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 昭和38年版 犯罪白書 第一編/第二章/四/2 

2 女子犯罪の特色

 女子の犯罪が,はたして統計で示されるように,実際にも少ないのであろうか。実際にも女子の犯罪が少ないとして,その原因がどこにあるかについては,いろいろの説がなされているが,その中には,実証性に乏しい憶測が少なくないようである。それはそれとして,女性犯罪の特微は,量的な差よりも,むしろ質的な差にあるもののようである。従来,諸外国では放火,失火,遺棄,堕胎,えい児殺,売春などが女性的な犯罪とみられ,強盗,強かん,恐かつ,とく職などは非女性的犯罪と目されてきたが,わが国でもだいたい似たような傾向がみられている。
 I-26表は,第一審有罪者について,主要罪名別に総数,女子の人数,総数に対する女子の百分率を示したもので,女子の割合の最も低かった昭和三三年と,やや上昇を示している昭和三五年とを対比した。

I-26表 刑法犯主要罪名別女子の一審有罪人員と百分率(昭和33,35年)

 これをみると,強盗,暴行,傷害,脅迫,恐かつなどの暴力を使行する犯罪において,女子の少ないことがまず目につく。つぎに,えい児殺や堕胎などが実数の上では少ないが女子に比較的に多いのも,暴力的犯罪が少ないことと同様に,女子の身体的,生理的特性にもとづくものである。
 放火が女子に多いことは,その心理的特性によってよく理解される。男子の放火には保険詐欺などの利欲によるものが多いが,女子ではえん恨,しっとなどの激情によって,ほとんど原始反応的な形で遂行されることが多い。そのほか,色情的な動機でなされる場合も少なくないことなどから,放火は女子特有の犯罪とみられている。
 放火についで,目につくのは殺人である。殺人は,毒物などの使用によって非暴力的になされるか,睡眠中または泥酔中を利用することもできるので,女子にとってけっして困難な犯罪ではない。放火や殺人が,わが国の女子に比較的多いのは,これらの犯罪に導くような人間関係の障害が相変らず少なくないことが重要な原因になっている。
 絶対数と人口に対する比率という点で多いのは窃盗であり,詐欺がこれに次いでいる。
 I-27表は,昭和三六年度の矯正統計年報から女子新受刑者の罪名別人員と割合を求めたものである。これをみると,刑法犯では第一審有罪者の場合と大体同じような傾向がみられ,わいせつ・かんいん,傷害,恐かつ,強盗などの暴力的犯罪が少なく,殺人,放火が比較的多くなっている。えい児殺や堕胎は女子に特有の犯罪であるが,実刑を受けることは少ないとみえて,新受刑者の中にはみられない。そのかわりに,麻薬取締法違反,売春防止法違反等の特別法犯がみられ,その割合は殺人,放火などよりはるかに高い。

I-27表 女子新受刑者の主要罪名別人員と比率(昭和36年)

 次に,昭和三六年度新受刑者について,各罪名別の人員分布をみると,窃盗が最も多く四五・三%で,売春防止法違反の一九・三%,麻薬取締法違反の一四・一%,詐欺の八・九%,殺人の三%がこれに次ぎ,あとは二%以下である。
 昭和二一年からの女子新受刑者数の消長をみると,昭和二三年を大きなピークとして,以後しだいに減少してきたが,昭和二九年から同三〇年にかけて第二のピークを示し,さらに第三のピークに向かうけはいを示している。
 この間において,窃盗と詐欺の合計は,昭和二一年には女子新受刑者の七五%であったのが,昭和二五年には八五%に上昇し,その後多少の変動を示しながら減少して,今日では五四%に下がっている。
 このように,窃盗,詐欺等が相対的に減少したことは,すでに述べたように特別法犯の増加によるものであって,昭和二九年から三〇年にかけて,特に覚せい剤事犯が増加し,これに麻薬関係をあわせると三三%から四四%に達している。これは,覚せい剤濫用の傾向にかんがみ,昭和二六年に覚せい剤取締法が,さらにまた昭和二八年には新麻薬取締法がそれぞれ施行されたことによるものであって,覚せい剤事犯は昭和三三年以降急速に減少を示している。それにかわって,麻薬関係事犯は,昭和三三年以降増加し,さらに売春防止法関係事件がこれに参加して特別法犯増加の重要な一役を買っている。
 I-28表は,昭和三六年度新受刑者の年齢分布を男女別に示したもので,これをみると,男子に比較して女子には三五才未満の若い層が比較的少なく,三五才以上の中年の層が多いが,特に四〇才から四九才の年齢層の多いのが目につく。この年代は,更年期とか経閉期ともよばれる時代で,生理的,心理的に女子特有の障害を発呈しやすい時期であることから,殺人,放火などの激情犯が起きやすいのである。

I-28表 新受刑者の年齢分布(昭和36年)

 そのほかに,女子の犯罪で最近注目すべき現象は,数としては少ないけれども,女子で犯行時飲酒している者の数が増加していることである。犯行時飲酒者総数からみると一%に満たないが,昭和二七年の〇・二%から,昭和三六年の〇・九%まで,かなり顕著な年次的増加の傾向がみられる。これを実数で示すと,昭和二七年にはわずか七名であったのが,昭和三六年には五七名に増加している。女子の道交違反とともに,最近の注目すべき現象の一つとみてよいであろう。