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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第二章/三 

三 犯罪の都市集中化の傾向

 人口の都市集中化の傾向は,最近とくに顕著にあらわれているが,人口が都市に集中すればするほど,都市における犯罪の発生件数は増加する傾向を生ずるといわれている。これは,わが国に限らず,世界共通の現象であるが,わが国においては,犯罪の発生件数をその人口との対比でみた犯罪生起率は,農山村より都市が高く,とくに大都市においては著しい高率を示している。
 最近のわが国の人口の動きをみると,人口が大都市に集中する結果,大都市の周辺にはさらに中小都市が生じ,農村地帯まで都市通勤者の住宅地帯がのびてゆく傾向にある。このため都市自体よりも都市所在地の都府県を単位として考察する方が都市における犯罪現象をながめるのに適しているとおもわれる場合があり,また,統計も都道府県別に作成されているので,ここではさしあたって,七大都市(東京,大阪,名古屋,横浜,神戸,福岡,京都)所在の都府県と,昭和三五年において刑法犯の犯罪生起率の最も低い七県(福井,岩手,奈良,鹿児島,新潟,長野,三重)とを対比しつつ,犯罪生起率を考察することとする。
 刑法犯につき人口一〇万人に対する犯罪発生件数の率を犯罪生起率とよぶとすれば,七大都市の都府県と低率を示す七県の犯罪生起率は,I-19表のとおりである。すなわち,昭和三五年においては,最高は東京の二,四五四であって,これに次ぐものは,大阪の二,三四九,福岡の二,一一九,兵庫の一,八七一,神奈川の一,八四八,京都の一,七七五であり,愛知は一,五二二で,七都府県のうちでは最も低い。これを全国的な観点からみれば,第一位から第三位までは,東京,大阪,福岡の順で犯罪生起率の高位を占めているが,これに次ぐものは,北海道であり,以下兵庫,神奈川,山口,香川,愛媛の順となり,京都は第一〇位となっている(I-20表参照)。愛知は,さらに低く,全国平均の犯罪生起率である一,六〇二より下回っている。I-19表は,昭和三〇年における犯罪生起率をも示しているが,これによると,福岡が第一位の二,八三一であり,これに次ぐものが,東京の二,六八八,大阪の二,三八四,神奈川の二,一一八である。

I-19表 全国七大都市所在都府県および犯罪生起率最低の七県の刑法犯発生件数等(昭和30〜35年)

I-20表 都道府県別刑法犯生起率(昭和35年)

 福岡は昭和三〇年の第一位から昭和三五年では第三位におち,犯罪生起率で著しい減少をみせているばかりでなく,実数においても減少傾向をみせているが,この点は前述の三池炭鉱争議のために警察力の大きな部分が奪われ,実際に発生した犯罪を十分に調査して,統計に計上することができなかった影響もあるのではないかと考えられるので,なお検討の要がある。また,東京は昭和三〇年の第二位から昭和三五年には第一位となっているが,犯罪生起率は二,六八八から二,四五四と減少をみせている。これが実相をあもわしているとすれば,好ましい傾向であるといわなければならないが,その原因については,なお検討の要がある。
 次に,これらの都府県の人口の増減をみると,I-21表のとおりである。すなわち,昭和三〇年の人口を一〇〇の指数であらわすと,昭和三五年には,東京が一一九・八で第一位であり,これに次ぐものは,大阪の一一九・〇,神奈川の一一七・〇,愛知の一一一・九であるが,京都は一〇二・九,福岡は一〇二・八と人口増加傾向はほとんどみられない。福岡の犯罪生起率が減少傾向を示していること,京都が七都府県のうちで犯罪生起率の低位にあることは,人口の増加率が低いことと関係があるとおもわれるが,犯罪生起率は,人口の増加のほかに他のいろいろの要素によって影響されることはいうまでもない。
 次に刑法犯の主要罪種別にこれらの都府県の一般的傾向をながめてみよう。

I-21表 七大都市所在都府県および犯罪生起率最低七県の人口等(昭和30,35年)

 まず窃盗についてみると,付録-2表3表に示すように,昭和三五年における窃盗の犯罪生起率の最も高いのは大阪の一,八七四で,これに東京の一,八五三がつづいている。大阪,東京は,犯罪生起率の低い福井,岩手の約四倍,また,奈良,鹿児島の約三倍となっている。愛知は,窃盗の全国平均一,一一二より低い一,〇九九を示し,大阪または東京の約六割を占めるにすぎない。強盗は,東京が一一・八と最も高く,これに大阪の一〇・八がつづいているが,強盗の全国平均の犯罪生起率は五・六であるから,東京,大阪は,ほぼその二倍にあたるわけである。また,最低の福井(一・一)の約一〇倍,岩手(二・五),鹿児島(一・九),新潟(二・二)の約五倍の犯罪生起率を示していることになる。しかし,京都(五・一),愛知(四・五)は,いずれも全国平均より低率であり,東京,大阪の二分の一前徒にすぎないことは注目に値する。
 殺人は,福岡が六・二で全国最高であって,こわに大阪の四・四がつづいている。昭和三五年における殺人の犯罪生起率の全国平均は二・八であるが,東京は二・四,神奈川は二・六と全国平均に達していない。京都は一・六を示して新潟の一・三とともに最も低い水準にある。奈良(三・二),岩手(二・九)が東京,神奈川より高率である点は,注目を要するところである。
 傷害は,東京の九八・五,神奈川の九六・四が最も高く,これに福岡の八〇・五,大阪の七九・〇がつづいている。ただし,福岡は,昭和三〇年においては一〇〇・五を示し,全国最高であったが,その実数は昭和三一年に減少した後昭和三四年まで増加し,昭和三五年に大幅に減少している。福岡では最近炭鉱労働者が減少しているので,これが傷害の発生にも影響を及ぼしているのであろうが,前述のようにこの統計が実際の犯罪の動きをあらわしているかどうか,なお検討の要がある。傷害の全国平均は,七二・八であるが,京都(六三・八),愛知(四二・三),兵庫(六八・四)はいずれも全国平均に達していない。また,岩手(七〇・六)は,兵庫より高く,奈良(六六・六),鹿児島(六五・六)は,京都よりも高い。最も低率を示しているのは,新潟(四二・一),愛知(四二・三),三重(四四・二),福井(四四・四)であって,東京,神奈川の二分の一に達していない。
 強姦は,奈良が一二・一で全国の最高であるが,同県は昭和三五年がとくに高いだけてあるから,これをしばらく除外すると,神奈川が八・一で最高である。これにつづくのは,福岡の七・〇,大阪の六・七,長野の六・六,東京の六・四である。これによってみると,強姦は,大都市の都府県が必ずしも高率を示すものではないことがわかる。もっとも,強姦の統計には暗教が少なくないから,これらの統計が果たして実相を正確に示しているかどうか疑問がある。
 過失致死傷は,そのほとんどが自動車事故によるものとおもわれるが,昭和三五年には神奈川が二一四・九で全国最高であり,これにつづくのは,愛知の一七二・六,大阪の一四三・二,福岡の一五一・〇,兵庫の一四一・一である。犯罪生起率の全国平均は一二七・六であるが,東京は九〇・三,京都は九九・八であって,いずれも全国平均に達していない。この東京と京都の昭和三〇年以降の実数の推移をみると,京都は毎年増加を示しているが,東京は,昭和三二年まで大幅に増加した後,昭和三三,三四年に若干減少し,さらに,昭和三五年にはやや大幅に減少している。自動車の増加は否定すべくもなく,また,その増加に伴い自動車事故の増加も当然予測せられるところであるが,東京においてその実数が減少したことはどのような理由によるものか,なお検討の要がある。