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 昭和38年版 犯罪白書 第三編/第二章/二/2 

2 鑑別状況

 少年鑑別所で行なう鑑別は,その本来の目的である家庭裁判所の請求に基づいて実施する鑑別のほか,検察庁,保護観察所,少年院などの依頼による法務省関係の鑑別と,学校その他の団体や,一般の家庭や職場などからの依頼による一般鑑別の三種がある。家庭裁判所関係の鑑別には,少年の身柄を収容して行なう収容鑑別と,身柄は在宅のままで,家庭裁判所または少年鑑別所に出頭させて実施する在宅鑑別との二種があるが,大多数は収容鑑別で,在宅鑑別は全体の三%強にすぎない。
 鑑別受付人員の昭和三一年以降の推移をみると,III-23表のとおり,各種鑑別とも,年々上昇傾向をたどっていたのであるが,家庭裁判所関係の鑑別人員は,昭和三六年では若干前年より減少を示している。これは入所人員が減少し,在宅鑑別の人員が前年とほとんど変化がないことの結果である。また法務省関係からの依頼鑑別は,昭和三五年に一躍二倍近く増加したのであるが,昭和三六年ではほぼ横ばいの状況を示している。この種の鑑別は検察庁からの依頼のものが,その大部分を占め,家庭裁判所から検察官に送致された少年がその対象であるが,昭和三六年に検察官送致となった少年は,総数で二,五〇七名であるので,法務省関係の鑑別人員は,さらに増加してもいいのではないかと考えられる。

III-23表 鑑別受付人員(昭和31〜36年)

 これに対して,一般からの依頼鑑別は年々大幅の上昇を示し,昭和三六年は昭和三一年の約一〇倍の数に達している。この種の依頼鑑別は主として学校,会社工場等における,少年の集団心理テストの実施と,非行予防,教育,進学,職業等の相談に関するものであるが,このように,年々その受付人員が増大しつつあることは,社会一般が,この種の問題に深い関心を示しはじめたことと,地域の鑑別センターとしての少年鑑別所に対する認識が深まった結果とみることができよう。
 このように鑑別に対する一般の関心が高まってきているのに対し,家庭裁判所関係の鑑別人員,なかでも在宅鑑別の人員があまり増加していないことは,一見奇異な感じを受ける。道交違反事件を除いた,一般少年保護事件の家庭裁判所での処理人員と,鑑別受付人員との比率は毎年ほどんど変わらず,一八%から二〇%程度にすぎず,残りの八〇%の少年は鑑別を受けていない。もちろん,これには鑑別技官の不足その他種々の理由が考えられるが,少年保護の適正を期するため,審判前の資質鑑別を重視する少年法のたてまえから見て,現状に満足していることが,はたして許されるかどうかは,なお検討を要することと思われる。この意味からも施設の拡充とともに,鑑別技官のいっそうの増強が必要であるといえよう。
 家庭裁判所関係の鑑別結果から,保護少年の知能指数段階別と精神状況別の分布を,昭和三六年と昭和三五年およびその前五年間の平均と対照してみると,III-24表III-25表のとおりである。まず,知能指数の段階では,IQ九〇-一〇九(普通知能)と一一〇以上の者がしだいに減少しているのに対して,IQ七〇-八九の準普通もしくは限界級のものが昭和三四年前五年間の平均と,昭和三五年,および昭和三六年では,それぞれ約五%の差で増加している。一方IQ六九以下のいわゆる精神薄弱の領域では,あまり顕著な増減はみられないが,ただIQ四九以下の痴愚級の者が,若干減少傾向を示している。

III-24表 知能指数段階別人員(昭和30〜36年)

III-25表 精神状況別人員(昭和30〜36年)

 次に精神状況別の分布を見ると,この場合も,正常者が昭和三〇-三四年の五年間の平均で一〇・四%であったものが,昭和三五年には五・七%,昭和三六年には四・三%と,二分の一以下に減少している。これに対して,準正常では,逆にしだいに上昇して,昭和三六年と五年間の平均との間には,約九%の開きがみられる。そのほかの欄ではあまり大きな動きは見られないが,精神薄弱と神経症とがわずかに減少を示している。
 このように正常者が減少して,準正常者が増加する現象は,すでに二,三年前から注目されていたのであるが,その原因についてはまだ必ずしも明らかではない。一つには知能指数段階からみても,準普通および限界級のものが増加しているためと言えないこともないが,精神状況でいう準正常は,単に知能程度だけで判定するわけではなく,性格のかたよりの度合や,人格形成の成熟度によっても診断されるので,一説には,鑑別技術が向上して診断が精密化した結果だという見方もなされている。いずれにしても,全体の八〇%を占める準正常の診断を,さらに細分して表示することが要望され,目下その具体案が検討されている。
 III-26表は昭和三六年の鑑別判定別人員(1)と,審判決定別人員(2)とを,それぞれ前年度と対照したものであるが,いずれも少年院送致の比率が減少して,在宅保護あるいは保護観察と教護院・養護施設送致の比率がふえている。これは一四才以下の少年の増加が影響しているのではないかと考えられる。

III-26表

 鑑別判定と審判決定との間の数字的な開きがかなり大きく,しかもその両者の比率が毎年ほぼ同程度であることは,きわめて興味深い事実である。審判で少年院送致と決定される少年は,鑑別判定によるそれの約二分の一であり,また保護観察処分と在宅保護,ならびに教護院・養護施設送致では,いずれもおおよそ三対二の割合を示している。また不開始・不処分決定は,鑑別判定の保護不要の約一〇倍である。このような食違いは,鑑別判定が主として少年の心身の状況に,その重点を置いているのに対して,審判決定は少年の社会的背景や,保護者の希望等が考慮に入れられる結果であると考えられ,いずれを是,いずれを否とすることもできないが,試験観察の予後を追求する等,なんらかの方法で,両者の数字をいま少し歩み寄らせる必要があるのではないかと考えられる。
 道交違反少年は,少年鑑別所に身柄を収容されることはほとんどなく,また在宅鑑別も受けないまま処理されている実情であるが,最近ますますその数が激増し,また悪質化しつつあるため,これら違反少年に対する鑑別の要望が高まりつつある。こうした要望に答えるため,すでに多くの少年鑑別所では検察庁や家庭裁判所あるいは地区の警察等と協力して,これら違反少年の出張鑑別を実施しているが,とくに違反常習者や問題のある少年に対しては,このような出張鑑別では,精密な鑑別を行なうことが困難なため,一般非行少年とは完全に分隔した場所に短期間居住させて,精密鑑別を実施することも目下検討されている。
 なお,道交違反少年の調査研究を,昭和三二犯以来継続している静岡少年鑑別所では,最近までの研究結果から得た所見を次のように報告している(昭和三七年日本心理学会大会)。
 一般に,交通違反および交通事故者には(1)いわゆるおっちょこちょい型で,情緒不安定の者が多い。(2)社会適応は概して良くない(自己中心的,非協調的,攻撃的)者が多い。(3)知能低格者は無免許に多く,有資格者にも一部認められる。(4)性格異常者および知能低格者の予後は概して不良である。(5)正常者と判定される者は,違反事故を犯しても予後は概して良好である。(6)違反者と事故者とはテスト結果では,近似した結果を示し,同一傾向をもつもので,異種グループでなく,互いに移行する傾向をもつものと考えられる。