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 昭和38年版 犯罪白書 第一編/第二章/二/2 

2 財産犯罪

 I-8表によって最近の五年間を昭和二七年と比較すると,窃盗その他の財産犯罪はいずれもその絶対数が減少している。財産犯罪の合計が刑法犯の総計に対して占める割合も,昭和二七年の六七・一%に対し昭和三六年は四〇・三%に減少している。
 次に各犯罪について個別的に考察するため,財産犯罪の最近一〇年間の発生件数を掲げるとI-9表のとおりである。I-8表9表によって各犯罪の動きをみると,窃盗だけは例外であるが,その他の犯罪すなわち,詐欺,横領,賍物,背任の四罪はいずれも発生件数,検挙人員ともに減少する傾向を示し,その結果この四罪の検挙人員は,昭和三六年には二七年の半数以下に減少している。発生件数も詐欺だけが昭和二七年を基準とする指数が五八であるのに対し,その他は三七から三九までの低い数値を示している。

I-9表 詐欺・窃盗・横領・背任・財物発生件数(昭和27〜36年)

 これに対し窃盗の発生件数は,昭和二七年から二九年までは減少しているが,三〇年には増加し,その後三六年まで一進一退の状況で減少する傾向はみもれない。昭和三六年の二七年を基準とする指数は一〇六である。またその検挙人員には減少の傾向がみられるが,その減少率は他の財産犯罪より低く,昭和三六年は二七年を基準とする指数では六八である。
 財産犯罪と国内の経済状態との間に密接な関係のあることは,内外の学者によって指摘されている。今次世界大戦終了直後のわが国における財産犯罪の激増には,当時の混乱した経済状態の影響が大きく,昭和二五年ごろからの減少には,国内の経済状態が回復に向ったことの影響が大きいと思われる。最近における経済状態の動きをみるため産業総合生産指数,労働者雇用指数および失業者数をみるとI-10表のとおりである。この表によると最近における国内の経済状態は良好であって,昭和三六年には前年よりさらに良好となっている。もっとも昭和三六年には物価も騰貴したが,それ以上に国民の所得が増加しているため,国民の経済生活は一般的に良好となり,生活保護世帯の生活も保護基準の引き上げによって改善された(これらの点の詳細については経済企画庁・経済白書・昭和三七年版・一七三頁参照)。しかし財産犯罪のすべてが経済状態の影響を強く受けるものではなく,その影響を強く受けるのは,生活が窮乏したために犯すもの,あるいは収入や利益が減少したのに従前と同程度の生活や営業を維持しようとするために犯すものなどがある。これに反し,身分不相応な生活,不健全な娯楽,享楽などを求めるための犯罪,犯罪常習者による犯罪などには経済状態の影響はむしろ薄弱であると思われる。また少年犯罪には不健全な娯楽や享楽などを求めるために犯すものなどが目だってきた。したがって国内の一般的な経済状態と財産犯罪との関係について検討するには,最近の財産犯罪にどのような性質のものが多いわ,財産犯罪を犯した者がどのような経済状態にあるかなどについての詳細な原因論的な調査が必要であるが,ここでは一般の統計にあらわれているところからみた,きわめて概括的な考察をするにとどめることとする。

I-10表 生産指数・雇用指数・失業者数(昭和31〜36年)

 まず詐欺,横領,賍物,背任の四罪の発生件数と検挙人員が,統計面において明らかに減少していることは前記のとおりである。その原因について一応の考察をしたところでは,経済状態が良好であるために,実際の犯罪が減少していると考えることができるであろう。もとよりこれらの犯罪についても,その統計には相当数の暗数があることは明らかである。これらの犯罪を統計面でみると,その検挙率はきわめて良好で,いずれも九〇%以上となっているが,未届の事件も多数あると思われるから,実際の検挙率がこのように良好であるとは考えられない。しかしこれらの犯罪は暗数が特別に多い犯罪ではないから,特殊の事情がないかぎり,各年の暗数に大幅な変動はないと考えられる。したがって,統計面の減少は実際の犯罪の減少を示しているということができよう。
 次に窃盗については種々の面から考察する必要がある。まず窃盗の最近の動きにおいて注意を要することは,成人の検挙人員が減少しているのにかかわらず,少年の増加が著しく,全検挙人員のうち少年の占める割合が増加していることである。これに対して詐欺と横領の検挙人員は,全面的な減少を示しているが,これは成人の検挙人員が窃盗の場合より減少の程度が大きく,かつ犯罪の性資上少年が少ないため,その影響が軽微であることによると思われる。
 次は,最近の窃盗の検挙率が必ずしも良好でないことである。この点について考察するため,窃盗の発生,検挙件数,検挙率等の昭和二七年以降の統計を掲げると,I-11表のとおりである。窃盗の検挙率は昭和二七年から三〇年までは六〇%またはこれに近い率でめったが,昭和三一年に大幅に低下し,三五年まで五〇%前後の率を示している。昭和三六年には五三%に上昇したが,なお昭和二八年ごろより低い水準にある。昭和三一年以降は前記のとおり統計作成の方法が変更され,一四歳未満者のみによる触法行為数が計上されていないが,この点は検挙率の統計には,ほとんど実質的な影響はないと考えられる。これを強盗と比較してみると,強盗の検挙率は昭和三一年以降も大きな変化はなく,昭和二六年から三六年まで八五%前後の検挙率が維持されている。全刑法犯の検挙率は,刑法犯中最も数の多い窃盗の検挙率によって大きな影響を受けているが,窃盗よりは高い水準を維持している。

I-11表 窃盗の発生・検挙件数・検挙人員・検挙率(昭和27〜36年)

 窃盗はその犯罪の性質から一般的に検挙率が低く,わが国の検挙率は諸外国と比較して特に低いわけではないが,このように最近の検挙率が低下した原因については十分に検討する必要がある。そのためには詳細な調査が必要であるが,それは今後の研究にまつこととし,ここでは統計面からみた一,二の点を指摘するにとどめる。まず最近における犯罪の都市集中化の現象との関係をみるため,六大都市とその他の地域を区別して,最近における窃盗発生件数の推移をみると,I-12表のとおりである。この表によって明らかなとおり,最近は六大都市における窃盗は増加しているが,その他の地域では減少の傾向のあることがわかる。都市においては人と人との社会的結合力が弱く,定住性も弱いため罪を犯した者や犯罪常習者が隠れて生活するに適していて,これを検挙することは,他の地域における場合より困難であるといえよう。

I-12表 窃盗罪発生推移比較表(昭和31〜36年)

 次に窃盗の有罪人員について,初犯者・前科者別の統計表を作成してみると,I-13表のとおりである。この表によって明らかなとおり,窃盗有罪人員中の初犯者は最近大幅に減少しているが,前科者は減少していない。その結果前科者の占める割合は,昭和三一,三二年には四〇%台であったのが,三三年以降六〇%余に増加している。この前科者の中には罪質をことにする前科のあるものも含むが,窃盗の常習者または常習的傾向のあるものが相当多数含まれていると考えられる。このような犯罪常習者または常習的傾向のある者の犯罪は,通常犯行の手段が巧妙であるため検挙することが比較的困難であり,この点も検挙率に影響しているものとみることができよう。

I-13表 窃盗有罪人員初犯者・前科者別数(昭和31〜35年)

 いずれにせよ,財産犯罪のうちで最も数が多く,国民の生活とも密接な関係のある窃盗の動きは,必ずしも楽観を許さないものがあるといえよう。