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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第一章/二/3 

3 密売組織の実態と傾向

 麻薬の密売段階が,現在では暴力団の組織によって支配されるにいたっていることは,さきに述べたとおりであるが,密売の組織は,秘密がきびしく保たれており,その正確な実態は容易には握することができない。
 しかしながら,従来検挙された事犯を検討し,または取締関係者などからの情報を総合して考察すると,一般的に次のような実態であると考えられる。
 まず,その組織には,麻薬密売総責任者,仕入れ係,小分け係,保管係,運搬係,密売現場責任者,売り子,見張り係,会計係などの地位があり,それぞれの役割を分担している。これらのうち,総責任者は暴力団の親分格,仕入れ,小分けなどは幹部格の者が分担しており,保管,運搬または現場責任者などは暴力団員または信用のおける関係者などに行なわせているのが普通であり,最も検挙される危険率の高い売り子,見張りなどの末端業務は,主として中毒者,刑余者,無職者などをもって充てている。これらの分担は,縦のつながりはあるが,横のつながりはなく,また,それぞれの分担者は自己の直接上の地位の者しか知らされておらず,極端な場合は,それも単に顔だけ知っていて名まえは知らないという場合も多く,したがって,末端を検挙しても,組織の上層は探知することが著しく困難であり,かれらはまた別の売り子,見張りなどを狩り集めて密売を続行しているのである。
 たまたま,上層に検挙が及んだとしても,上層者は直接麻薬を取り扱わないため,証拠の収集が容易でないうえに,上層者ほど反社会的集団への帰属意識が強く,より上級の幹部に累を及ぼさないように罪を背負う傾向もあるため,組織の抜本的な取締りは著しく困難である。
 次に麻薬の不正取引価格は,海外仕出し地では一グラム五〇〇-七〇〇円であるものが,陸揚地では二,〇〇〇円となり,元卸,ブローカー等を通じて,暴力組織が仕入れる場合は四,〇〇〇円前後となり,さらに中毒者に対する小売価格は二〇,〇〇〇円前後であるといわれている。もちろん,この価格は麻薬の品質,純粋度,入手に伴う危険な度合,地域などによってもかなりの差がみられ,昭和三七年秋ごろの情報によれば,神戸では一包(〇・〇三-〇・〇五グラム)最低二〇〇円-三〇〇円,大阪五〇〇円-六〇〇円,横浜六〇〇円,東京,静岡,福岡一,〇〇〇円見当となっている。しかしその後,取締りの強化に伴って品薄となり,価格も高騰し,東京では一包二,〇〇〇円という例もみられ,また一包中の麻薬の含有量も少なくなってきている。
 このような価格の取引によって,暴力団がどのくらいの資金を得ているかということは,早急に結論を下すことはできないが,たとえば,昭和三六年に検挙された横浜の某麻薬暴力組織の場合,一か月平均約三〇〇万円を下らない純益をあげていたと推計される。この純益の多寡は,密売組織の規模の大小によっても幅があることはもちろんであるが,このような不当な利益がさまざまな形で,暴力団の資金源となっていることは,さきにも指摘したように,麻薬犯罪の問題点の一つであることは疑いない。
 ことに,最近の密売組織は取締りの強化に応じて,さまざまな対抗手段を講じており,警察当局の指摘によれば,次のような傾向がみられるとされている。
(1) 密売手段の悪質,巧妙化 従来の悪質巧妙さに比し,一段とその程度が高まり,組織は複雑化し,密売系統を分立させる一方,運搬人の段階を増加し,また中毒者の代表者に一括して麻薬を交付する方法を採用するなどの傾向がみられる。
 また,密売方法も,従来の密売所方式は影をひそめ,現金受領と麻薬交付の場所を,そのつど指示する移動密売方式,指定場所に現金を置かせ,これと引きかえに麻薬を置く間接密売方式,中毒者の注文をとって直接または,郵便を利用して間接に配達する方式などに漸次移行してきている。
(2) 密売の広域化 中毒者の地方への分散,密売組織の販路拡張工作,地方暴力団の介入などによって,密売は,従来の大都市集中から周辺都市への分散広域化してきており,昭和三七年には,岡山,山形などの密売事犯の検挙をみている。
(3) 暴力団介入状況の変化 従来の麻薬暴力団の中には,麻薬に以後絶対関係しない旨の回状を発表したり,麻薬事犯被検挙者を破門するなどの傾向もみえているが,現実には,弱小暴力団に密売を行なわせて,その利益をすい上げ,または破門者に後顧の憂いのないように援助の手を打つなどのことが行なわれているとみられる。
 いずれにせよ,麻薬密売組織の反社会的な潜在力の根強さは想像以上のものがあり,その徹底的な絶滅対策が,より強力に推進されなければならない。