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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第2章/第2節/2 

2 万引少年の処遇についての国民の考え方

 「総理府世論調査」においては,万引きをした少年に対する処遇について,「一般論として,中学生や高校生がスーパーなどで5,000円程度の品物を万引きした場合には,どのように対応すべきだと思いますか。」との質問に対し(ア)「本人に注意するだけですませる」(以下「本人に注意」と要約する。),(イ)「警察には届けないが,学校や両親には知らせて注意してもらう」(以下「学校・両親に知らせる」と要約する。),(ウ)「警察に届けて注意してもらう」(以下「警察に届ける」と要約する。),(エ)「裁判所で適当な処分をしてもらう」(以下「裁判所の処分」と要約する。)との選択肢の下に回答を求めている。また,法務総合研究所では,これと同じ質問と回答選択肢をもって「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行った。これらの調査結果をまとめたのがIV-8表である。まず,この質問及び回答選択肢に関して留意したいことは,質問の内容が,万引事犯を最も犯しやすい「中学生」又は「高校生」により,同種事犯が多く行われていると思われるスーパーにおいて犯された,金額5,000円程度の品物の万引きという,比較的軽微な事案について,当該犯人である少年の処遇を問うものであるということ,回答選択肢のうち,(ア)及び(イ)は,犯罪や非行を公的に取り扱う警察,裁判所等の司法関係機関には委ねないで済まそうとする趣旨のもの(以下「司法関係機関に委ねないで済ます」ともいう。)で,(ウ)及び(エ)は,一応は,このような司法関係機関に委ねることを前提とするもの(以下「司法関係機関に任せる」ともいう。)と解せられるが,他方において,(ウ)は,警察に届けて「注意してもらう」と表現しているので,注意だけで済まし,司法関係機関による公的ないわゆる「処分」に付することを避ける趣旨と理解することもでき,これを念頭に置いた回答の分析が必要であるということなどであろう。

IV-8表 中高生の万引きに対する扱い(中学生や高校生がスーパーなどで5,000円程度の万引きをした場合,どのように対応すべきだと思うが。)

 そこで,この問題についての国民の意見を見ていくと,一般国民,受刑者及び受刑者の家族を通じ,最も多く選択されたのは,「学校・両親に知らせる」であり,次いで多いのは,「本人に注意」であって,以下,「警察に届ける」,「裁判所の処分」の順となっている。これを,「司法関係機関に委ねないで済ます」立場と「司法関係機関に任せる」立場をとる者とに分けて対比して見ると,前者が一般国民の76.3%,受刑者の80.6%,受刑者の家族の72.9%と圧倒的多数を占めているのに対し,後者は一般国民の15.6%,受刑者の12.6%,受刑者の家族の12.8%にすぎず,また,上記のように,「警察に届ける」を司法関係機関による公的「処分」に付することを避けるという趣旨に解すれば,実に,一般国民の91.1%,受刑者の92.1%,受刑者の家族の85.3%がこの種事犯を犯した少年を穏便に取り扱うべきであると考えていると言うこともできるであろう。なお,その中でも受刑者にあっては,「学校・両親に知らせる」までもなく「本人に注意」するだけで足りると考えている者が38.9%を占め,一般国民や受刑者の家族に比して顕著な高率を示しているが,これは現に罪を犯して服役中の者とそうでない者とにおける罪を犯した少年への寛容度に関しての意識の差と見ることができようか。次に,「その他」の回答をした者は,一般国民で0.6%,受刑者で1.4%,受刑者の家族で0.6%にすぎず,「わからない」と回答した者は,一般国民で7.4%,受刑者で5.4%にとどまっているが,受刑者の家族で13.8%に上っており,これが少年の非行問題一般についての受刑者の家族の無関心あるいは意識の混乱を示すものかどうかは明らかでないが,注目に値するものがあるように思われる。
 それでは,上記のようなこの種事犯を犯した少年の処遇についての国民の考え方は,すべての階層に共通したものと言ってよいであろうか。まず,一般国民の考え方を男女・年齢層別に見たのがIV-9表である。これによれば,「学校・両親に知らせる」を選択する者が,男女別や年齢層を問わず,最も多いことは,全体で見た場合と変わりないが,特に,男子の中では30歳代(56.3%)及び50歳代(56.6%)の者においてこれを選択する率が高く,女子の中では20歳代から40歳代の者(62.7%ないし65.5%)が男子を上回る比率でこれを選択していることが目立ち,他方,「本人に注意」を選択した者の率が高いのは,男女とも20歳代となっている。これを「司法関係機関に委ねないで済ます」立場をとる者と「司法関係機関に任せる」立場をとる者とに分けてみた場合,男子では各年齢層とも前者を支持する者が70%台に達しているが,その中で,中高生を子供に持つ年代と考えられる40歳代の者にあっては「司法関係機関に委ねないで済ます」立場をとる者の率が比較的低いと同時に,「司法関係機関に任せる」立場をとる者の率は,20歳代に次いで2位を占めており,どちらかと言えば,非行少年に対して厳しい考え方を持っていると見られる結果となっている。なお,中高生の年齢に近い20歳代の男子は,一方においては,前記のとおり,「本人に注意」するだけで済ますべきだと考える者が多い反面,他方においては,「警察に届ける」を選択する率が他の年齢層に比べて最も高く,5人に1人に相当する20.0%の者がこれを支持しているのも注目される。これに対し,女子では,「司法関係機関に委ねないで済ます」立場をとる者の率は,20歳代が最も高く(83.3%),年齢層が高くなるにつれてその率は低下(30歳代81.3%,40歳代79.9%,50歳代73.9%,60歳以上68.1%)している一方,「司法関係機関に任せる」立場をとる者の率は,年齢層が高くなるにつれて,わずかながら上昇する結果となっており(20歳代11.3%,30歳代12.2%,40歳代14.9%,50歳代14.7%,60歳以上15.3%),その中でも,中高生を子供に持つ年代と考えられる40歳代及びそれ以上の年齢層の者において,「警察に届ける」を選択した者の占める比率が比較的高く(14.6%ないし14.7%),一般的に,高齢者ほど非行少年に厳しい考え方をする傾向が見受けられる。ちなみに,40歳代の者だけを取り上げて,男女間の意識を対比してみると,「本人に注意」するだけで足りるとする者の比率は男子の方が高く,「学校・両親に知らせる」とする者の比率は女子の方が高く,「警察に届ける」とする者の比率は男子の方が高く,「裁判所の処分」に委ねるとする者の比率も男子の方が高いという結果となっているが,これは,中高生の子供を持つ年代の父親と母親の意識差を微妙に反映しているようにも思われる。次に,職業別に見ると,作表してはいないが,いずれの職業においても,「学校・両親に知らせる」を選択した者の比率が高いこと,なかでも万引きによる被害を被る立場にあると考えられる商工サービス業の自営者においては,「警察に届ける」を選択した者の比率(15.2%)が一般国民全体のそれよりも高くなっている反面,「本人に注意」するだけで足りると考えている者の率はすべての職種の中で最も高い(25.0%)状況にあり,商工サービスを営む自営者の中には,万引きを犯した少年に対して,案外,寛容な考え方を持っている者も多い結果となっていること,学生は,「司法関係機関に委ねないで済ます」立場をとる者の比率が最も低い(60.8%)ばかりか,「警察に届ける」を選択した者の比率はすべての職種の中で最も高く(30.4%),中高生の非行に対し厳しい考え方を持っているように見受けられること,管理職も,「警察に届ける」を選択した者の率が学生に次いで高い(27.3%)ことなどを指摘することができる。なお,都市規模別に見ると,「本人に注意」するだけで足りると考えている者の比率が最も高かったのは,11大市(東京都区部,札幌市,横浜市,川崎市,名古屋市,京都市,大阪市,神戸市,広島市,北九州市及び福岡市をいう。以下同じ。)で(23,3%),特に,東京都区部では高率(28.9%)となっており,「学校・両親に知らせる」を選択した者の比率が最も高かったのはその他の都市(58.8%)であり,「警察に届ける」を選択した者の比率が最も高かったのは町村(17.5%)となっている。
 以上のように,中学生や高校生がスーパーなどで5,000円程度の万引事犯を犯した場合における当該少年の処遇については,国民の約7割が,「本人に注意するだけで済ませる」か,「学校や両親には知らせて注意してもらう」ことで足りると考えており,また,国民の約半数が「学校や両親には知らせて注意してもらう」を選択したという事実は,非行少年の改善更生にとって,学校の果たすべき役割と両親のそれとに大きな差異があってしかるべきであるとはいえ,ともかくも,多くの国民が,この種の非行を犯した少年の再犯防止と健全育成については学校や家庭の両親が基本的な役割を果たすべきだとの認識を持ち,それに期待を寄せていることを示したものと見ることもできよう。

IV-9表 中高生の万引きに関する一般国民の考え方(男女・年齢層別)(中学生や高校生がスーパーなどで5,000円程度の万引きをした場合,どのように対応すべきだと思うか。)