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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第3章/第3節/1 

1 過剰収容対策

(1) 施設増設による収容能力の増強

 現在,我が国の行刑施設は,6万人を超える受刑者を抱え,収容率(既決)が100%を超える状況が常態化するなど,ここ30年ないし40年の中で最も厳しい過剰収容状態に置かれている。過剰収容は,[1]受刑者の居住環境,[2]行刑施設の管理運営,[3]適切な矯正処遇の実施の3点で看過し難い支障を生じさせており,いずれの観点からも過剰収容の解消が求められている。現在,二段ベッドの設置,教室その他の施設の居房への模様替えなどの措置も講ぜられているが,これらは,あくまでも定員を超える受刑者を収容するための応急的なものという性格が強く,今後は,新施設の建設,舎房の増改築などによって,収容能力を大幅に増強することが必要である。
 法務省では,平成13年度予算(当初及び補正)により約4,000人分,14年度予算(当初及び補正)により約3,700人分,15年度予算(当初及び補正)により約4,100人分,また,16年度予算(当初)により約1,500人分の収容能力を拡充する予算措置を講じており,16年度末には,既決と未決を併せた収容定員が約7万8,000人となる予定である。さらに,PFI手法を活用して新刑務所(社会復帰促進センター)を整備する準備を進めているところである。しかし,今後も収容すべき人員が増加する可能性があり,収容能力を更に増強する努力を続ける必要があろう。なお,PFIによる新設刑務所については後述する。

(2) 人的体制の整備・充実

 被収容者が全体として増加していることに加え,処遇上様々な課題を伴う受刑者が増えていることから,近年,行刑施設職員の業務負担は一段と重いものとなっている。これは,単に職員の執務環境の悪化を意味するだけでなく,これにより,受刑者に対する処遇の効果的な実施に当たって支障を来たすことが懸念される。
 すなわち,我が国では,欧米諸国のように保安業務専従職員と処遇業務専従職員が別々に配置されているのではなく,各刑務官が保安業務も処遇業務も受け持つことが一つの特色となっている。各工場や舎房ごとに配置された担当職員が,受持ちの受刑者について,悩みごとや心配ごとの相談を受けて助言し,あるいは生活指導その他改善更生・社会復帰に向けた種々の働き掛けを行うとともに,個々の受刑者の性格等を念頭に置きながら反則行為や事故の発生防止のための業務を行っているのである。このように,1人の刑務官が,処遇機能と保安機能の双方を担っている体制の下では,過剰収容に伴う過大な負担によって職員が余裕を失えば,受刑者に対する処遇水準の低下につながるおそれがある。
 5-3-3-1表は,日本,フランス,ドイツ,英国(イングランド及びウェールズに限る。)及び米国の5か国について,行刑施設職員1人当たりの被収容者負担率を見たものである。「被収容者負担率」とは,既決・未決を併せた被収容者数を,職員数(保安業務,処遇業務,医療業務等に従事する者すべて含む。)で割ったものをいう。行刑施設に関する制度は,各国ごとに異なり,被収容者負担率を単純に比較することは必ずしも適当ではないが,参考になる部分もあると思われるので,紹介する。

5-3-3-1表 5か国における被収容者負担率

 また,5-3-3-2表は,医療刑務所と拘置所を除く63の行刑施設(刑務所及び少年刑務所)における工場担当職員について,1人当たりの最大受持ち受刑者数を見たものである。平成16年5月末日現在,担当職員1人の最大受持ち受刑者数が80人以上となっている施設が13か所あり,さらに,90人以上の施設も5か所あった。また,最も多い受持ち受刑者数は123人であった(法務省矯正局の資料による。)。

5-3-3-2表 工場担当職員の最大受持ち受刑者数

 このような状況に照らすと,過剰収容状態を改善するに当たっては,収容能力を増強するために施設整備を進めるだけでなく,人的体制についても充実させる必要があろう。そのための方法としては,刑務官の人員の確保,民間活力の導入(総務系業務の民間委託,PFI方式,非常勤職員等),業務の合理化・省力化などが考えられるが,法務省においては,職務の専門性・継続性,経済情勢,社会情勢等を踏まえ,これらを適切に組み合わせることによって,行刑施設の人的体制の整備及び充実化を進めていくこととしている。
担当制ってどういうもの?
 我が国の行刑について語るときに欠かすことができないのが「担当制」です。我が国の刑務所では,欧米諸国の刑務所と異なり,制服職員である刑務官が受刑者の処遇と保安の双方の業務を受け持っています。もちろん我が国でも,社会学,心理学,教育学などを学んだスタッフが,専門的知識を生かして受刑者に対する指導等を行っていますが,受刑者の日々の生活に直接かかわり,日常的な指導をするのは刑務官であるというところに特徴があります。具体的には,各工場や舎房などを一つの単位として,そこに固定的に配置された専従の職員(この人が「担当さん」と呼ばれる職員です。)が,自分の受持ちの受刑者について,悩みごとや心配ごとの相談を受け,助言したり,あるいは改善更生・社会復帰のための種々の働き掛けを行うと同時に,個々の受刑者の性格等を念頭に置きながら反則行為や事故の発生防止のための業務を行っています。
 このように担当職員が受刑者の処遇全般に関与する結果,多くの場合,担当職員と受刑者との間に信頼関係が築かれ,受刑者も担当職員の業務に協力しようとすることなどもあり,担当職員のもう一つの任務である保安業務を実施するに当たり,銃器等の武器を用いるなどの威嚇によって規律を維持する必要が生じていないのが現状です。我が国の刑務所では,刑務官が一切武器を持たずに丸腰で勤務しているにもかかわらず,昭和44年以降,暴動・騒じょうは一度も発生していませんし,逃走その他の事故も,諸外国と比べて極めて少なくなっていますが,その理由の一つが担当制だと言われています。
他方で,担当制については,担当職員の裁量が非常に大きくなっているという批判があり,また,過剰収容の下,本文で述べたように,1人の職員が80人や90人もの受刑者を担当しなければならないということになると,職員の負担という点から見ても無理があると言われています。このようなことから,行刑改革会議提言では,「担当制の基本的な形は維持し,その利点は生かしつつも,権限と責任が担当職員個人に過度に集中しないよう」にすべきであり,特に処遇困難者(集団処遇になじまず,周囲とのトラブルを起こしやすい傾向の顕著な受刑者)を多く受け持つ担当職員に対しては,心理技官等によるサポート体制を手厚くすることが必要であると指摘されています。法務省矯正局では,このような指摘を踏まえ,府中刑務所において,心理技官による工場・舎房担当職員のサポート等の試行を実施しているところです。