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 平成 6年版 犯罪白書 第4編/第11章 

第11章 むすび

 本編においては,犯罪と犯罪者の国際化の問題を取り上げ,我が国における来日外国人による犯罪の動向,来日外国人事件の処理及び外国人被収容者等に対する処遇の実情,犯罪の国際化の現状や刑事司法における国際協力の実情等について,各種の統計や法務総合研究所における特別調査結果等に基づいて分析検討するとともに,諸外国における外国人犯罪の動向等を概観した。
 来日外国人による犯罪の動向等
 来日外国人による犯罪の動向を見ると,近年,我が国においては,来日する外国人の増加傾向を反映して,来日外国人による入管法違反や一般犯罪が急増する傾向にある。平成5年における外国人の検挙・送致人員(交通関係業過及び交通関係法令違反を除く。以下同じ。)は1万8,792人で,そのうち,来日外国人の検挙・送致人員は1万2,467人に達し,最近10年間で3.3倍となっている。また,5年の検挙・送致人員総数に占める比率も,外国人が5.1%で,来日外国人は3.4%となっている。一方,フランス,ドイツ,スウェーデン等諸外国における外国人犯罪の動向を見ると,いずれも外国人犯罪が近時増加しており,1992年における検挙人員総数に占める外国人の比率も,フランスでは20.3%,ドイツでは30.0%,スウェーデンでは22.2%(ただし,主要犯罪の検察庁受理人員総数に占める比率)となっている。我が国については,これら諸外国と比較すると,検挙人員中に占める外国人の割合は低いものの,近時,来日外国人による犯罪が急増傾向にあることに加え,5年は外国人新規入国者数が若干減少したとはいえ,なお300万人を超えていること,不法残留者が,5年11月1日現在,推計で約29万7,000人に達していることなどからすれば,来日外国人による犯罪の動向については,警戒を要するものがあると思われる。
 ところで,来日外国人検挙・送致人員のうち高い比率を占めているのが入管法違反であり,平成5年における送致人員は3,618人となっているが,そのうち72.9%が不法残留,6.3%が資格外活動である。他方,不法残留,不法就労等の入管法違反行為については,刑事処罰の対象となるとともに,退去強制事由とされているものも多く,退去強制手続が執られた者の数は,5年には7万404人に達しているが,そのうち90.8%が不法残留事案であり,また,退去強制手続が執られた外国人の91.4%は不法就労者であった。
 このように,多数の不法残留者等について退去強制手続が執られているものの,法務省入国管理局の推計によれば,前述のとおり,不法残留者は,なお29万人を超えている。平成4年5月に策定された出入国管理基本計画では,不法就労外国人等我が国社会の健全な発展を阻害する者については,その人権に配意しつつも,厳正な方針・措置により,不法就労の摘発を一層強化し,その定着化を防止するとともに着実な減少を図っていくことが必要であるとされているが,そのためには,引き続き,関係諸機関において,相互の協力体制を強化する必要があろう。
 また,不法残留者の大半は不法就労活動に従事しているが,不法就労外国人の増加を抑制するためには,不法就労外国人を取り締まると同時に,これを来日させる推進力又は吸引力となっている雇用主やブローカー等を併せて取り締まる必要がある。そのため,平成元年の入管法の一部改正により,同法73条の2に,不法就労助長罪が新設され,その後,同罪の送致人員も,逐年増加しているが,今後とも,その積極的な活用が望まれる。
 外国人事件の処理等
 来日外国人による犯罪の増加傾向を反映して,近時,検察庁における外国人被疑事件の新規受理人員や裁判所における要通訳事件も増加し,地方裁判所・簡易裁判所による通常第一審における通訳・翻訳人の付いた外国人事件の有罪人員も,平成5年は3,521人に達し,最近10年間で11.0倍となっている。
 来日外国人被疑事件の検察庁における処理状況を見ると,平成5年は,起訴率が54.4%,起訴猶予率が43.3%となっており,来日外国人被疑事件を含む,検察庁で処理された全事件に比べて,起訴率が低く,起訴猶予率が高くなっている。また,裁判所における科刑状況を見ると,通訳・翻訳人の付いた外国人事件の懲役・禁錮刑に対する執行猶予率は90.9%となっており,日本人事件に比べて,執行猶予率が高くなっている。
 なお,法務総合研究所において実施した来日外国人による傷害事件の特別調査結果によれば,来日外国人事件については,日本人に係る事件に比べて起訴猶予率が高い反面,起訴人員に占める公判請求人員の比率が高くなっているが,これは,それぞれの事犯の実態の差異等によるものと考えられる。また,同研究所で平成3年に実施した来日外国人による窃盗事件についての量刑調査結果においては,来日外国人窃盗事件の実刑率が,日本人事件のそれより高かったが,これも,各種量刑因子の存否によるものにすぎないことが判明している。
 ところで,来日外国人事件の捜査公判においては,有能な通訳人の確保と正確な通訳の実現,日本語を解さない外国人被疑者・被告人に対する適正手続の実質的保障等をめぐる種々の問題がある。法務省・検察庁においては,有能な通訳人の確保と正確な通訳の実現のため,通訳人名簿の作成やそのデータベースシステムへの移行,通訳謝金の充実,通訳人との意見交換会の開催,通訳人のためのマニュアル等の作成等,様々な方策を講じているが,外国人の国籍の多様化により必要とされる言語が多種に及ぶこと,特にいわゆる少数言語については,通訳人の絶対数が不足していることから,通訳人の確保には困難を伴っているのが実情である。今後とも,通訳人名簿の整備・充実等により有能な通訳人を確保していくことが必要であると思われる。
 さらに,日本語を解さない外国人被疑者に対する適正手続の実質的保障の面においても,検察庁においては,通訳人を介するなどして,我が国の刑事手続の概要や権利の内容等について説明するなどの措置が講じられている。また,裁判所においても,外国人被告人に対して起訴状謄本を送達する際に,起訴がなされたことやその罪名,公判手続の概略等について説明した外国語の説明文を添付して送付する運用を可能とするため,そのサンプルを作成し,あるいは弁護人選任照会書等の被告人等へ送付する定型的な書式について,その要旨の翻訳文を作成するなどの措置が講じられている。
 なお,来日外国人事件の適正な処理や外国人被疑者・被告人の的確な処遇のためには,関係諸国の刑事司法制度や生活・文化,風俗・習慣等について理解することが必要不可欠である。そのため,法務省・検察庁においては,関連資料の収集整備等が図られている。
 外国人被収容者の処遇等
 外国人被収容者に対する処遇の実情等を見ると,F級受刑者は,近年,顕著な増加傾向にあり,平成5年のF級新受刑者数は245人に達し,最近10年間で2.4倍になっている。また,5年の新受刑者総数に占めるF級新受刑者の比率も,1.2%となっている。さらに,5年末現在の外国人受刑者数は1,424人であり,そのうち,F級受刑者数は414人で,受刑者総数に占める比率も,それぞれ3.8%,1.1%となっている。一方,諸外国における外国人受刑者の現状を見ると,受刑者総数に占める外国人受刑者の比率は,アメリカのカリフォルニア州では20.0%(1994年1月31日現在),フランスでは30.9%(1994年1月1日現在,未決拘禁者を含む。),ドイツでは14.9%(1991年3月31日現在),スウェーデンでは20.6%(1992年,ただし,新受刑者総数に占める外国人新受刑者の比率),イギリスでは6.8%(1993年9月30日現在)となっている。我が国については,これら諸外国と比較すると,受刑者総数に占める外国人受刑者及びF級受刑者の比率は低いものの,近時,来日外国人による犯罪が急増傾向にあることなどからすると,F級受刑者の数は,引き続き増加することが懸念される。
 ところで,F級受刑者については,言語,風俗・習慣,宗教等を異にすることから,職員との意思の疎通が容易でないほか,処遇上種々の問題が生ずる。法務総合研究所で平成5年に実施したF級受刑者を対象とした特別調査結果によっても,約4分の1の受刑者が,担当職員の指示が分からないと回答し,また,過半数の者が,いらいらすることがよくあると回答している。そのため,外国人被収容者の処遇に関しては,風俗・習慣,宗教上の慣行等を参酌して,居室,食事,宗教等について相応の配慮がなされているほか,通訳のできる職員の育成,所内生活のしおりの作成等の措置が講じられている。また,少年鑑別所に収容される来日外国人非行少年も,最近4年間で4.7倍に急増し,同様に言語等の問題を抱えている。今後とも,F級受刑者や来日外国人非行少年に対しては,一般受刑者や他の非行少年との均衡にも配意しつつ,その効果的な処遇の実施に努めていく必要があると思われる。
 なお,F級受刑者の仮出獄の状況を見ると,一般受刑者に比べて,F級受刑者の仮出獄率は高く,刑の執行率も低くなっているが,これは,F級受刑者については,前科のない初入者が大半であり,また,その多くが仮釈放後本国へ送還されることなどが考慮されているものと考えられる。
 他方,外国人保護観察対象者も増加傾向にあるが,外国語で面接のできる保護観察官や保護司の絶対数の不足等に加え,生活習慣の相違や職場開拓の困難性等から,外国人に対する保護観察には,種々の困難を伴っている実情にある。そのため,対訳を付けた保護観察のガイドブックの作成や通訳による民間協力の実施等の方策が講じられているが,今後とも,通訳による民間協力の拡大と語学研修等の研修の充実等を図っていくことが必要であろう。
 刑事司法における国際協力等
 近時,前述のように来日外国人による犯罪が増加する一方,日本人の国外における犯罪や犯罪被害も多発し,また,犯罪者が国外に逃亡する事例が増加するほか,薬物・銃器等の密輸入事犯,事件が複数の国にかかわる事犯等が跡を絶たないなど,犯罪と犯罪者が国際化している現状にある。そのため,逃亡犯罪人の身柄の確保とその引渡しや,捜査共助・司法共助等の国際協力を必要とする事例も増えつつある。我が国においては,既に昭和28年に逃亡犯罪人引渡法を,また,55年に国際捜査共助法をそれぞれ制定して国際協力体制を整備し,さらに,平成3年には麻薬特例法を制定して,薬物犯罪に関し,没収・追徴の裁判の執行及び保全についての国際共助手続を整備したところであるが,こうした状況にかんがみ,諸外国の関係機関とも密接な連携を保ちつつ,国際的な協力をより一層推進していくことが望まれる。