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 平成 6年版 犯罪白書 第2編/第3章/第1節/3 

3 受刑者の処遇

 我が国の行刑施設における受刑者処遇の基調は,刑の執行を通じて矯正処遇を行い,受刑者の改善更生及び社会復帰を図ることに置かれている。
 (1)受刑者処遇の基本制度等
 ア 分類処遇制度
 受刑者の改善更生及び社会復帰を図るためには,個々の受刑者のもつ人格特性及び環境的・社会的諸問題に対応した処遇を行う必要がある。個々の受刑者のもつ問題点を明らかにするための科学的調査を分類調査といい,その結果に基づいて処遇計画を立て,その計画を効果的に実施するための集団を編成して,各集団に応じた有効な処遇を行うことが分類処遇である。
 (ア)分類調査
 新たに刑が確定し刑務所に入所した受刑者に対しては,入所時教育と並行して分類調査が行われる。この分類調査は,個々の受刑者について,最もふさわしい処遇を行うために必要な事項を明らかにして,適切な処遇計画を立てようとするもので,施設機能の有効な発揮と受刑者の改善更生及び社会復帰の促進に欠くことのできないものである。
 分類調査は,各行刑施設において実施され,[1]医学,心理学,教育学,社会学等の専門的知識及び技術に基づき,[2]入所時調査(刑確定による入所後,おおむね2月以内に行う調査)及び再調査(入所時調査の後,執行刑期が8月未満の者についてはおおむね2月ごとに,その他の者についてはおおむね6月ごとに定期的に行う調査,又は必要の都度臨時に行う調査)として行われる。なお,この分類調査を効果的に行うため必要と認めるときは,心情相談,心理治療,その他の適当な措置も併せ行われている。調査の結果は総合されて,分類級及び居室配置の決定,保安,作業,教育等の処遇指針の決定,移送の実施,累進の審査,仮釈放申請の審査,釈放に伴う必要な措置等,適切な収容及び処遇の実施に役立てられている。
 分類調査及び分類処遇体制を充実する施策の一環として,高等裁判所の管轄区域に対応して全国8ブロックにそれぞれ置かれている矯正管区ごとに分類センターとしての機能を営む施設(名古屋,広島,福岡,宮城,札幌,高松の各刑務所,川越少年刑務所及び大阪拘置所)が指定されている。
 分類センターの業務
 [1] 新たに刑が確定した受刑者のうち,一定基準(執行刑期が1年以上で,かつ,施設において刑の執行を受けたことのない26歳未満の男子)に該当するものを集めて,精密な入所時調査を行い,入所時調査が終了した者を,その者の収容分類級に該当する処遇施設へ移送する。
 [2] 他の処遇施設において処遇中の受刑者で,精神状況又は行動の異常性が著しいため,特に専門的な精密調査を必要とする者を収容し,精密な再調査及び治療的処遇を実施する。
 [3] 他の施設に対して,受刑者の分類に関する助言・指導,研修及び研究の援助・協力をする。
 (イ)分類処遇
 受刑者については,分類調査の結果に基づいて,収容分類級(収容する施設又は施設内の区画を区別する基準となる分類級)及び処遇分類級(処遇の重点方針を区別する基準となる分類級)が判定される。
 II-24図は,分類級別符号及び内容を示したものである。個々の受刑者については,収容分類級の判定に基づいて収容される行刑施設が決定され,処遇分類級の判定に基づいて具体的な処遇内容が定められる。処遇分類級については,それぞれの級別に対応した処遇を推進するため,処遇基準(分類級別の処遇重点事項)が定められている。
 日本人と異なる処遇を必要とする外国人はF級と判定され,男子は府中刑務所及び横須賀刑務所に,女子は栃木刑務所に収容されている。

II-24図 受刑者分類級

 II-15表は,最近3年間の各年末における収容分類級及び処遇分類級の構成比を示したものである。収容分類級を見ると,平成5年には,前年と比べ,B級,Y級等の構成比が低下し,A級,F級及びL級の構成比が上昇している。処遇分類級については,各年共にG級の占める割合が6割を超えており,受刑者の多くは,処遇の重点が生活態度の改善及び更生意欲の喚起に置かれていることが分かる。

II-15表 受刑者の収容・処遇分類級別構成比

 イ 累進処遇制度
 累進処遇制度は,受刑者の自発的な改善への努力を促すために設けられたもので,刑の執行の過程に4個の階級を設け,入所当初の最下級(4級)から,その行刑成績に応じて順次上級に進級させ,それにつれて漸進的に優遇の付与及び自由制限の緩和を行って社会生活に近づけるとともに,共同生活における責任を加重することにより,社会適応化を図ろうとする処遇方法である。
 II-16表は,平成5年における出所受刑者の出所時累進処遇階級を見たものである。

II-16表 出所受刑者の出所時累進処遇階級別構成比

 ウ 開放的処遇
 開放的処遇は,施設のの物的設備と人的措置における拘禁度を緩和し,受刑者の自律心及び責任感に対する信頼を基礎とした処遇形態である。
 開放的処遇は,1955年の犯罪防止及び犯罪者の処遇に関する第1回国連会議で決議され,1957年の国連経済社会理事会により承認された「被拘禁者処遇最低基準規則」にも,その必要性及び有用性が盛り込まれており,世界各国において著しい展開を見せている。
 我が国の開放的処遇は,交通事犯禁錮受刑者が急増した昭和30年代半ばから,これら受刑者に対する特別な処遇方法として,本格的に実施されるようになった。さらに,交通事犯懲役受刑者の増加に伴い,交通事犯懲役受刑者のうち所定の基準にかなう者に対して開放的処遇を実施している。
 交通事犯受刑者に対する開放的処遇の拡大と並行して,女子刑務所における開放的処遇の拡大が図られてきており,また,一般の男子受刑者についても,昭和45年黒羽刑務所に喜連川刑務支所が開設され,農業土木の職業訓練を中心に開放的処遇が実施されているほか,他の施設においても,構外作業の形態などにより開放的処遇が逐次展開されており,この種のものとして,最上農場(山形刑務所),鱒川農場(函館少年刑務所),大井造船作業場(松山刑務所)等がある。
 これらの開放的処遇を行う施設では,居室,食堂,工場等は原則として施錠せず,行刑区域内では戒護者を付けず,面会もなるべく立会者なしで行わせており,生活指導,職業訓練等,社会復帰に必要な教育的処遇を積極的に実施している。
 (2)教育活動
 行刑施設における教育活動は,入所時教育,教科教育,通信教育,生活指導,出所時教育等から成っており,受刑者の改善更生を図り,社会復帰を促進させる上で重要な役割を果たしている。近年,各施設においては,個々の受刑者の特性や問題性に着目した効果的な指導方法の導入に意欲的な取組がなされている。
 入所時教育においては,新たに入所した受刑者に対して,矯正の目的と機構,生活心得や遵守事項等の所内規則,処遇の概要,保護関係の調整,釈放後の生活設計等の教示及び指導を行うとともに,入所時の精神的安定を図り,矯正処遇の目的と実際を理解させ,有意義な受刑生活を送り,社会に復帰するために必要な心構えをもつよう指導している。
 教科教育は,それを必要とする受刑者に対して実施されている。教科内容について見ると,義務教育未修了者及び修了者中で学力の低いものに対しては,国語,数学,社会その他の必要な科目の履修又は補習を行っている。さらに,向学心のある者に対しては,高校通信制課程を受講させており,平成5年度(会計年度)には12人が卒業証書を授与された。5年中の教科教育実施人員は3,814人であり,その教育程度別内訳は,義務教育未修了者303人,義務教育修了のみの者2,118人,高校中退者703人,同卒業者463人などとなっている。
 通信教育は,受刑者の一般教養,職業的知識・技術等の向上を図ることを目的として行われる社会通信教育等である。受講者には,受講に要する費用の全額を国が負担する公費生と,受講者自らが負担する私費生とがある。平成5年度(会計年度)中の受講者は.2,965人で,その受講内容は,簿記,書道,ペン習字,英語,電気・無線等である。
 生活指導については,受刑者の自覚に訴え,規則正しい生活習慣及び勤労の精神を養い,共同生活を営む態度,習慣,知識等をかん養することを目的とし,受刑者の日常生活を通じて,規律訓練,講話,読書指導,クラブ活動,各種集会,委員会活動(受刑者の中から給食,衛生,図書,放送,文化等の各委員を選び,当該活動が円滑かつ効率的に行われるようにするための一種の役割活動)等を行わせるとともに,個別又は集団カウンセリングを実施している。また,生活指導では,受刑者各人のもつ諸問題について,適切な助言・指導を行うことが重要であるが,この指導には,行刑施設の職員に加えて民間の学識経験者の協力も得て実施している。
 出所時教育は,受刑者処遇の総仕上げとしての意味をもち,社会情勢,出所に関する諸手続,更生保護,職業安定,社会福祉等に関する説明,釈放後の生活設計に関する助言・指導,出所に当たっての心身の調整等,出所後,社会生活への円滑な移行に役立たせるためのプログラムが準備され,受刑者の自律心をかん養するために,できる限り社会生活に近い環境と開放的な雰囲気の中で行われている。
 II-17表は,最近3年間における施設外教育活動の実施状況を示したものである。

II-17表 施設外教育活動実施状況

 (3)篤志面接委員制度及び宗教教海
 ア 篤志面接委員制度
 篤志面接委員制度は,個々の受刑者の抱えている精神的悩みや,家庭,職業,将来の生活設計等の問題について,民間の学識経験者,宗教家,更生保護関係者等の助言・指導を求めて,その解決を図ろうとするもので,昭和28年に発足し,以来,年々活発となり,重要な処遇手段の一つとして定着している。篤志面接委員は,学識経験者,宗教家,更生保護関係者等の中から,矯正施設の長が推薦し,矯正管区長が委嘱するものであり,任期は2年で,再委嘱を妨げない。
 平成5年末現在における篤志面接委員数は,II-25図のとおりであり,5年における篤志面接相談内容別実施回数は,II-26図のとおりである。

II-25図 篤志面接委員数

II-26図 篤志面接相談内容別実施回数

 篤志面接委員相互の研さんをより深め,連帯をより強化して篤志面接活動の一層の充実を期するため,各施設単位,各矯正管区単位及び全国的規模で,講演,協議,研究発表,事例研究等を内容とする積極的な研さん活動が続けられており,また,篤志面接活動の充実を図るため,全国組織として財団法人「全国篤志面接委員連盟」が結成されている。
 イ 宗教教誨
 宗教教誨は,信仰を有する者,宗教を求める者及び宗教的関心を有する者の宗教的要求を充足し,宗教的自由を保障するために,民間の篤志宗教家(「教誨師」と呼ばれる。)により実施されている。宗教教誨は,受刑者がその希望する宗教の教義に従って,信仰心を培い,徳性を養うとともに,心情の安定を図り,進んで講師の契機を得ることに役立たせようとするものである。無期その他長期刑の受刑者はもとより,短期刑の受刑者に対しても,優れた成果を上げている。
 平成5年の宗教教誨の実施状況及び5年末現在における教誨師数は,II-18表のとおりである。

II-18表 宗教教誨実施状況

 教誨師が正式に制度化されたのは,明治14年の監獄則改正のときで,以来,,日本国憲法制定までの間は,官吏の身分を有する教海師が施設に常駐していたが,現在は民間の篤志宗教家が教誨師として活躍している。ほとんどの教誨師は,施設単位又は都道府県単位で教誨師会を組織し,これに加入している。全国組織として,財団法人「全国教誨師連盟」があり,また,各矯正管区単位に地方教誨師連盟がある。
 (4)刑務作業
 ア 概  況
 刑務作業は,受刑者の改善更正及び社会復帰を図るための重要な処遇の一つであり,受刑者の労働意欲のかん養,職業的技能および知識の習得,忍耐心・集中心の養成を図ることなどを目的として行われている。
 刑務作業の形態は,その性質・目的から,生産作業,職業訓練及び自営作業(炊事,洗濯,清掃等の施設の自営に必要な作業(経理作業)と新営,改修等施設の直営工事に必要な作業(営繕作業)がある。)に分かれており,その業種は,木工,印刷,洋裁,金属等20余種に及び,受刑者は,各人の適性等に応じそれぞれの業種に指定され就業している。
 刑務作業は,刑法上定役に服することが義務とされている懲役受刑者が行う作業を中心として実施されているが,ほかにも,労役を課することとされている労役場留置者の作業と,法律上は作業を強制されない禁錮受刑者,未決拘禁者等による請願作業が含まれる。平成6年3月末における請願作業に就業した者の比率は,禁錮受刑者では94.5%,未決拘禁者では1.0%となっている。
 平成5年度(会計年度)における刑務作業の状況を見ると,いわゆるバブル経済の崩壊以降の景気低迷の影響を受け,刑務作業契約の相手方からの解約・減産の申出が急増し,作業運営上,困難な面があった。しかし,作業の導入,確保に工夫を凝らし,1日平均3万5,587人が就業し,年間約33億円の作業費を使用して約140億円の収入を得ている。
 II-27図は,就業人員を形態別に,II-28図は,生産作業就業人員を業種別に,それぞれ見たものである。
 なお,昭和58年度(会計年度)から,国の行財政改革の方針に沿って,製作収入作業に要する原材料費(年間約40億円)を削減し,これに代わって財団法人矯正協会刑務作業協力事業部が国に材料を提供し,製品を販売するという,いわゆる第三セクター方式による作業(事業部作業)が開始され,10年余が経過したが,その運営は,順調に推移し,有用作業の導入,作業量の確保の面で大きな役割を果たしている。同事業部では,昭和59年,矯正協会刑務作業協力事業部の英訳,Correctional Association Prison Industry Cooperationの頭文字をとったCAPIC(キャピック)というブランドを商標登録した。キャピック製品は,年1回,東京で開催される全国矯正展をはじめ,各地の矯正展等で展示・即売され,好評を博している。また,行刑施設の中には,キャピック製品等の常設展示場を設けているところが少なくない。

II-27図 刑務作業の形態別就業人員構成比

II-28図 生産作業における業種別就業人員構成比

 イ 職業訓練
 職業訓練は,受刑者に対し,職業に必要な技能を習得させ,又はその技能を向上させることを目的として,総合訓練,集合訓練及び自所訓練の三つの類型で行われており,できる限り,公の資格又は免許を取得させるように努力が払われている。
 総合訓練は,全国各施設から適格者を選定し,指定された7か所の総合職業訓練施設(福井,山口及び山形の各刑務所,川越,奈良,佐賀及び函館の各少年刑務所)において実施されている。集合訓練及び自所訓練は,それぞれ各矯正管区及び施設ごとに訓練種目を定めて実施されており,平成5年度(会計年度)では,集合訓練施設は30か所,自所訓練施設は33か所となっている。
 II-19表及びII-20表は,平成5年における職業訓練種目別修了人員及び資格又は免許の取得人員を示したものである。
 ウ 構外作業
 構外作業は,刑務所が管理する構外作業場において行われるほか,民間企業の協力を得て,一般事業所においても実施されている。実施の態様としては,作業場に泊り込んで行う「泊込作業」と施設から作業場へ通勤して行う「通役作業」とがある。作業の内容は,主として農耕・牧畜,木工,金属,造船等である。特に,泊込作業として行っている松山刑務所所管の大井造船作業場,尾道刑務支所所管の有井作業場及び札幌刑務所所管の角山農芸学園並びに通役作業として行っている加古川刑務所所管の神戸鉄工団地等では,綿密な作業計画の下に開放的処遇を行い,良好な成績を維持している。

II-19表 出所受刑者の職業訓練種目別修了人員

II-20表 出所受刑者の資格・免許取得人員

 エ 就業条件
 就業者の作業時間は,1日につき8時間,4週間につき168時間とされていたが,平成4年5月1日から,1日につき8時間,1週間につき40時間に短縮され,原則として土曜日及び日曜日が休日とされた。なお,作業中の休息時間が認められている。また,作業環境や作業の安全及び衛生については,労働基準法,労働安全衛生法等の趣旨に沿ってその整備が図られている。
 一方,就業者が作業上不測の事故により災害を受けたときなどは,手当金(死傷病手当金)が支給される。
 刑務作業の収入は,すべて国の収入となるが,作業に従事した者に対しては作業賞与金が支給される。この賞与金の性格は,就労の対価としての賃金ではなく,恩恵的・奨励的なもので,原則として釈放時に支給されるが,在所中家族あてに送金すること,又は所内生活で用いる物品の購入等に使用することが許されている。
 作業賞与金は,毎年増額が図られており,平成5年度(会計年度)の1人1か月当たりの平均作業賞与金計算高は,3,417円となっている。
 なお,受刑者には一定の条件の下で,余暇時間内に自己の収入となる自己労作,いわば受刑者の内職を行うことが許されており,平成6年3月末現在,344人が自己労作に従事し,1人1か月平均4,490円の収入を得ている。
 (5)給   養
 受刑者には,その体質,健康,年齢,作業等を考慮して,必要な食事及び飲料が支給されるほか,日常生活に必要な衣類,寝具,日用品等が貸与又は支給されている。
 食事については,主食は,1等食(1日2,400 kcal),2等食(同2,300kcal),3等食(同2,100 kcal),4等食(同1,800 kcal)及び5等食(同1,700 kcal)の5等級に分けられ,米麦の混合は,重量比でおおむね米70対麦30とされている。副食は,1日800 kcalを下らないように努めるものとされており,1日の副食費は,平成6年度(会計年度)では,成人受刑者1人当たり349.88円,少年受刑者は395.47円となっている。このほか,正月用特別菜代として1人1日当たり250円(正月3が日計750円)が,祝祭日菜代及び誕生日菜代として1人1日当たり60円が,行事用特別菜代として年間1人当たり600円が計上されている。
 なお,病人,妊産婦等については特別の配慮がなされているほか,日本人と著しく食習慣を異にする外国人についても,それにふさわしい内容の食事となっている。食事は,健康保持上必要であるのみならず,収容されている者の心情安定にも重要な影響を及ぼすことから,その改善向上が図られており,献立の作成,調理の方法,配食の方法等について給食関係の専門職員の工夫と努力により,適正な給食管理の実現のための配慮がなされている。
 衣類,寝具については,特に,保温,衛生,体裁等に考慮が払われており,日用品の一部については,購入や外部からの差入れも認められている。
 (6)医療及び衛生
 行刑施設には,その規模や業務内容に応じて,医務部又は医務課が置かれ,医師その他の医療専門職員が配置されて,施設における医療及び衛生関係業務に従事している。
 受刑者の診療は,原則として施設の医師によって行われるが,必要な場合には,外部の専門医師の診療を受けさせ,また,施設内で適当な治療を施すことができないときは,施設長の判断で一時外部の病院に入院させ,医療措置に万全を期している。
 行刑施設における医療体制は,社会の医療内容の高度化・専門化に対応して充実を図る必要があるため,全国に五つの専門的に医療を行う施設として八王子,岡崎及び城野の各医療刑務所並びに大阪及び菊池の各医療刑務支所が設置されているほか,全国で六つの医療重点施設(府中,名古屋,広島,福岡,宮城及び札幌の各刑務所)が指定されている。これらの施設に医療機器や医療専門職員を集中的に配置して,各行刑施設に収容されている者のうち,専門的な医療を要する者及び長期の療養を要する者をこれらの施設に収容し,十分な医療措置が受けられるよう努めている。
 行刑施設の医療専門職員の定員は,平成5年4月10現在において,II-21表のとおりである。
 矯正施設における医療専門職員の充実を図る方策として,医師については,昭和36年から矯正医官修学生(医学を専攻する大学生で将来矯正施設に勤務しようとする者に対し,修学資金を貸与し,その者が一定期間矯正施設の医師として勤務すれば返還の債務が免除される。)の制度が設けられている。また,看護士(婦)については,41年に八王子医療刑務所に准看護士養成所が設けられ,開設以来平成6年3月末までに同所を卒業した准看護士(婦)は538人に上る。
 なお,医務部課には,医療専門職員のほか副看守長,看守部長等が配置されている。これらの職員は,診察の受付,診療録の保管,統計等の事務を掌理するとともに,保健医療にかかわる生活指導者(メディカル・ソーシャル・ワーカー)としての役割を担い,病気の受刑者に対し,随時面接指導を行うなど・して,これらの者の心情安定を図り,保健意識を高め,医療専門職員の施す医療処遇が円滑に実施されるよう側面からの援助を行っている。

II-21表 医療関係職員定員

 (7)保   安
 行刑施設の保安(施設の安全及び秩序を維持する作用)は,受刑者の処遇が円滑に行われるための基盤となるものである。
 行刑施設の保安の状況を把握できるものの一つとして,逃走,殺傷等のいわゆる刑務事故がある。II-22表は,昭和50年及び最近3年間について刑務事故の発生状況を見たものである。平成5年における事故の発生件数は10件で,保安の状況はおおむね安定しているといえる。暴力団関係者,覚せい剤事犯者等の処遇困難者を多数収容している中で,事故の多発を防いでいるのは,分類処遇が効果的に行われていること,給養その他の処遇水準の低下の防止に努めていること,職員の指導が適切に行われていることなどのほか,適切な保安対策が講じられてきたことによるものと考えられる。

II-22表 行刑施設事故発生状況

 ところで,受刑者の中でも,取り分け暴力団関係者は,ややもすると所内で結束して職員に反抗したり,他の受刑者を威圧したり,他の受刑者集団と反目対立するなどして重大な事故を招きやすく,また,覚せい剤事犯者の中には,暴力団と関係のある者が多く,処遇に当たっての保安上の問題を抱える者も少なくない。II-23表は,昭和50年及び最近3年間の各年末における受刑者中に占める暴力団関係者の収容状況を見たものである。受刑者総数に占める暴力団関係者の割合は,依然として高い比率を示している。暴力団関係者の処遇に当たっては,組織からの離脱指導を積極的に行うとともに,厳正な規律と秩序の維持に格段の注意を払い,受刑者間の人間関係をよく把握し,地元暴力団関係者の分散収容を行うなど,特に厳格な方針をもって対処している。近年,処遇困難者を多数収容しているにもかかわらず,刑務事故の発生件数は比較的低い数値で推移しているが,これには,このような暴力団関係者に対する処遇方針が大いに寄与しているといえる。

II-23表 暴力団関係受刑者数

 (8)不服申立制度
 被収容者が施設の処置に対して不服のあるときは,一般的な制度としての民事・行政訴訟,告訴・告発,人権侵犯申告等によることもできるが,現行監獄法令上,法務大臣又は巡閲官(法務大臣の命を受けて行刑施設に対する実地監査を行う法務省の職員)に対し情願を申し立て,又は行刑施設の長に,対し面接(所長面接)を申し出ることもできる。
 情願は,大臣に対しては書面で,巡閲官に対しては書面又は口頭で行われるが,いずれも申立ての内容が事前に施設の職員に知られないよう秘密の申立てが保障されている。情願の法的性格は,請願の一種とされ,申立てに対する回答の義務はないものと解されているが,行刑の実際においては,申立事項について矯正管区等の特に指定された職員が十分な調査を行っており,さらに,申立人に対し結果を通知するなど誠実な処理がなされている。また,所長面接も,代理者による実施を含め,活発に運用されている。

II-24表 被収容者の不服申立件数

 II-24表は,昭和50年及び最近3年間における不服申立件数を見たものである。
 (9)女子受刑者の処遇
 新受刑者の中で女子の占める比率は,昭和55年には3.0%であったが,59年に4.0%になり,それ以降,4%台が続いている。平成5年の女子新受刑者は,919人,4.3%である。
 女子受刑者を収容する施設は,栃木,和歌山,笠松,岩国,麓の各刑務所及び札幌刑務支所の6か所であり,男子刑務所のように施設ごとにA級,B級等の収容分類級に応じて収容することはできないが,施設内における工場,居室の指定等に当たっては,収容分類級が考慮されている。
 女子施設における処遇は,情緒の安定性を養うこと,家庭生活の知識と技術を習得させること,保護引受人との関係の維持に努めることなどが,重点事項として行われている。また,開放的な雰囲気で,収容に伴う心理的な圧迫感をできる限り少なくするよう,所内の調度品等についても配慮がなされている。
 一般的に,女子受刑者は,男子受刑者よりも所内における規律違反行為が少なく,したがって,II-29図に見るとおり,懲罰回数も少ない。

II-29図 出所受刑者の懲罰回数別構成比

 職業訓練の種目には,家庭生活の知識や技術の習得に役立つものとして,調理,家事サービス,洋裁,美容等があり,教養と趣味を身に付けさせるため,通信教育や所内の教養講座の受講が奨励され,短歌,俳句,茶道,生け花,器楽,コ-ラス等のクラブ活動が行われている。
 なお,昭和56年以降,覚せい剤事犯で入所する者が女子新受刑者の半数を超えていることなどから,薬害防止のための教育が活発に行われているほか,暴力団と関係のある者に対しては,個別的に暴力団との関係を絶たせるための指導を行い,かつ,父母など親族の者との関係の緊密化についての援助に努めている。
 女子受刑者の医療及び母子衛生には,特別の配慮が払われている。殊に,受刑者が妊産婦である場合は,特別の保護的措置が執られており,出産は外部の病院で行わせている。さらに,受刑者が1歳未満の実子を伴う場合には,必要と認める場合に限り,その乳児を刑務所内の保育室で1歳になるまで育てることも許される。1歳を超えた乳児は,一般の乳児施設又は保護者のもとに預けられる。