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 昭和59年版 犯罪白書 第2編/第5章 

第5章 展  望

 以上見てきたように,物質的には「豊かな社会」を実現している我が国の犯罪情勢は,数的な増加とかその犯情の程度だけからでは評価し切れない,社会全般のいわば質の問題とも言える重要な問題を提起しているように思わ}れる。
 すなわち,少年に限らず成人にまで,既に述べたような犯罪の一般化傾向が窺えることは,社会全体の犯罪に対する耐性が低下していることを意味するであろう。このいわば社会の質の問題自体については,犯罪白書において深く論述すべきものではないと考えられるので,ここでは,ことは,単に刑事司法の分野においてだけではなく,広く国民全体の問題として真剣に対処すべきものであることを指摘するにとどめる。
 将来の犯罪情勢に関係すると思われる諸事情について見ると,既に述べたような警戒すべき徴候も少なくはないが,必ずしも消極的な事情だけではなく,積極的に評価される状況も認められる。すなわち,第4編第1章第1節で詳しく分析するように,少年をその出生の年次ごとに全体としてとらえ,その全体についての非行少年の検挙・補導状況の推移を追って観察すると,いずれも,14,15歳ころに高い比率を示したのち,長じて18,19歳になると,これが著しく低下するという,各出生年次共に同じ経過をたどっている。つまり,非行少年だったものも,その大部分は成長に伴って,非行から立ち直っていることが窺われる。社会が広くこうした傾向を認識した上で,非行少年の立ち直りをより容易にするよう,様々な面で手を貸すことが有力な犯罪対策となるであろう。
 さらに,本編第1章第2節で見たように,非行少年の意識も一般少年のそれと比較して決して異常なものでないばかりか,特に少年鑑別所在所少年や保護観察少年のうち非行性の余り進んでいない少年などは,一般少年よりも,かえって堅実と言える意識や判断を示すことが少なくない。こうした傾向には既に述べたように,少年鑑別所在所少年については彼らの処分が未定だという不安定な立場が全く影響していないとは言い切れないが,保護観察少年の場合はその処遇が決まっているし,さらに,調査項目によっては,少年院在院中の者の方が一般少年より堅実とも言える反応を示すこともあることを考えると,その主たる理由は,少年に対しそれぞれの段階で処遇の手が差し伸べられた結果,非行にはしる前に比べて,少年が自分を見つめ,過去を反省し,将来や周囲に思いをめぐらせる機会に恵まれたことの反映であると見るのが相当であろう。刑事司法に従事する者としては,このような結果を正しく,かつ,積極的に評価し,適時適切な処遇に努めることにより,犯罪者・非行少年の更生の実を挙げるとともに,犯罪予防の効果を期すべきものと思われるが,社会の各分野においても,この点の理解が得られ,関係者の努力に対し十分な協力が寄せられるならば,一層その成果が期待されるであろう。