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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第三章/一/1 

第三章 暴力犯罪および暴力に関連する特殊犯罪

一 序説

1 暴力犯罪の意義

 一般に暴力犯罪という言葉がよく使われているが,具体的にどのような犯罪を暴力犯罪として一括すべきかについては,定説がない。
 そもそも暴力とは,「広辞苑」によれば,「乱暴な力,ちからずく,腕力」を意味するものとされているが,一般的には,その力は必ずしも直接的,身体的なものにかぎらず,間接的,言論的ないし精神的なものを含むと考えられているであろう。そこでまず,暴力犯罪とは,「暴行または脅迫を主な犯行手段とする犯罪」であるという定義が生まれてくる。しかし,かりに暴力犯罪をこのように定義してみても,この定義が定義として十分なものかどうかは,さらに検討の余地のあるところである。
 警察庁の犯罪統計書においては,「粗暴犯」として,暴行,傷害,脅迫,恐かつなどの犯罪をとりあげて,殺人,強かん,放火および強盗などの凶悪犯や,詐欺,横領,偽造罪などの知能犯ならびにとばく,わいせつなどの風俗犯と区別しているが,このいわゆる「粗暴犯」のみを暴力犯罪だとするには異論があろうし,また刑法犯のみならず特別法犯の中にも暴力犯罪とみられるものがあるであろう。従来の犯罪白書においては,刑法犯を分けて,財産犯罪,暴力犯罪,性犯罪,過失犯罪,その他の刑法犯の五種類に区分して犯罪の傾向を検討した例もあるが,そこで暴力犯罪としてとりあげた罪種についても,全然異論がないわけではない。犯罪現象は,きわめて複雑多様な原因,動機,手段,方法によって,これまた複雑多様な被害結果を招来するものであるから,罪名のみによって暴力犯罪の範囲を定めることは困難であるともいえよう。
 右のように,いかなる犯罪を暴力犯罪というかについては種々の問題があるが,この犯罪白書においては,各種の既存統計の罪名区分をも考慮に入れた上で,一応I-23表に掲げる罪種を暴力犯罪としてとりあげてみることとした。もちろんこの中には,通常,生命犯と呼ばれる殺人や,また財産犯の中にとりあげられるべき強盗,強盗致死傷も含まれ.さらには,一般に性犯罪といわれる強かん,強制わいせつなども含まれているのであって,すべてが同質のものとみることはできない。そこで,一応これらすべてを暴力犯罪としてとりあげ,必要に応じて,これをさらに細分して,生命犯的なもの,財産犯的なもの,性犯罪的なもの,およびこれら三者に属しない粗暴犯的なものの四者に分かち,それぞれの傾向をみることとしたのである。

I-23表 刑法犯中の暴力犯罪

 なお,このように一応暴力犯罪としてとりあげるものの範囲を定めたのであるが,各種の統計資料を用いて,実証的な検討をするためには,統計に伴う制約がある。すなわち各種の既存統計の集計方法が一様でないため,一部の罪名が欠けていたり,また一つの罪名に包含される内容が必ずしも一致していないからである。さらにまた,統計を用いる場面によっては,右のような全罪種をとりあげることを必要としない場合もあるであろう。したがって,この犯罪白書で暴力犯罪としてとりあげるのは,一応右のような罪種な原則とするが,場合によってその必要性に応じ,また統計の制約上,その範囲が多少増減することをあらかじめ了承願わなければならない。
 以上は刑法犯についてであるが,そのほか特別法犯のうちにも,暴力犯罪というべきものがいろいろある。この犯罪白書では,前記の刑法犯の各罪種のほかに,特別法犯のうち「決闘罪ニ関スル件」,「暴力行為等処罰ニ関スル法律」,「銃砲刀剣類等所持取締法」の三つの法律違反を暴力犯罪としてとりあげ,暴力組織と結びつきやすい麻薬取締法違反などの麻薬犯罪と売春防止法違反その他の風俗犯罪を,暴力に関連する特殊犯罪としてとりあげることとした。