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 昭和55年版 犯罪白書 第1編/第2章/第1節/3 

3 薬物犯罪の国際比較

 I-38表は,国際連合経済社会理事会麻薬委員会の第6回会議の報告書から,欧米先進4箇国及び日本の麻薬・覚せい剤の押収量を見たものである。各国の押収量は年次によって著しい不均衡があるため,比較の便宜上,1976年から1978年の3年間の平均量を示した。アメリカは,日本と比べると,あへんが約60倍,ヘロインが100倍,大麻が1万倍,LSDが3万倍である。覚せい剤は押収量においては日本より少ないが,米国司法省麻薬局の報告書(1973年)によると,アメリカにおいて1970年に不法使用された覚せい剤は,合法ルートからの不法流用1万3,500kg,密輸入6,500kg,合計2万kg(密造は不明)と推計されている。また,1970年のニュ-ヨーク州の調査によると,高校における覚せい剤の「非医療的使用」の比率は,月6回未満が4.7%,6回以上が1.6%,大学ではそれぞれ5.0%と1.3%,合計各6.3%であり,その消費量は,全アメリカに換算すると高校2,780kg,大学1,180kgと推計されている。イギリス,フランス,ドイツ連邦共和国の3箇国は,覚せい剤を除き,あへん,ヘロイン,モルヒネ,コカイン,大麻,LSDのすべてについて,アメリカほどではないにしても,日本より著しく多い麻薬押収量を示している。

I-38表 麻薬・覚せい剤等の押収量の国際比較

 I-39表は,各国の公的統計書に基づいて,1978年における麻薬・覚せい剤事犯の検挙人員を欧米4箇国及び日本について示したものである。アメリカは,日本と比べると,検挙人員総数約63万人で日本の約32倍,あへん・ヘロイン等で370倍,大麻で350倍,覚せい剤・LSD等の「危険な非麻薬系薬物」で5倍である。欧州3箇国の検挙人員を見ると,日本に比べて,あへん・ヘロイン等と大麻の検挙人員が多く,特に,ドイツ連邦共和国では,前者が和本の約70倍,後者が約8倍である。また,各国ともLSDの検挙人員が日本より著しく多いことが注目される。

I-39表 麻薬・覚せい剤事犯検挙人員の国際比較

 麻薬・覚せい剤事犯の押収量と検挙人員は,各国の「麻薬事情」(drug scene),刑事制裁の軽重,法執行機関の検挙方針の優先順位などの諸要因に依存するため,このような数字から薬物犯罪の動向を正確に比較することはできないにしても,おおよその事情は知ることができる。このような数字及び前記国連報告書の内容等から見ると,アメリカは,薬物犯罪の水準において最も高く,かつ,あらゆる種類の危険な薬物が濫用されており,欧州3箇国においては,あへん・ヘロイン等と大麻が濫用されており,覚せい剤は,濫用薬物としての重要度においては付随的であるように見える。これは,欧米では覚せい剤が疲労回復・活力刺激や肥満体のやせ薬又は抑うつ症の薬として医師の処方によって使用されてきたという経緯,覚せい剤の特に注射による濫用は1960年代初期から始まった比較的新しい現象であること等の事情から,ヘロイン等の最も危険な薬物濫用さえ禁圧できない事情のもとでは,覚せい剤濫用に対する取締りは付随的なものにならざるを得ないためであろう。我が国は,昭和38年まで激増状況にあったヘロイン等の麻薬事犯を,法律改正と国民的運動によって禁圧することに成功したが,45年から覚せい剤事犯が激増傾向を示し,29年をピークとする戦後第一の流行期に次ぐ第二の流行期に入っている。