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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/七/3 

3 西ドイツにおける生命犯に対する刑法の規定

 ドイツ刑法は,犯情の重い一部の殺人を謀殺(Mord)とし,その他を故殺(Totschlag)としている。謀殺の法定刑は,第二次世界大戦中までは死刑であったが,戦後の憲法は死刑を廃止したため,現在は終身重懲役である。現行法で謀殺者とされているものは次のとおりである。
(a) 殺人嗜好わら,性欲の満足から,物欲から,またはその他の下劣な動機から人を殺す者
(b) 背信的に,残酷に,または公共に危険を生ずべき方法を用いて人を殺す者
(c) 他の犯罪を可能にし,または隠蔽するために,人を殺す者
 右品(a)は,犯罪の動機によって謀殺とされるもので,動機が下劣であることを要件とする。下劣とは,社会倫理的の標準からとくに卑劣で,したがって軽べつすべきものであることで,その例として殺人嗜好と性欲の満足と物欲があげられているわけである。物欲による殺人には,強盗殺人のほか,財産を相続するために被相続人を殺害するもの,生命保険金を得るために被保険者を殺害するもの等がこれにあたる。次に(b)は,犯罪実行の方法によって謀殺とされるもので,背信的とは,相手方が自己を信用している無防禦の状態を利用するものをいう。暗殺はその代表的なものである。残酷とは,死亡に必要な程度をこえて身体的または精神的の苦痛を加える方法をとることである。公共に危険を生ずべき方法とは,不特定の他人の危険を生ずべき方法であって,たとえば,爆発物の使用,交通機関の転覆等の方法をとるものがこれに属する。(c)は犯罪の目的によって謀殺とされるもので,窃盗等の犯罪を可能にするために看視者または防禦者を殺害するもの,自己の犯罪事実についての目撃証人を殺害するもの等がこれにあたる。
 以上の謀殺にあたらない通常の殺人が故殺であって,その法定刑は五年を下らない重懲役であるが,とくに重い場合は終身重懲役とされる。ただし,相手方に挑発行為があって激怒にかられた場合等の酌量すべき事情があるときは,六月を下らない軽懲役(五年以下)とされる。なお,以上の謀殺,故殺には嬰児殺を含まない。嬰児殺は三年を下らない重懲役をもって罰し,酌量減軽すべき事情があるときは,六月を下らない軽懲役とされる。次に,傷害致死の法定刑は,三年を下らない重懲役または軽懲役,強盗致死は,一〇年以上の重懲役または終身重懲役である。次に未遂については,終身重懲役については三年を下らない重懲役まで,その他の刑については既遂に科せられる自由刑の四分の一にまで,それぞれ軽減することができる。
 なお,謀殺その他について定められている終身重懲役は,死刑廃止後の現在においては,死刑に代わるべき最も重い刑たる性質を有する。終身重懲役は,文字どおり終身拘禁することを原則とし,わが国の無期懲役とは違って仮出獄の規定の適用はないから,これより重い刑とみることができる。すなわち,個別恩赦によって減刑された場合に限って釈放される可能性を生ずるにすぎず,この恩赦は例外的の場合に適用されるにすぎない。次に重懲役は一般に重い犯罪についての刑とされ,刑期も終身または一年以上一五年以下で,軽懲役は五年以下にすぎない。そして重懲役については,法律上種々の点で軽懲役に比し重い取扱いをするように規定されている。