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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第六章/二 

二 精神障害の発現頻度

 文明の進歩発達,社会の複雑化に伴い,われわれの周囲には精神障害者が増加する傾向にあるといわれているが,現在わが国にはどれ位の精神障害者がいて,どのような処遇をうけているかを明らかにしておくことは,精神障害者の犯罪を理解するうえに,きわめて重要なことである。
 昭和二九年に行なわれた精神衛生実態調査の結果によれば,全国における精神障害者の推定数は,精神病四五万人,精神薄弱五八万人,その他二七万人,合計一三〇万人である。
 これら精神障害者のうちで,現に精神病院または精神病室に入っているものはそのうちのわずか二・五%で,在宅のまま精神科専門医の指導を受けている者一・四%を加えても四%にみたない。なお診断の結果では,施設に収容を要するものは四三万人,在宅のまま精神科専門医の治療または指導をうける必要があると認められたものは三九万人であるから,その必要性が実際にみたされている者は六%にみたないことになる。
 昭和三一年に厚生省で実施された全国の在院精神障害者実態調査および昭和三五年の在宅精神障害者実態調査の結果によれば,精神障害者総数の一五%を占めている精神分裂病患者は,在院患者では七〇%に達している。
 在院精神障害者の中で,精神分裂病に次いで多いのは梅毒性精神病の八・三%,繰うつ病三・七%,てんかん三・七%,中毒性精神病二・三%で,精神薄弱は三%,精神病質は一・四%である。ところで精神神経科の病院または診療所を訪れた新受診患者の内訳をみると,神経症患者が二九・三%で最も多く,精神分裂病は二四・八%でこれに次いでいる。躁うつ病,てんかん等はそれぞれ八%および一〇%で,在院患者におけるより若干比率が高くなっている。
 ここで注意しなければならないことは,精神神経科の病院または診療所を訪れたり,病院に入院している患者の中での精神薄弱または精神病質の比率が五%にみたないからといって,これらの精神障害者の実数がその割合で少なくはないことである。
 精神薄弱は知能障害の程度に従って,通常白痴(重症),痴愚(中等症),軽愚(軽症)に分けられる。精神薄弱の出現率については,すでに三〇年ほど前から世界各地で研究がなされており,アメリカではだいたい国民の三%前後と推定されている。昭和二八年に文部省の行なった実態調査によれば,小学校児童については白痴〇・〇三%,痴愚〇・六%,軽愚三・九%,合計四・五%とみなされ,中学校生徒では白痴〇・〇七%,痴愚〇・五%,軽愚六・七%,合計七・三%と目されている。また昭和二八年における厚生省の調査によれば,満一八歳未満の要保護児童の中で,精神薄弱は七八,三〇〇人いるが,その中で児童福祉施設に収容を要するものは三四,七〇〇人である。しかし実際に精神薄弱児施設に収容されているのは,昭和三六年五月現在で八,八七〇人にすぎない。
 精神病質者が一般人口中にどれ位いるかは明らかでない。外国の学者の推定によれば,一%前後というものから一〇%とみる者まであって,他の精神障害のように明確な線が出ていない。それは,後にも述べるように,精神病質の概念がかならずしも明確でなく,診断が容易でないことにもよるが,彼等の多くが社会不適応を起こして犯罪や非行に陥り,矯正施設に収容され,一般の精神病院や診療所を自ら訪れることが少ないことにもよっている。
 このようにみてくると,わが国では精神衛生施設の不備から,なお数多くの精神障害者が,必要とする専門的処遇を与えられないままに放任されていることがわかる。
 なお,昭和二五年に制定された精神衛生法によれば,もし入院させなければ自身を傷つけ,あるいは他人に危害を及ぼすおそれのある精神障害者は,都道府県知事の権限によって,強制的に病院に入院させることのできる制度になっている。
 このような入院を「措置入院」とよび,この措置によって入院している患者の数は年々千人位ずつ増加してきているといわれているが,昭和三五年度で一一,六八八人である。この数は,自傷他害のおそれのある公安上危険な患者の推定数一〇万人の一割にすぎない。適当な収容施設の得られない残りの精神障害者が,十分な指導や保護のないままに犯罪や非行に陥ることは容易に予想されるところである。