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 昭和57年版 犯罪白書 第4編/第1章/第2節/1 

1 我が国における薬物犯罪の取締り

(1) 麻薬取締法(昭和28年)制定に至る経過
 我が国における麻薬の取締りは,あへんに始まる。あへんに関する禁令は,江戸時代末期からあり,安政4年(1857年)の日蘭追加条約を初め,当時のアメリカとの修好通商条約等の中に,あへんの輸入を厳禁する旨の規定がある。そして,このあへんに関する禁令は,明治維新政府もこれを継承し,明治元年(1868年)の太政官布告第319号で阿片煙草の売買,吸飲を禁止して以来,麻薬に関する法令を逐次整備する措置を講じてきた。以下,その法令を年代順に掲げると,[1]明治3年「販売鵠片烟律」,[2]明治3年「生鵠片取扱規則」,[3]明治3年「新津綱領」巻5雑犯律,[4]明治9年「阿片栽培製錬法」,[5]明治11年「薬用阿片売買並製造規則」,[6]明治13年旧「刑法」,[7]明治30年旧「阿片法」,[8]明治40年現行「刑法」,[9]大正9年「モルヒネ,コカイン及其ノ塩類ノ取締ニ関スル件」,[8]昭和5年旧「麻薬取締規則」,[8]昭和18年旧々「薬事法」,[5]昭和20年「塩酸ジアセチルモルヒネ及其ノ製剤ノ所有等ノ禁止及没収ニ関スル件」,[相]昭和20年「麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止ニ関スル件」,[9]昭和21年「特殊物件中7麻薬ノ保管及受払ニ関スル件」,[相]昭和21年「麻薬取締規則」,[相]昭和22年「大麻取締規則」,@昭和23年旧「麻薬取締法」のとおりである。
(2) 麻薬取締法
 旧「麻薬取締法」は,従来の取締規定を集大成したもので,この法律制定後,麻薬取締りに関する趣旨は国民の間に次第に普及したが,一方では,国際交流の拡大に伴い麻薬の国際的な不正取引や大規模な密輸事犯が増加したため,より効果的な取締りの必要から,昭和28年に現行の麻薬取締法(法律第14号)が制定された。この法律は,麻薬を阿片,コカ葉,モルヒネ,ジアセチルモルヒネ等と定義し,麻薬の使用を医療及び学術研究の用途のみに限定し,麻薬の不正使用を防止するため,麻薬取扱者をすべて免許制として,免許を有する者以外の者の麻薬の取扱いを禁止した。
 その概要は,IV-1表のとおりであり,麻薬の輸入,輸出,製造,製剤,譲渡,譲受,交付,施用,所持,廃棄を禁止し,麻薬の種類並びに営利性,常習性の有無等により,それぞれ法定刑を区別した規定を設けた。ところが,昭和35年ころから麻薬犯罪が逐年増加を見せ,その内容も悪質化し,かつ,麻薬中毒者も増加した。このため,38年に麻薬取締法等の一部を改正する法律(法律第108号)により,麻薬中毒者に対する措置入院制度を新設するなどした上,IV-1表のとおり,罰則を強化して,ジアセチルモルヒネの密輸入等について,最高無期懲役まで科することとした。なお,45年には,麻薬を指定する政令の改正により,幻覚剤であるLSDが麻薬として規制されることとなった。

IV-1表 麻薬取締法の罰則の変遷

(3) あへん法
 あへんは,麻薬取締法により厳重に規制されていたが,終戦後,あへんの原料であるけしの栽培は原則として禁止され,かつ,その輸入も厳重に制限されていたため,医療用の麻薬の製造にも支障をきたし,また,「けしの栽培並びにあへんの生産,国際取引,卸取引及び使用の制限及び取締りに関する議定書」(1953年6月23日署名)を批准する上からも,国内法を整備する必要が生じた。そこで,昭和29年に新たにあへん法(法律第71号)が制定され,麻薬取締法で規制されていたけし及びあへんをあへん法で規制することとし,麻薬取締法についても所要の改正がなされた。このあへん法は,あへんを「けしの液じゅうが凝固したもの及びこれに加工を施したもの(医薬品として加工を施したものを除く。)」と定義し,医薬品として加工を施したもの(あへん末)は,麻薬取締法の規制の対象としている。あへん法の概要は,あへんの使用を医療,学術研究のみに限定し,その適正な供給を図るため,許可制の下にけしの栽培を認め,また,前記議定書の要請に基づいて,あへんの輸入,輸出,一手買取り及び売渡しの権能を国に専属させ(その結果,その経理を規制するため,あへん特別会計法が制定された。),IV-2表のとおり,あへん,けし及びけしからについて,それぞれの違反行為を規定し,更に,営利性,常習性等の有無による加重規定を設けた。その後,38年の前記麻薬取締法等の一部を改正する法律により,IV-2表のとおり,罰則を強化し現在に至っている。

IV-2表 あへん法の罰則の変遷

 なお,刑法第2編第14章の「阿片煙二関スル罪」で,阿片煙及びその吸食器具の輸入,製造,販売,販売目的所持等を規制しているが,ここでいう阿片煙は,あへん法でいうけしの液じゅうが凝固したものに加工を施したものであり,刑法とあへん法ではその規制の対象が一部重複しており,両者に該当する場合は法定刑の重い方によって処断される。
(4) 大麻取締法
 大麻については,昭和5年の旧「麻薬取締規則」で初めて麻薬に指定され,その規制が行われてきたが,20年の「麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止二関スル件」によって,その栽培は全面的に禁止された。そのため,我が国の麻の繊維の需要面に著しい影響が生じ,22年に「大麻取締規則」が制定され,繊維及び種子の採取を目的とする場合に限り,許可制の下に大麻草の栽培を認めるとともに,一方では,大麻の輸入,輸出,所持,販売等の行為を規制した。その後,23年に現行の大麻取締法が制定された。その概要は,大麻(大麻草及びその種子並びにそれらの製品)の取扱いを学術研究及び繊維・種子の採取のみに限定し,大麻の不正使用を防止するため,大麻取扱者を免許制とし,免許を有する者以外の者の大麻の取扱いを禁止している。また,罰則として,大麻の輸入,輸出,所持,栽培,譲受,譲渡,使用等並びに大麻から製造された医薬品の施用,施用のための交付等を禁止し,違反者に対し,3年以下の懲役若しくは3万円以下の罰金,又はこれを併科する旨定められた。その後,28年の大麻取締法の一部を改正する法律(法律第15号)により,大麻の定義を「大麻草及びその製品」に改め,大麻草の種子を規制の対象外とした。更に,38年の前記麻薬取締法等の一部を改正する法律により,罰則を強化し,大麻の輸入,輸出及び栽培違反については,7年以下の懲役,その他の前記違反については,5年以下の懲役に処することとした。
(5) 覚せい剤取締法
 我が国にいては,昭和18年に制定された旧々「薬事法」で,覚せい剤(フェニルアミノプロパン,フェニルメチルアミノプロパン及びその塩類並びにその製剤)を劇薬に指定し,販売規制を行っていたが,終戦直後の混乱した社会情勢を背景に,その濫用が急激にまん延するに至った。25年には,厚生省告示により,覚せい剤を旧「薬事法」(昭和23年法律第197号)による医師の要指示薬品に指定し,販売等の規制を行うこととした。しかし,覚せい剤濫用防止の効果は上がらず,26年に覚せい剤取締法(法律第252号)が制定された。この法律の概要は,覚せい剤の用途を医療及び学術研究のみに限定し,覚せい剤取扱者を指定して,それ以外の者の取扱いを禁止し,IV-3表のとおり,罰則を設けた。その後,覚せい剤の流行に対処するため数次にわたり改正がなされたが,その主なものは,29年(法律第177号),30年(法律第171号)及び48年(法律第114号)の改正であり,これにより,順次罰則の強化がなされた。その経過は,IV-3表のとおりである。

IV-3表 覚せい剤取締法の罰則の変遷