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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第三章/一/3 

3 暴力犯罪対策としての刑事立法

 戦後における暴力犯罪の取締りに関する主要な立法としては,次の四つのものがあげられる。
 その第一は,昭和二二年一一月一五日施行の「刑法の一部を改正する法律」である。この法律は,新憲法の施行に伴って,その精神にそって,刑法に必要最小限度の改正を加えたものであるが,同法によって,暴行罪および脅迫罪の法定刑が若干引き上げられ,さらに,従来親告罪であった暴行罪が非親告罪とされた。暴力否定の思想を,刑法の規定の上に打ち出した点において,重要な意義があるものといえよう。
 次は,昭和三三年五月ないし七月施行の「刑法の一部を改正する法律」,「刑事訴訟法の一部を改正する法律」および「証人等の被害についての給付に関する法律」である。これよりさき昭和三一年春頃から,暴力団やぐれん隊等による暴力の跳りようが目だってきたため,言論機関その他社会の各方面から,これに対する取締りの強化と取締法規の整備が要望されていたが,昭和三二年六月別府市内において,暴力団相互間の大規模な抗争事犯が発生するに至り,この種事犯の取締りに関する法制上の不備が痛感され,これに対する措置として,右の三つの法律が制定されたものである。この一連のいわゆる暴力取締り立法の眼目は,まず暴力犯罪の被害者,目撃者などの立場にある証人,参考人をして,安んじて被害事実の申告,あるいは目撃状況の証言等をなさしめるため,その保護を全うしようとすることと,暴力団等が抗争または攻撃の準備をして,社会不安をかもすような事態に対処して,適切な取締りをなしうる道を開くという点にあった。すなわち,前者の目的のために,刑法において証人威迫罪を新設し,輪かん的形態による強かん等を非親告罪化し,刑事訴訟法において,いわゆるお礼参りを保釈取消の事由とするとともに,そのおそれのある場合を権利保釈の除外事由とし,証人尋問の際,証人が被告人の面前では圧迫を受け十分な供述をすることができないと認められる場合には,被告人を退廷させることができることとし,さらに「証人等の被害についての給付に関する法律」の制定によって,証人等が生命身体に害を加えられたときは,国が療養その他の給付を行なうこととした。また後者の目的のために,刑法において凶器準備集合および同結集罪を新設したのである。
 次は,昭和三三年四月一日施行の銃砲刀剣類等所持取締法の制定である。同法は,昭和二一年六月施行の銃砲等所持禁止令,昭和二五年一一月施行の銃砲刀剣類等所持取締令のあとをうけ,銃砲刀剣類等の所持に関する危害予防上必要な規制を定めたものであり,凶器を使用する暴力犯罪の取締り上,重要な意義を有するものである。
 最後は,地方自治体におけるいわゆる迷惑防止条例の制定である。この種の条例は,昭和三七年一一月東京都において制定施行されたのをはじめとして,本稿執筆当時の昭和三九年二月一日現在,全国二四の都道府県において施行されているが,主として街頭におけるいわゆる小暴力の排除をねらいとしているものである。
 さらに,法務省は最近における暴力犯罪,とくに暴力組織構成員による暴力犯罪の実情にかんがみ,これに対する立法措置として,「暴力行為等処罰に関する法律等の一部を改正する法律案」を立案し,これを政府から第四六国会に提出した。この改正案は,一般に所持を禁止されている銃砲または刀剣類を使用する傷害事犯と常習的暴力行為が,暴力組織構成員などによって犯されることの多い点を考慮し,このような方法によって傷害罪を犯した者および常習として傷害罪を犯した者に対する刑を,一般の傷害罪の法定刑より引上げ,一年以上一〇年以下の懲役とすることなどをその内容とするものである。(同法案は右国会で成立し,昭和三九年法律第一一四号をもって公布された) 
 以上述べたところにより,戦後における暴力犯罪の取締りに関する立法の推移を概観したが,暴力犯罪対策は右のような刑事立法のみによって,その効果をあげうるものではなく,より広い観点に立った総合的な対策が必要であることは,あらためて申すまでもないところである。政府は昭和三六年二月二一日暴力犯罪防止対策要綱を閣議決定した。同要綱は,暴力犯罪取締り体制の確立,検察機能の充実,裁判の迅速化および量刑の適正化に資するための方策を講ずること,再犯を防止するための保護,矯正施策の徹底をはかることのほか,犯罪を誘発する不良有害環境の改善措置および遵法教育の徹底をはかること,ならびに暴力排除の国民運動の展開等をとりあげている。この要綱に掲げる諸施策によって,暴力犯罪の根絶ないしは抑圧が期待されるところであるが,これらの施策が真に効果をあげるためには,暴力追放に対する国民全体の自覚と協力が必要であることをも忘れてはならないのである。