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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第7章/第5節/2 

2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策

 (1)被害者の権利
 被害者の権利に関して,憲法上,特段の規定はないが,刑事訴訟法上,被害者は,私訴原告人となった場合には,損害賠償を求めることができるだけでなく,訴訟の当事者として刑事手続に関与し,[1]訴訟当事者として裁判に出席すること,[2]弁護士の補佐を受けること,[3]一定の処分について通知を受けること,[4]一定の決定に対する不服申立てができること,[5]私訴を裏付けるため証拠を提出できること等が規定されている。
 (2)刑事司法への関与
 フランスでは,犯罪は,重罪(無期の懲役又は禁錮,30年以下ないし10年以上の懲役又は禁錮等が科される罪で,故殺や強姦等がこれに当たり,予審は必要的とされる。),軽罪(10年以下の拘禁刑,罰金等が科される罪で,単純な窃盗や麻薬の違法所持等がこれに当たる。),違警罪(第1級から第5級まであり,拘禁刑はなく罰金が科される罪で,駐車違反等の交通事犯や軽微な暴行等がこれに当たる。)に区分されている。いずれの罪についても,被害者は,刑事裁判所で私訴権を行使することができ,公訴が検察官により既に始められていれば,これに参加し,まだ公訴が始められていなければ,予審判事に私訴原告人となることの申立てを伴う告訴等の方式による訴えの方法によって,私訴権を行使する。私訴原告人は,訴訟当事者として,裁判所に出頭し,又は弁護士を代理として出頭させ,裁判長を介して,被告人や証人等に質問をすることができる。裁判所は,公判廷における審理が終結したときは,私訴原告人又はその弁護人の陳述を聞くこととなっている。なお,違警罪については簡略手続(略式命令)に付することかできるが,被害者は自己の利益の保護を求めて違警罪裁判所に対審での審理を求めることができる。
 (3)刑事司法における被害救済・被害回復
 ア 裁判所における手続
 犯罪被害者は,私訴権を行使して損害賠償を求めることができ,重罪法院(cour dassises),軽罪裁判所(tribunalcorrectionnel)及び違警罪裁判所(tribunal depolice)は,これについて裁判をし,被告人に対して損害賠償の支払を命じることができるが,重罪法院においては,無罪又は刑の免除の言渡しがあったときにおいても,私訴原告人に対する損害賠償の支払を被告人に命じることができる。
 さらに,裁判所は,私訴と平行して職権又は申立てにより,差し押さえられた物の所有者への還付を審理中に命じることができる。また,予審被告人が保証金(cautionnement)を支払う場合,予審判事は,被害者の請求に基づき,その一部を,犯罪によって生じた損害の賠償及び原状回復のために,仮に支払うよう命じることができる。
 なお,重罪法院又は軽罪裁判所において,保護観察付き執行猶予(sursi5 avec mise aiepreuve)及び公益奉仕労働付き執行猶予(sursis assortidide1ob11gation daccompli run travail dinteret general)の判決を言い渡す場合には,遵守すべき特別義務として,犯罪によって生じた損害の全部又は一部の賠償を課することができ,特別義務に従わない場合には執行猶予を取り消すことができる。また,軽罪裁判所又は違警罪裁判所は,軽罪及び違警罪について,裁判所が被告人の有罪を宣告した後において,[1]同人の社会復帰が得られ,[2]生じた損害が補てんされ,かつ[3]犯罪から生じた混乱が止んだと思料されるときは,刑の免除(dispense de peine)を,また,[1]から[3]の過上にあると思料されるときは,宣告猶予(ajournement du prononce de la peine)をすることができる。宣告猶予には保護観察を付することかでき,保護観察付き執行猶予と同様に,遵守すべき特別義務を課することができる。
 イ 調停等に関する制度
 刑事司法関係機関が加害者・被害者の間の調停等に関与する制度として,刑事仲裁,少年に対する賠償の措置の提案等がある。
 (ア) 刑事仲裁(mediation penale)
 検事正は,軽罪又は違警罪につき,被害者に生じた損害の回復,犯罪に起因する紛争の解決及び犯人の復職に寄与すると思料するときは,公訴の決定に先立ち,当事者の同意を得て刑事仲裁手続に訴えることを決定することができる。この手続は,検事正が,中立の立場の刑事仲裁機関又は仲裁者(modiateur)に付託して実施される。仲裁者となることができるのは,裁判所によって資格を付与され,刑事仲裁機関又は検事局により指名された者であり,専門的な教育訓練を必要とする。行刑機関及びその職員は仲裁を担当することができるが,保護観察官は仲裁を担当することができないとされている。
 なお,このほか,賠償等を目的として,条件を付して不起訴処分(class-ment sans suite)を行う(classement sous condition)という運用もなされている。
 (イ) 少年に対する賠償の措置の提案等(mediation-reparation mineurs)
 フランスでは,18歳未満の少年事件においては,予審請求以前の段階では検察官が,予審や裁判段階では少年係判事が,被害者の同意を得て,被害者又は被害団体の利益のための援助又は賠償の措置若しくは活動の提案をすることができる。
 V-48図は,刑事仲裁等の件数の推移を見たものである。刑事仲裁の件数は5年間で2.2倍,少年に対する賠償の措置等の提案の件数は4年間で2.9倍になっており,これらの措置が積極的に行われるようになってきていることを示している。

V-48図 刑事仲裁等の件数の推移

 (4)証人・被害者保護のための措置
 証人又は被害者保護に関する刑事訴訟法の規定としては,以下のようなものがある。
 [1] 予審判事は,証拠隠滅の防止等のほかに,証人又は被害者に対する圧力を避けるためにも未決勾留を命じることができる。また,予審対象者に対する司法上の監督(contro1e judiciaire)を命じる際に,被害者等と接触しない義務等を課することができ,義務違反の場合には予審対象者を収監することができる。
 [2] 一方,捜査に関係する証拠を提供することができる者のうち被疑者以外の者については,検事正の許可を得て,警察署等の住所を自己の住所として申告することができる。
 [3] また,重罪法院においては,公開することが公の秩序又は善良の風俗にとって危険である場合は,審理(判決言渡しを除く。)を非公開とすることができるほか,強姦又は性的攻撃を伴う拷問及び野蛮行為について公訴が提起され,被害者たる私訴原告人の少なくとも一人から請求があるときは,審理については当然に非公開とされ,その他の場合には,被害者たる私訴原告人が反対しないときに限り,非公開を命じることができる。他方,軽罪裁判所においては,公開することが公の秩序又は善良の風俗にとって危険であるときは,審理を非公開とすることができるとされており,証人の保護のためにも援用される。
 [4] 重罪法院又は軽罪裁判所においては,保護観察付き執行猶予の言渡しに当たり,一定の場所への立入りの禁止及び被害者等一定の者との接触の禁止を,遵守すべき特別義務として課することができる。
 さらに,性犯罪による未成年被害者の保護に関しては,「性犯罪の予防及び抑圧並びに未成年者の保護に関する1998年6月17日法」(Loi du17 juin1998 relativea la prevention aeta1a repression des infractions sexue11es ainsi qu’hla protection des mineurs)により,刑事訴訟法が改正され,性犯罪の被害者である18歳未満の少年が捜査機関又は予審判事の前で行った供述を録音・録画することができ,その複製は公判記録に含まれる旨の規定が設けられた。
 また,刑法においては,証人の保護を図る観点から,証人に対する加害行為の処罰が強化され,証人等買収罪,犯罪被害者脅迫等の罪,加重故殺罪,加重拷問・野蛮行為罪,加重暴行罪,加重傷害罪等の規定が設けられており,虚偽の証言等をさせ,又は証言をさせない目的で,約束,贈与,威迫,脅迫,暴行等をする行為を独立の罪として規定したり,証人・被害者等に対する故殺等の一定の行為に対する刑を加重している。
 (5)情報提供
 被害者に対する情報提供に関しては,検事正は,被害者が判明している場合には,不起訴処分について被害者に知らせなければならないとされている。
 一方,私訴原告人は,重罪法院においては,犯罪事実を確認した調書,証人の供述書及び鑑定報告書の写しが無料で交付され,また一件記録の写しは有料で交付される。