに総選挙の政党化の傾向と関連して,うなずけるのであるが,ややもすれば組織を利用して,違法行為にでる事実が認められることは注意を要する。
 最後に,今回の総選挙において,最も世人のひんしゅくを買ったことは,「選挙屋」と自称する一派の者を含むほうまつ候補多数が出現したことであった。これらのほうまつ候補の大半は,立候補届出をしただけで,その後,立会演説会等にも参加せず,選挙運動らしい運動を何一つしない状況であった。しかも,右の選挙屋一派と認められる者においては,いわゆる通称(背番号的な数字を利用した名前を用いている)による立候補届を出している。もともと,立候補届出は戸籍上の氏名によるべきものであるが,通称が世上一般に広く使用されており,かつ,通称によらないと著しく不利益である場合にかぎって,通称による立候補届出が,従来許されてきたのである。しかしながら,この一派は,これを不当に利用して右の挙に出たものと認められ,このような,ほうまつ候補の規制措置については,法の改正をも含めて早急に,その対策を検討することが必要であると思われる。なお,今回のこれらのほうまつ候補の大半に対しては,無資格選挙運動,虚偽事項の公表罪等により捜査,処理が行なわれたのである。