平成１０年版　犯罪白書第3編/第8章

　近年,少年非行問題について高い関心が寄せられ,各方面において様々な角度から,少年非行対策や少年審判における事実認定手続の在り方等をめぐって議論がなされている。そこで,本特集においては,少年非行の現状と背景,非行少年の特質,少年審判を含む非行少年に対する処遇の実情等について,各種の統計や法務総合研究所における特別調査結果に基づいて分析・検討するとともに,諸外国における少年非行の動向や少年司法制度の運用状況等を概観した。これを取りまとめると以下のとおりである。
1　少年非行の動向
　少年刑法犯検挙人員は,昭和26年,39年及び58年をピークとする三つの大きな波があり,59年以降は減少傾向を示していたが,平成7年を境に増加に転じ,9年は21万5629人(前年比9.8%増)となっている。さらに,人口比も,7年を底に上昇して,9年には14.2となり,また,5年以降は50%を下回っていた刑法犯検挙人員(交通関係業過を除く。)における少年比も,9年には5年ぶりに50%を超えて52,7%となっている。
　年齢層別の刑法犯(交通関係業過を除く。)検挙人員及び人口比は,いずれの年齢層においても,平成8年,9年と2年連続して増加・上昇しているが,特に年少少年及び中間少年においてその程度が著しい。人口比の推移を見ると,昭和46年以降年少少年が一貫して最も高く,以下,おおむね中間少年,年長少年の順となっているが,過去数年,中間少年が年少少年に近づいてきており,最近の少年非行の全般的特色として,第三の波を特徴づけた「非行の低年齢化」はいまだ続いているものの,中間少年による非行の増加をも挙げることができる。また,これに関連して,中学生・高校生別の少年刑法犯(交通関係業過を除く。)検挙人員の在学生1000人当たりの比率を見ると,58年の第三のピーク時には,高校生の比率を上回って23.1と最高値を示した中学生の比率は平成9年には14.2となっているが,昭和58年には13.4であった高校生の比率は,平成5年以降上昇し,7年からは中学生の比率を上回るようになり,9年には16.1に達している。
　罪名・非行名別に見ると,昭和51年以降毎年,窃盗及び横領(遺失物等横領を含む。)の2罪名で刑法犯検挙人員(交通関係業過を除く。)総数の80%以上を占めており,平成9年も84.6%となっているが,他方,最近の特徴的傾向として,①凶悪犯である強盗の検挙人員が,昭和35年に2762人のピークを示した後減少し,63年には569人であったが,平成に入って増加に転じ,8年には26年ぶりに1000人を超えて1082人(前年比239%増)となった上,9年には1701人(同57.2%増)と急激な増加を見せていること,②粗暴犯である傷害・暴行・恐喝の検挙人員についても,最近は増加の兆しがうかがわれること,③覚せい剤取締法違反の検挙人員が,昭和57年に2769人のピークを示した後減少し,平成6年には832人であったが,7年以降増加に転じ,9年には1601人(前年比11.0%増)と急増していることなどを指摘できる。
　なお,18歳未満の者による強盗の検挙人員の同年代人口10万人に占める比率を,1987年から1996年までの10年間について見ると,我が国では2.6から6.2に上昇しているが,イギリス,ドイツ及びフランスにおいても,おおむね上昇する傾向が見られる。
2　少年非行の特質
　最近における少年非行の特質を見ると,まず,動機に関しては,犯罪少年の実態調査結果(本編第2章第5節。以下「犯罪少年調査結果」という。)によると,恐喝,窃盗及び横領においては「利欲」を動機とするものが一貫して50%を超え,いまや「困窮・生活苦」を動機とする少年非行はほとんど見られない一方,「遊び」を動機とするものは,窃盗及び横領においては,おおむね20%台から30%台で推移しており,しかもその比率は,近年,上昇傾向を示しているが,傷害及び恐喝においても,近年,その比率が上昇傾向を見せている。
　また,犯罪少年調査結果によると,傷害において,近年,「激情」を動機とするものの比率が,「怨恨・報復」を動機とするものよりもはるかに高くなっており,少年鑑別所収容少年の特質についての調査結果(本編第4章。以下「鑑別所少年調査結果」という。)によれば,殺人事犯少年の非行動機の比率は「かっとなって」が最も高くなっている。さらに,強盗事犯少年は「お金や物が欲しくて」に次いで,「誘われて,その気になって」を動機とするものの比率が高くなっている。これらの調査結果は,抑制力の不足,短絡的な行動傾向といった最近の非行少年の特性をうかがわせるように思われる。
　共犯者の有無について見ると,鑑別所少年調査結果によると,10年前と比較して共犯者のいる者の比率が上昇している。また,この10年間を累計すると,殺人事犯少年では単独が65.1%であるのに対し,強盗事犯少年では単独がわずか13.0%で,共犯者数5人以上の比率が28.3%と最も高く,しかもその比率は,この10年間でおおむね上昇している。犯罪少年調査結果によると,恐喝においても共犯率が極めて高く,昭和55年以降は,おおむね70%台で推移しており,また,傷害,窃盗及び横領の共犯率は,近年は下降傾向を示してはいるものの,傷害は平成6年以降50%台後半で推移し,窃盗は8年は約43%であって,なお高い水準にある。少年非行については,集団による非行が多いことが指摘されているが,これらの調査結果もこれを裏付けるものといえよう。
3　非行少年の特質
　最近の非行少年の特質を見ると,まず,少年の職業等については,鑑別所少年調査結果によると,男子は有職,女子は無職が最も多いが,凶悪事犯少年では,学生・生徒の比率が,総数と比べて高くなっている。また,教育程度については,この10年間を累計すると,男女共に中学卒業の占める比率が最も高いが,この10年間では,高校中退の比率が上昇しており,特に,強盗事犯等の凶悪事犯少年では,高校在学,高校卒業以上の者の比率が総数と比べて高くなっている。
　家庭環境に関しては,鑑別所少年調査結果によると,保護者が実父母である比率は,10年前と比較すると,男女共に上昇し,また,保護者の生活程度も中以上の比率が上昇している。親の養育態度は,この10年間を累計すると,両親共に放任が最も多いが,この10年間では,放任の比率の低下と普通の比率の上昇がみられ,強盗事犯少隼では母の養育態度は普通が最も多くなっている。現在の家族の問題については,問題のない者の比率はこの10年間上昇しているが,問題の中では,指導力欠如,交流不足の比率が上昇している。また,問題を抱えている者は女子の方が多い。なお,殺人事犯少年には,かなり深刻な家族の問題を抱えた者と問題のない者との双方がいる。
　さらに,保護者が実父母である者の比率は,平成9年においては,少年鑑別所収容少年では57.6%,少年院新収容者では52.9%である。また,少年院在院少年と短期保護観察少年を比較すると,後述のとおり,前者の方が,家族との交流が希薄になり,自分の親の養育態度に何らかの問題を感じる者の比率が高くなっており,非行性の深度が進んでいる少年については,なお家庭に関する問題を抱えている者が少なくないように思われる。
　少年の不良集団関係については,鑑別所少年調査結果によると,不良集団に所属したことがない者は,総数では男子が4割,女子が5割を,それぞれ超えているが,凶悪事犯では,殺人事犯少年で6割,強盗事犯少年で5割を超え,覚せい剤少年では男子が5割,女子が7割である。他方,不良集団に所属したことがある者について,その集団を見ると,殺人事犯少年は暴走族が多いが,そのほかはいずれも,地域不良集団が最も多くなっている。
　少年の処分歴・問題行動歴等の有無に関して,鑑別所少年調査結果によると,少年の少年鑑別所入所回数は,鑑別所収容少年総数,凶悪事犯少年,薬物事犯少年のいずれにおいても,この10年間,初回の者の比率が上昇しており,また,保護施設歴及び在宅保護歴のない者の比率が全体的に上昇している。特に,凶悪事犯少年では,在宅保護歴のない者の比率が他よりも高くなっている。一方,少年院に入院した者についても,近年,過去2回以上少年院に入院した者(3入以上の者)の比率が低下傾向にあるほか,初入者の比率がわずかではあるが上昇している。さらに,保護観察処分少年及び少年院仮退院者共に,近年は処分歴のない者の比率が上昇している。このように,近年,過去に非行歴のない少年による非行の増加傾向が認められ,いわゆる非行の「一般化」傾向の進展や処分歴のない少年によるいわゆる「いきなり型」非行の増加傾向をうかがうこともできるように思われる。なお,鑑別所少年調査結果によると,覚せい剤少年では,近年,毒劇物使用経験なしに覚せい剤を使用する者が増加傾向にある。
4　非行少年の生活意識と価値観
　最近の非行少年の特質を明らかにするため,少年鑑別所在所少年の生活意識や価値観に関する特別調査結果(本編第5章)を,平成2年に実施した前回調査と比較すると,①「自分だけが悪く思われている」,「世の中から取り残されている」などと感じることがあるとした者の比率が,男女ともかなり低下する一方,今の自分の生き方に「不満」及び「やや不満」とした者の比率が上昇するなど,男女とも否定的な自己意識はやや軽減されてきたものの,現実の自分の在り方に対する満足度は低下していること,②家庭生活に対して「満足」あるいは「やや満足」とした者の比率,並びに「家族と話をする」及び「自分の将来について話しかける」ことが「よくある」又は「ときどきある」とした者の比率が共に上昇し,また,「気楽に話ができる人」及び「注意されたら言うことを聞く人」として,家族,友人,先輩等の中で,特に,父親,母親兄弟姉妹を挙げる者の比率が上昇するなど,家族についての受け止め方が前回調査と比べて好転し,非行少年を取り巻く身近な人間関係における家族のもつ意味が最近は大きくなっているように思われること,③身近な人間関係の中で,友人等が依然として大きな意味をもっていることは前回調査と変わらないものの,交友関係における情緒的親密感が前回調査と比べて薄まっており,最近の非行少年の特質の一つとして対人関係の希薄化が指摘されているが,この調査結果もこれを裏付けているように思われること,④前回調査で非行少年の特質の,一つとして指摘された,気軽さを好み,あえて自己主張せず,努力より目先の楽しみを追う傾向は薄らいできており,伝統的価値観に対する賛成率も下がっていることなどを指摘できる。
　また,非行性の深度による現在の非行少年の特質を明らかにするため,少年院在院少年と短期保護観察処分少年について比較すると,①非行性の進んでいる者の方が,家庭,交友,今の自分の生き方について満足とする者の比率が低く,自分に対する否定的意識が強いこと,②非行性の進んでいる者の方が,家族との交流が希薄になり,自分の親の養育態度に問題を感じる者の比率が高くなっていること,③同値代の者に対する見方については,非行性の進んでいる書の方が,同世代の少年の中に,付和雷同的で群れたがる傾向,せつな的で情緒的にも不安定な傾同等をかなり強く感じていること,④非行牲の進んでいる者,いない者のいずれも,非行の抑止要因として家族を挙げる者の比率が高いが,その他の抑止要因として,家族以外の身近な人物や自分自身を挙げる者の比率が,非行性の進んでいない者において高くなっていることなどを指摘できる。
5　非行少年の処遇の実情等
　家庭裁利所における少年保護事件の終局処分の動向と特色を見ると,①一般保護事件の終局処分の構成比では,長期的には,審判不開始が上昇傾向を示しているのに対し,検察官送致,少年院送致,保護観察及び不処分は,いずれもおおむね低下傾向を示していること,②非行名別の処分状況を見ると,近年は,ほとんどの年次において,殺人では少年院送致,強盗及び覚せい剤取締法違反では保護観察の比率が最も高くなっており,一方,検察官送致の比率は,殺人,強盗及び覚せい剤取締法違反のいずれにおいても長期的に低下傾向を示していること,③一般保護事件において相当数を占めている不処分及び審判不開始の理由を見ると,不処分では保護的措置が,審判不開始では保護的措置及び事案軽微が,その大半を占めていることを指摘することができる。
　また,保護観察に付された少年及び少年院を仮退院した少年の「再犯率」(保護観察期間中の再処分率)を見ると,保護観察処分少年,少年院仮退院者共に,昭和63年以降は低下傾向にあったが,平成9年は,前年より若干上昇し,保護観察処分少年は15.5%,少年院仮退院者は22.4%となっており,非行名別には,窃盗,毒劇法違反,虞犯,恐喝なおによる少年の再犯率が高い。さらに,この10年間を累計して保護観察処分少年の再犯状況を見ると,全体では,再処分を受けた者の34.0%が交通事犯,28.9%が財産犯によるものであり,薬物事犯では,再処分を受けた者の38.8%が同種事犯となっている。また,受理時の非行が殺人である者の再非行は交通事犯のみである。少年院仮退院者の再犯状況についてもほぼ同様の状況が認められ,凶悪犯では,同種事犯を行う者はわずかであるが,薬物事犯では,同種事犯が約半数を占めている。
　なお,家庭裁判所におげる少年保護事件の審理状況を見ると,①審理期間が昭和50年代初頭以降,短くなる傾向が認められるが,特に殺人,強盗等の凶悪事犯については,窃盗及び虞犯と比べて1月以内に審理を終える人員の占める比率が高くなっていること,②付添人選任人員及び同選任率の増加・上昇傾向が,近年顕著であり,特に,弁護士が付添人として選任される割合が高くなっており,また,殺人,強盗,強盗致傷及び覚せい剤取締法違反における付添人選任率は,60年前後から上昇し,一般保護事件全体の付添人選任率より高くなっていること,③抗告事件既済人員は,近年おおむね増加傾向を示しており,その保護処分決定人員総数に対する比率も上昇していることなどを指摘することができる。また,家庭裁判所における処分結果を見ると,非行無しを理由とする不処分又は審判不開始は,近年減少傾向にあるが,44年以降の28年間に,殺人では38人,強盗では43人,強盗致傷では13人,覚せい剤取締法違反では151人が,それぞれ非行無しとして不処分又は審判不開始とされている。
6　おわりに
　以上のとおり,最近の少年非行の特質を見ると,凶悪・粗暴事犯及び覚せい剤事犯の増加や,集団による非行,処分歴のない少年による非行,保護者の経済状態や家庭環境にもさほどの問題の認められない少年による非行等の増加傾向が認められ,また,最近の非行少年の特質についても,家庭生活に対する満足度の上昇や否定的な自己意識の軽減が認められる方で,自分の在り方に対する満足度の低下や対人関係の希薄化,抑制力の不足と短絡的な行動傾向等を指摘できる。
　少年非行には,家庭・学校・社会環境等,多くの要因があり,これが相互に関連して複雑に絡み合っているため,少年非行を防止するためには,家庭,教育,文化,社会福祉その他各般にわたる総合的な施策と国民全体の幅広い不断の努力が必要であるが,刑事司法関連諸機関においても,関係機関の連携の下に,少年非行防止対策の一環として,引き続き,少年事件の捜査・審判における適正な処理,少年の福祉を害する事犯に対する厳正な処分,鑑別機能の充実,社会内・施設内処遇の充実強化等に努める必要があると思われる。