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 昭和56年版 犯罪白書 第1編/第3章/第2節/3 

3 精神障害者の犯罪の特色

(1) 心神喪失者・心神耗弱者の犯罪
 先に掲げた警察庁の統計(I-70表)からも分かるとおり,交通関係業過を除く刑法犯検挙人員中に占める精神障害者及びその疑いのある者の比率は0.8%であるが,精神障害者の犯罪の中には,いわゆる通り魔事件など,社会に衝撃を与え,一般市民を不安に陥れるような重大な事犯が少なくなく,また,同一人によって同種の犯罪が繰り返される事例もまれではないことが注目される。I-73表は,昭和46年から55年までの10年間に,法務省刑事局に報告された心神喪失を理由に不起訴処分に付された者及び心神喪失又は心神耗弱により無罪又は刑の減軽を受けた者の合計5,260人のうち,再犯者2,311人(43.9%)について,本件罪名と直近の前科・前歴の罪名との関係を見たものである。本件罪名と直近の事件の罪名が同じ者は548人(23.7%)となっている。罪名別に同一罪名の者の比率(合致率)を見ると,窃盗(65.3%),詐欺(50.0%),傷害・暴行(40.4%)の順となっている。ここで,他人の生命・身体に対して危害を加えるおそれのある犯罪(殺人,強盗,傷害・暴行)の合致状況を見てみると,982人中,377人が該当し,その合致率は38.4%となっている。

1-73表 精神障害者の本件罪名と直近の前科・前歴罪名との関係(昭和46年〜55年の累計)

 法務総合研究所では,法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査収集した被疑者435人(昭和55年7月1日から同年12月31日までの6か月間に全国の地方・区検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち,犯行時に心神喪失又は心神耗弱と認められた者)及び被告人80人(同期間に第一審裁判所で心神喪失又は心神耗弱が認定されて無罪又は刑の減軽がなされた者)についての資料を分析した。
 上記対象者の性別は,男子437人,女子78人であり,年齢層別では,20歳未満が14人(2.7%),20歳代が149人(28.9%),30歳代が192人(37.3%),40歳代が131人(25.4%),50歳以上が29人(5.6%)となっている。また,本件以前に前科・前歴のある者は241人(46.8%)である。
ア 罪名・精神障害名
 I-74表は,上記対象者の罪名と精神障害名との関係を見たものである。精神障害名別では,精神分裂病が57.5%と過半数を占め,以下,アルコール中毒の13.8%,そううつ病の7.2%の順となっている。罪名別では,殺人と傷害・暴行が同数でそれぞれ21.2%を占めて最も多く,次いで放火の15.5%となっているが,殺人の57.8%,傷害・暴行の62.4%,放火の63.8%は精神分裂病患者によって行われている。
イ 犯罪の被害者
 I-75表は,上記対象者の事件のうち,生命・身体犯の加害者と被害者の関係を見たものである。ここでは1人の加害者が二つ以上の生命・身体犯の罪名を持つ場合には,その各々について計上している。殺人の場合,被害者の72.5%が加害者の親族であるのに対し,強盗及び傷害・暴行では,他人に対するものがそれぞれ92.3%,84.1%を占めている。

I-74表 罪名別・精神障害名別人員(昭和55年7月〜12月)

I-75表 生命・身体犯罪名別被害者(昭和55年7月〜12月)

ウ 処分結果
 I-76表は,上記対象者について,罪名別に処分結果を見たものである。不起訴人員中,心神喪失により不起訴処分に付された者の比率は,殺人が100%と最も高く,以下,放火の88.2%,強盗の78.9%,強姦・強制わいせつの61.5%,傷害・暴行の56.4%の順となっている。一方,窃盗,詐欺などの財産犯では心神喪失を理由に不起訴処分に付された者は少なく,起訴猶予処分に付された者が80%を超えている。以上のことから見て,精神障害者の犯罪では,殺人,放火,強盗,強姦・強制わいせつ等の重大事犯について刑事責任の追求が不能なものが多いと言えよう。
 次に,精神障害名別に心神喪失を認定された者の割合を見ると,I-77表のとおり,精神分裂病が61.8%で最も多く,以下,そううつ病の54.1%,てんかんの50.0%の順となっている。

I-76表 罪名別処分結果(昭和55年7月〜12月)

I-77表 精神障害名別処分結果(昭和55年7月〜12月)

エ 精神衛生法による取扱い状況
 精神衛生法第25条は,「検察官は,精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について,不起訴処分をしたとき,裁判(懲役,禁こ又は拘留の刑を言い渡し執行猶予の言渡をしない裁判を除く。)が確定したとき,その他特に必要があると認めたときは,すみやかに,その旨を都道府県知事に通報しなければならない。」と規定している。

I-78表 犯行後の治療状況(罪名別)(昭和55年7月〜12月)

 I-78表及びI-79表は,この精神衛生法の規定に基づいて検察官が都道府県知事に通報した上記対象者のその後の治療状況を罪名別,精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると,措置入院になった者は,殺人で60.6%,強盗で48.0%,傷害・暴行で48.6%,放火で50.0%であり,それぞれの残りの約40%ないし50%の者が措置入院になっていない。また,殺人の3.7%(4人),強盗の12.0%(3人),傷害・暴行の5.5%(6人),放火の6.3%(5人)については全く医療措置がとられていない。
 次に,精神障害名別に見ると,措置入院になった者は,精神分裂病で53.0%,そううつ病で40.5%,てんかんで62.5%,覚せい剤等中毒で37.5%である。また,精神分裂病犯罪者の3.4%(10人),覚せい剤等中毒犯罪者の15.6%(5人)については全く医療措置がとられていない。

I-79表 犯行後の治療状況(精神障害名別)(昭和55年7月〜12月)

オ 犯行時までの治療歴
 I-80表は,上記対象者について,犯行時までの治療歴の有無を見たものである。治療歴不明の者70人を除く445人中,治療歴のある者は63.8%(284人)を占めている。この者の内訳を見ると,犯行時,治療中の者が133人,通退院後治療を受けていない者が140人,無断離院して治療を受けていない者が11人となっている。このように,犯罪を犯した上記対象者445人中,6割を超える者が治療歴を持つことに加え,犯行時において現に精神障害が認められながら,「通退院後治療なし」と「無断離院」が33.9%(151人)にのぼることが認められる。
カ 入院歴・措置入院期間・出院から犯行までの期間
 I-81表は,上記対象者の精神障害による入院歴について見たものである。入院歴のある者が273人(52.9%),入院歴のない者が221人(42.9%),入院歴の有無の不明の者が21人(4.1%)となっている。入院歴のある者について,精神障害名別に入院歴の比率を見ると,てんかんの75.0%を最高に,以下,精神分裂病の58.8%,アルコール中毒の57.7%となっている。また,入院歴のある者のうち,措置入院歴のある者は45人である。措置入院回数別では,1回の者33人,2回の者6人,3回の者5人,4回の者1人となっており,延べ回数は64回となる。ここで入院期間について入院期間不明の4人4回を除外した延べ回数60回について,それぞれの入院期間を見ると,6月以内が31回(51.7%),6月を超え1年以内が8回(13.3%),1年を超え3年以内が15回(25.0%),3年を超えるものが6回(10.0%)であり,過半数が入院後6月以内で入院措置を解除されている。
 次に,入院歴のある者273人のうち,出院後本件犯行までの期間が不明の35人を除く238人について,出院後本件犯行までの期間を見ると,I-82表のとおり,38.2%が出院後6月以内に,13.4%が6月を超え1年以内にそれぞれ本件犯行を犯しており,結局半数以上の51.6%の者が出院後1年以内に精神障害に起因する犯罪を犯している。罪名別に見ると,殺人では49人中22人(44.9%),強盗では7人中6人(85.7%)が出院後6月以内に本件犯行を犯している。また,出院時の病状の判明している者について出院時の病状を見ると,殺人では43人中12人,強盗では7人中3人,放火では29人中4人,強姦・強制わいせつでは6人中4人がそれぞれ未治ゆで出院している。したがって,犯罪防止の面から見ると,出院の当否あるいは出院後の医療などの点に問題があるように思われる。

I-80表 犯行時までの治療歴(昭和55年7月〜12月)

I-81表 精神障害名別入院歴(昭和55年7月〜12月)

I-82表 罪名別出院から犯行までの期間(昭和55年7月〜12月)

(2) 矯正施設における精神障害者
 昭和55年12月20日現在,全国の刑務所及び少年院における精神障害のある収容者数は,I-83表のとおり,刑務所に3,474人,少年院に224人であり,収容人員に対する比率は,前者が8.6%,後者が6.1%と,前年の比率よりいずれもやや低下している。
 I-84表は,昭和55年における新受刑者のうち,精神診断結果の不詳な者500人を除く2万7,874人について,精神障害名と罪名との関係を見たものである。精神障害のない者は2万6,477人(95.0%)で,精神障害のある者は1,397人(5.0%)である。精神障害名別に見ると,精神薄弱799人,精神病質296人,神経症93人,その他の精神障害209人となっている。各罪名ごとに精神障害のある者の比率を見ると,放火が13.5%で最も高く,以下,窃盗(7.9%),殺人(7.9%),詐欺(7.3%)の順となっている。
 I-85表は,昭和51年に出所した精神障害受刑者(M級)472人とそれ以外の分類級の者2万6,468人について,その後55年末までの4年ないし5年の間の累積再入率を見たものである。出所受刑者のうち,55年末までに45.4%の者が刑務所へ再入所しているが,M級受刑者とその他の分類級の受刑者とに分けて見ると,前者は60.2%で,後者の45.1%に比べかなり再入率が高い。また,55年末までの再入率では,精神病質(Mr級)受刑者が76.3%と最も高いが,出所後1年ないし2年以内の比較的早い時期(52年末まで)に再入所する者が目立って多いのは精神薄弱(Mx級)受刑者であり,再入率は54.1%に達している。

I-83表 矯正施設収容中の精神障害者(昭和54年,55年各12月20日現在)

I-84表 新受刑者の罪名別精神診断(昭和55年)

I-85表 精神障害(M級)受刑者の収容分類級別累積再入率