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 平成 7年版 犯罪白書 第4編/第10章 

第10章 むすび

 ここでは,これまで見てきたところに基づき,最近における我が国の薬物犯罪の動向等をまとめることとする。
薬物犯罪の動向
 この半世紀における我が国の薬物犯罪の動向を検挙・送致人員の推移で見ると,最も濫用されているのは覚せい剤である。覚せい剤事犯の検挙人員は,戦後の混乱を背景として急激に増加し,昭和29年には5万5,664人を数えたが,罰則の強化,徹底した検挙等により,同年をピークとして,その後急激に減少し,いったんはほぼ沈静化したかに見えた。しかし,40年代後半から再び増加を始め,59年には2万4,372人と第二のピークを迎え,その後減少傾向に転じて最近に至っているものの,平成6年においても,なお,1万4,896人と高い水準にある。覚せい剤事犯は,暴力団勢力の関与度が高いことが特徴であり,6年における検挙人員の4割以上を暴力団勢力が占めている。なお,最近,来日外国人による事犯も目立ち始めている。
 その他の薬物について見ると,麻薬事犯の検挙人員は,昭和20年代後半から若干の起伏を伴いつつも増加を続け,ピーク時の38年には2,571人を数えたが,覚せい剤の場合と同様,各種の対策により,翌年以降急激に減少した。しかし,63年以降再び増加傾向にあり,平成6年は343人となっている。
 大麻事犯の検挙人員は,多少の起伏はあるものの,戦後ほぼ一貫して増加している。平成6年の検挙人員は,2,103人と戦後最高を記録したが,青少年層の大麻濫用が目立つところである。
 あへん事犯は,戦後,低い水準ながら徐々に増加し,昭和43年に1,148人とピークを迎え,その後減少して目立った増加は見られないが,最近は増加傾向が続き,平成6年の検挙人員は,前年から90人増加して222人となっている。
 麻薬事犯,大麻事犯及びあへん事犯を併せて見ると,最近,来日外国人の検挙人員が増加する傾向にあり,平成6年における警察による検挙人員は,前年に比べて17人(3.8%)増加して466人となっている。
 毒劇法違反の送致人員は,シンナー等有機溶剤の濫用が規制された昭和47年の毒物及び劇物取締法の改正以降増加を続け,57年に3万6,796人とピークを迎えて60年まで3万人台で推移したが,その後減少し,平成6年は1万3,059人となっている。送致人員に占める少年比は一貫して高く,ほぼ70%から85%であり,少年の薬物事犯では圧倒的多数を占めている。
 前回薬物犯罪の動向と対策について特集を組んだ昭和57年版犯罪白書では,56年までの各種統計に基づいて各種の分析等を行ったが,当時と比べると,覚せい剤事犯,毒劇法違反は減少傾向を示しているものの,なお高い水準を続け,大麻事犯は増加の一途をたどっている。また,麻薬事犯,あへん事犯も最近増加の兆しを見せている上,来日外国人による事犯の増加等新たな警戒すべき要因も生じている。
薬物犯罪者の処分・科刑状況等
 検察においては,薬物犯罪に対し厳正に対処しており,平成6年における薬物犯罪の起訴率を,交通関係業過及び道交違反を除いた全事件の起訴率(61.0%)と比べると,覚せい剤事犯,麻薬事犯及び毒劇法違反はかなり高く,それぞれ85.8%,71.0%,91.6%となっている。大麻事犯の起訴率はわずかに低く(59.3%),あへん事犯の起訴率はかなり低く(39.9%)なっているが,あへん事犯については,観賞目的と推測されるけしの栽培事案で起訴猶予処分に付されるものが多いためと思われる。
 裁判の状況を見ると,平成5年における地方裁判所による通常第一審の終局処理人員総数に占める薬物犯罪人員の比率は,26.4%となっており,薬物犯罪の比重はかなり高い。科刑状況を見ると,5年における薬物犯罪の実刑率は,地方・簡易裁判所における全事件の平均実刑率(39.2%)と比べ,覚せい剤事犯,麻薬事犯及び毒劇法違反ではいずれも高く,それぞれ53.6%,40.8%,58.5%となっているが,大麻事犯及びあへん事犯では低く,それぞれ15.3%,22.2%となっている。
 平成5年における家庭裁判所による薬物関係少年保護事件の終局処理状況を見ると,保護処分又は検察官送致(逆送)決定を受けた率は,一般保護事件の平均値が17.9%であるのに比べ,覚せい剤事犯では89.3%,麻薬事犯(大麻事犯を含む。)では65.2%,毒劇法違反では18.8%と高くなっている。
 なお,法務総合研究所で実施した,平成元年から6年6月30日までに薬物犯罪により有罪判決を受けた者に関する特別調査結果によれば,あへん事犯,大麻事犯,麻薬事犯においては,いずれも,20歳代の者が過半数を占め,特に,大麻事犯では,職業を有する者が総数の73.9%を占め,有職の若者が,一貫して増加傾向の続いている大麻事犯の中心をなしていることが判明した。これらの事犯においては,若年層の再犯防止が今後の大きな課題であろう。さらに,あへん事犯では,そのほとんどを外国人が占め,また,麻薬事犯でも,近年,外国人の占める比率が過半数となっており,来日外国人犯罪の急増傾向が薬物犯罪の分野にも及んでいる状況がうかがわれる。
薬物犯罪者の処遇等
(1) 行刑施設
 覚せい剤事犯による新受刑者は,昭和48年以降急激に増加し,59年には8,646人と最高を記録した。以後徐々に減少しているものの,平成6年は5,243人(新受刑者総数の24.7%)と依然高い水準が続いており,男子新受刑者の4人に1人(23.4%),女子新受刑者の2人に1人(51.3%)を占めている。また,麻薬事犯の新受刑者も元年以降毎年増加を続け,6年では96人となっている。
 このような状況に的確に対処するため,行刑施設においては,昭和54年ころから特定の施設で薬物事犯受刑者のための特別処遇が実施されるようになり,56年9月からは,これが全国的に実施されるに至った。さらに,平成5年4月以降,覚せい剤濫用防止指導が,いわゆる処遇類型別指導の一環として実施されている。
 ところで,昭和56年と平成6年における法務総合研究所の覚せい剤受刑者に対する2回の特別調査結果を比較すると,男子新受刑者のうち30歳未満の者の比率はわずかに上昇したのみであるが,50歳以上の者の比率は5.6%から16.2%へと約3倍に上昇しており,高齢者の比率が高くなっている一方,女子新受刑者は,30歳未満の者が20.3%から38.2%に大きく上昇し,逆に,若年化が認められる。また,覚せい剤事犯新受刑者中に初人者の占める比率は,男女共に低下したが,女子ではなお約5割が入初者となっている。逆に,4度以上の再入者の比率は,男子が23.1%から39.6%に,女子が2.8%から19.0%にそれぞれ大きく上昇したが,再入者の前刑出所時から再犯に至るまでの期間は,男女共に昭和56年当時より長くなっている。初人者が減少し,また,再入者の再犯までの期間が長くなっていることは,これまで実施されてきている様々な覚せい剤濫用防止対策の成果であるといえよう。なお,女子については,新受刑者に若年化傾向が見られることや,初人者がなお半数を占めていることからすると,依然として若年の新たな覚せい剤濫用者が生み出されているものと考えられ,この予防が今後ますます重要性を帯びるものと思われる。
 また,この調査結果によれば,日本人と異なる処遇を必要とする外国人受刑者であるF級の新受刑者総数に占める麻薬事犯新受刑者の比率は,昭和56年の9.5%(4人)から平成6年の17.0%(53人)へと大幅に上昇しており,薬物犯罪者の処遇の面においても,新たな課題が生じつつあるように思われる。
(2) 少年院
 少年院においては,平成6年の新収容者4,000人中,毒劇法違反又は覚せい剤事犯によるものが463人(11.6%)を占めている。
 法務総合研究所では,昭和56年と平成6年に,少年院在院者に対する薬物濫用経験等に関する特別調査を行ったが,両調査結果を比較してみると,少年院に収容される理由となった非行名に覚せい剤事犯又は毒劇法違反が含まれている者の比率は,男子において低下しているが,女子ではかなり上昇し,特に,覚せい剤事犯により収容された女子は,昭和56年当時は5人に1人(20.1%)の割合であったものが,平成6年では3人に1人(37.6%)となっている。また,入院前に覚せい剤又はシンナー等有機溶剤のいずれかを濫用した経験を有する者の比率は低下しているものの,なお71.9%と極めて高率である。その中で,覚せい剤の濫用経験を有する者だけについて見ると,濫用経験者の比率は全体で21.6%であるが,男子の17.1%に比べて女子の比率が高く,2人に1人(54,9%)が覚せい剤の濫用を経験している。
 平成6年の調査結果から,濫用を開始した時期について見ると,シンナー等有機溶剤では,中学生時代に濫用を開始した者が最も多く,7割近くを占め,18歳を過ぎて濫用を始めた者はごくわずかである。覚せい剤では中卒後17歳までに濫用を開始した者が最も多く,おおむね半数となっている。また,覚せい剤濫用経験を有する者の半数以上が大麻の濫用経験をも有している。このほか,濫用されたことのある薬物として,コカイン,LSD,ヘロイン等があり,濫用薬物の多様化現象が見られる。濫用を始めたきっかけについては,覚せい剤,シンナー等有機溶剤共に,自ら求めて薬物濫用を開始した者が2割を超えており,昭和56年当時と比べ高くなっている。覚せい剤の入手方法については,暴力組織や売人から入手した者が7割を超え,また,シンナー等有機溶剤については,盗みによって入手した者がおおむね半数を占めている。
 少年院では,在院者に多くの薬物濫用経験者がいることにかんがみ,これまで[1]薬物濫用の害等に関する知識を普及させるための啓発活動,[2]集団に対して働き掛けを行う薬物濫用防止教育,[3]個人の薬物濫用問題に応じた個別指導等の教育を幅広く行うなど,薬物濫用対策を着実に図っているが,少年の間における薬物濫用はいまだかなり深刻な様相を呈していると思われ,今後なお一層の充実が期待される。
(3) 更生保護
 更生保護の面においても,薬物犯罪者の比率は高く,平成6年の交通短期保護観察少年を除く保護観察新規受理人員の13.1%が覚せい剤事犯によるもの,3.9%が毒劇法違反によるものであり,同年の新規受理保護観察対象者の32.6%が何らかの種類の薬物使用歴を有している状況にある。
 更生保護においては,平成2年から実施されている類型別処遇において,薬物事犯に係る類型として,覚せい剤事犯対象者,シンナー等濫用対象者を設定し,対象者の持つ特性を個別に見極めた上で,処遇計画を策定し,その効果的な実施に努めている。
 法務総合研究所では,昭和56年と平成6年に,覚せい剤取締法違反で保護観察付き執行猶予判決の言渡しを受けた者を対象にした特別調査を実施したが,両調査結果を比較すると,[1]保護観察付き執行猶予判決の言渡しを受けた者のうち,初度の執行猶予判決の言渡しに伴い裁量的に保護観察に付された者の比率が,76.4%から92.9%に上昇していること,[2]保護観察開始時における身上特性では,女子と若年層の各比率が上昇し,被雇用者の比率が低下し,無職の比率が上昇していること,[3]事犯の態様では,自己使用と所持の各比率が上昇し,譲渡しの比率が低下していること,[4]保護観察開始時における生活状況では,単身居住者の比率が上昇し,配偶者と同居している者の比率が低下していることなどが判明した。このような変化に応じ,覚せい剤取締法違反で保護観察付き執行猶予になった者に対しては,類型別処遇における処遇方針がより一層具体化されることと,それが効果的に実施されることが期待される。
薬物濫用問題への法的取組
 世界の薬物濫用問題は,特定の地域で生産される規制対象薬物が各国に密輸され,国内流通の後濫用されるという構造を有することから,世界各国共通の深刻な問題とされ,従来から,種々の国際的な対応策が実施されてきている。
 特に,国連の提唱により,昭和36年(1961年)には,単一条約(正式名称は「1961年の麻薬に関する単一条約」で返り,我が国は昭和39年に批准した。)が,昭和46年(1971年)には,向精神薬条約(正式名称は「向精神薬に関する条約」であり,我が国は平成2年に批准した。)が,また,昭和63年(1988年)には,麻薬新条約(正式名称は「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」であり,我が国は平成4年に批准した。)がそれぞれ採択され,.我が国を始めとした多くの国が締約国となっており,また,先進国首脳会議(サミット)においても,しばしば麻薬問題が取り上げられ,1989年のアルシュ・サミットにおける経済宣言では,FATF(FinanciaIActionTaskForce・金融活動作業グループ)の召集が決定された。麻薬新条約の規定やFATFのマネー・ローンダリング防止に係る勧告は,薬物犯罪の経済的(不法事業的)側面に焦点を合わせた各種法的措置等を採ることを,締約国・参加国に求めている。
 このような国際的動向に呼応し,我が国においては,前記のような薬物犯罪状況の下,薬物規制法令の制定・改正が重ねられ,薬物濫用に対する法的整備がなされて現在に至っている。特に,平成3年には,麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)が制定され,薬物犯罪に係るマネー・ローンダリングの犯罪化が行われた。また,同法においては,薬物犯罪による不法収益の必要的没収・追徴規定も設けられ,実務上解釈・運用が定着しつつあるが,営利事犯に対する罰金併科規定の運用と相まって,薬物犯罪の経済的(不法事業的)側面に着目した制度としての効果が期待される。
 法務総合研究所で今回調査した範囲(アメリカ,連合王国,ドイツ,フランス,韓国,インド,タイ,シンガポール,マレイシア,フィリピン及び香港)内で見ると,各国・地域とも,薬物犯罪に対しては厳しい罰則をもって対処しており,韓国,インド,タイ,シンガポール,マレイシア及びフィリピンにおいては,特定の薬物についての営利目的による輸出入等の悪質な態様の犯罪については,死刑の定めが見られるが,それは,当該国における刑事司法制度の歴史的背景や薬物犯罪情勢等による必要性に応じて規定されているものであろう。一方では,今回の調査では詳細に至るまでの資料は入手できなかったが,これらの国の中には,薬物濫用者自身に対しては,薬物中毒者専用の治療施設を設け,治療と社会復帰を図るなど,処遇面における種々の対策を講じている国もあり,各国の実情に応じた薬物犯罪対策が講じられているように見受けられる。
 なお,規制対象薬物の自己使用に関しては,世界的に見て,これを犯罪としては扱わず,専ら治療の対象とする考え方と,犯罪として扱い,刑事司法手続の中で治療や改善更生を図るという考え方の二つの流れがあるが,今回調査した中では,自己使用に関する罰則の定めがないのは,アメリカ(連邦法)及びドイツであり,我が国と同様,自己使用に関する罰則の定めがあるのは,連合王国(あへんのみ。),フランス,韓国,インド,タイ,シンガポール,マレイシア,フィリピン及び香港である。
 薬物犯罪は,人類社会の健全な発展の大きな阻害要因であることは論をまたないところ,これまで概観した範囲においては,各国・地域では,その特質や時代背景によって薬物犯罪が様々な様相を呈し,これに対して各国とも真剣に対処していることがうかがえるが,薬物濫用対策は今や世界的な課題であり,我が国においても,薬物犯罪及び薬物犯罪者の国際化の傾向も見られることから,今後,ますます国際的な協力の必要性が高まるものと思われる。
おわりに
 1V-50図は,我が国の薬物犯罪動向の特徴を見るために,入手し得た公的資料の範囲内において,1993年(平成5年)におけるアメリカ,連合王国,ドイツ,フランス,韓国及び我が国における薬物犯罪の検挙人員率(検挙人員の人口10万人当たりの比率をいう。以下同じ。)を対比してみたものである。言うまでもないが,検挙人員率のみによって犯罪動向を即断することは相当でなく,また,統計の取り方も国によって異なることから,正確な比較を行うことは困難であるが,我が国の薬物犯罪動向の一応の位置付けをするため,諸外国の薬物犯罪の動向を概括的に把握して我が国とそれらの国の統計数値を比較してみることは,意義があるものと考えられる。

IV-50図 薬物犯罪の検挙人員率(1993年)

 これから見る限りにおいては,検挙人員率が最も高いのはアメリカであり,次いで,ドイツ,連合王国,フランス,日本,韓国の順となっており,我が国の検挙人員率は相対的に低く,各般の薬物犯罪・薬物犯罪者対策が有効に機能している結果であると思われるが,我が国における犯罪中に薬物犯罪の占める比重はなお高い上,元来この種犯罪は潜在化傾向が強く,相当の暗数も見込まれ,これまでの経験に照らしても,突然急増を始める要素を含んでいる。
 加えて,我が国においては,これまで,規制対象薬物が国内で密造されることは極めて少ないと言われてきたが,最近に至り,宗教団体関係者が,大規模,かつ,組織的に大量の規制対象薬物を国内で製造したとされる,従来には見られなかった類型の事件が検挙・起訴されるに至ったことからすると,我が国の薬物犯罪情勢に新たな不安要因が生じつつあるとも考えられる。
 我が国をこれ以上薬物で汚染させないためにも,従来にも増して,厳重な警戒を怠らず,薬物犯罪に対し,的確に対応するとともに,薬物犯罪者に対し,効果的な処遇を行うことが求められているものといえよう。