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 平成 8年版 犯罪白書 第1編/第4章/第1節/2 

2 事犯の特殊性及び主要事件の概要

 一連の事犯の特殊性として,教団代表者が「ヴァジラヤーナの教え」と称し,教義を実践するために必要があれば,人を殺害することも正当な行為であるとして,これを「ポア」と称していたことが挙げられる。この対象は,当初専ら教団に敵対する者に向けられていたのが,敵対する者の家族にも向けられるようになり,さらに,衆議院議員総選挙に落選した平成2年からは,現代人はすべて悪業を積み重ねているのだから,これを「ポア」することにより魂を救うことができるとして,一般人に対する無差別大量殺人も容認するようになった。
 その手段として,最初細菌兵器に着目し,ボツリヌス菌の培養を試みたが失敗し,平成4年には炭疸菌に転じたが,翌年これも散布に失敗して断念した。かねて最終戦争の到来を予言していたが,4年末には,無差別大量殺人の実現と国家権力の攻撃打倒が必要であるとし,自動小銃等の武器及び毒ガス等の量産を決意し,教団の武装化を図ることとした。5年にはサリンの開発に成功し,翌6年には,サリン以上の毒性を有するといわれるVX(0-エチルS-( 2-ジイソプロピルアミノエチル)メチルホスホノチオレート)など毒ガスの製造開発を次々と進めた。その傍ら,幻覚剤であるLSD(リゼルギン酸ジェチルアミド)及びメスカリン硫酸塩,覚せい剤,麻酔薬であるチオペンダールナトリウムを製造し,これらをイニシェーションと呼ぶ宗教的儀式の際,信者に対して使用していた。
 平成7年2月の公証役場事務長拉致事件を直接の契機として,教団に捜査が入ることを察知した後は,捜査のかく乱を狙い,地下鉄サリン事件(3月20日)を敢行し,続いて,教団信者らによって,新宿駅便所内青酸ガス殺人未遂事件(5月5日),東京都知事秘書室内爆破・殺人未遂事件(5月16日)が敢行された。
 以下,主要な事件について,発生順にその概要を述べる(I-25表参照)。
 (1)から(8)の各事件については,教団代表者が教団信者らと共謀の上で行ったものとして起訴されている。
(1) 信者Aリンチ殺人事件(平成元年2月上旬ころ)
 教団脱退の意思を有していた男性信者(当時21歳)を殺害しようと企て,静岡県富士宮市に設置されたコンテナ内において,同人の頚部にロープを巻いて締め付けるなどして殺害した。
(2) 弁護士一家殺害事件(平成元年11月4日)
 かねてから教団に対立する活動をしていた弁護士(当時33歳)とその妻子(当時29歳,1歳)を殺害しようと企て,横浜市磯子区内の同弁護士の自宅において,同人らの頚部を締め付けるなどし,それぞれ窒息死させて殺害した。
(3) 信者Bリンチ殺人事件(平成6年1月30日)
 教団施設から信者を救出しようとした男性信者(当時29歳)を殺害しようと企て,山梨県下の教団施設内において,その頚部にロープを巻いて締め付け,窒息死させて殺害し,その後,その死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却した。
(4) 松本サリン事件(平成6年6月27日)
 教団製造に係るサリンの効用を実験するため,その具体的目標として,教団支部の開設に絡む民事紛争の仮処分で教団の主張を認めず,近く行われる本訴判決でも教団の主張を排斥するおそれが強い長野地方裁判所松本支部を選定し,同支部を目標にサリン噴霧を行い,よって裁判官はじめ住民多数を殺害しようと企て,松本市内の駐車場に駐車させた普通貨物自動車内において,サリンを充てんした加熱式噴霧器を作動させてサリンを加熱・気化させた上,同噴霧器の大型送風扇を用いて周辺に発散させ,住民にサリンガスを吸入させるなどし,もって7名を死亡させて殺害し,144名にサリン中毒症の傷害を負わせたが未遂に止まった。

I-25表 オウム真理教関連主要事件発生経過

(5) 信者Cリンチ殺人事件(平成6年7月10日ころ)
 男性信者(当時27歳)が教団の生活用水に毒物を混入させたとして同人を殺害しようと企て,山梨県下の教団施設内において,その頚部にロープを巻き付けるなどし,窒息死させて殺害し,その後,その死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却した。
(6) VX使用殺人事件(平成6年12月12日)
 大阪市在住の会社員(当時28歳)が教団在家信者を背後で操っている警察のスパイであると断定し,同人を殺害しようと企て,大阪市淀川区の路上において,注射器内のVXを同人の後頭部付近にかけて体内に浸透させ,同月22日,VX中毒により死亡させて殺害した。
(7) 公証役場事務長拉致事件(平成7年2月28日)
 出家させようとした教団在家信者が身を隠したため,その実兄(当時68歳)を拉致して所在を聞き出そうと企て,東京都品川区の路上において,歩行中の同人の背後からその身体を抱え,普通乗用自動車の後部座席に押し込んで発進させ,全身麻酔薬を投与して意識喪失状態にさせて山梨県下の教団施設内に連れ込み,さらに右投与を継続して不法に逮捕監禁し,翌3月1日同麻酔薬の副作用によって死亡させ,その後,同月4日ころまでの間,その死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却した。
(8) 地下鉄サリン事件(平成7年3月20日)
 警察の教団に対する大規模な強制捜査が近く実施されるとの危機感を抱き,首都中心部を大混乱に陥れてこれを事実上不可能にするため,サリンを地下鉄電車内に発散させて多数の乗客を殺害しようと企て,営団地下鉄霞ヶ関駅に停車する日比谷線,丸ノ内線,千代田線3路線の計5か所の電車内において,サリン入りナイロン・ポリエチレン袋を先端を尖らせた傘で突き刺し,サリンを漏出気化させて車両及び各停車駅構内に発散させ,乗客,駅職員等にサリンガスを吸入させるなどし,もって11名を死亡させて殺害し,約3,800名にサリン中毒症の傷害を負わせたが未遂に止まった。
(9) 新宿駅便所内青酸ガス殺人未遂事件(平成7年5月5日)
 新たな重大テロ事件を敢行することにより,教団代表者に向かう警察捜査の矛先をかわそうとして,教団信者数名は,共謀の上,青酸ガスを発生させて不特定多数の者を殺害しようと企て,営団地下鉄丸ノ内線新宿駅公衆便所内において,シアン化ナトリウム及び硫酸入りのビニール袋と時限式発火装置を設置したが,発火を目撃した地下鉄職員により消火されたため,その目的を遂げなかった。
(10) 東京都知事秘書室内爆破・殺人未遂事件(平成7年5月16日)
 上記事件が失敗したため,さらに同一目的をもって,教団信者数名は,共謀の上,都知事等の殺害を企て,平成7年5月,手製爆発物1個を製造した上,都知事宛に速達郵便物として送付し,同月16日,都庁7階知事秘書室において,右郵便物を開封した同室秘書担当副参事をして,その爆発により,左手全指挫滅切断等の重傷を負わせた。