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 昭和54年版 犯罪白書 第4編/第1章/第2節/4 

4 覚せい剤事犯に対する科刑等の状況

 覚せい剤事犯に対する起訴率を見ると,近年おおむね70%台を維持していたが,昭和52年には82.6%,53年には84.7%となっている。道交違反を除くその他の特別法犯全体の起訴率は,数年来ほぼ60%から70%であるから,覚せい剤事犯に対する検察の厳しい姿勢がうかがわれる。
 起訴された者はほとんど有罪となり,有期懲役刑を言い渡されている。昭和52年の通常第一審裁判における覚せい剤事犯の有罪率は99.9%で,有罪者全員が有期懲役となっている。
 昭和47年以降6年間の通常第一審裁判結果の刑期別構成比及び執行猶予率を見ると,IV-3表のとおりである。言渡し刑期については,48年の法改正による法定刑の引上げの効果が,49年以降のより長期の刑の言渡し事例の発生という結果にあらわれているように思われる。言渡し懲役総数は,この6年間で急増し,52年には47年の7倍近い9,296人に有期懲役刑が言い渡されている。執行猶予率は高く,50年,51年には60%近くの者に刑の執行猶予が言い渡されているが,52年の執行猶予率は前年より3.2%減の56.3%となっている。
 なお,同表に,参考のため,覚せい剤の第一の流行期に当たる昭和27年から32年までの執行猶予率の推移を掲げたが,27年の66.6%から逐年減少して,事犯の激減した32年には31.4%の執行猶予率となっている。
 近時における覚せい剤事犯に対する執行猶予率が高い理由としては,近時一般に社会内処遇の拡充が叫ばれて犯罪者に対する執行猶予の言渡しが多用される傾向にあることのほか,昭和48年の覚せい剤取締法の一部改正により,選択刑としての罰金刑が一部廃止されるなど法定刑が極めて厳格になり,その結果,従来は罰金刑に処せられていたような違反者にも懲役刑が科せられるようになり,犯情等に照らし,実刑を回避する必要のある場合が増大したなどの事情が考えられる。

IV-3表 覚せい剤事犯通常第一審裁判結果の刑期別構成比及び執行猶予率(昭和27年〜32年,47年〜52年)

 ところで,昭和30年代に麻薬事犯が増大したため,38年に麻薬取締法の一部が改正され,前記の48年の覚せい剤取締法改正と同様な法定刑の引上げ・厳格化が図られているが,この麻薬取締法改正の前後にわたる36年から41年までの6年間の麻薬事犯通常第一審裁判結果の刑期別構成比及び執行猶予率を見ると,IV-4表のとおりである。これによると,法改正の翌年である39年の科刑の状況に,3年以上の長期の刑の言渡し比率の増大という法改正の効果ともいうべき結果がはっきりあらわれている。刑の執行猶予率は,37・38年当時は25%台であったが,39年は30.0%,40年は41.7%,41年は69.0%と逐年増大しているが,同時に,言渡し懲役総数も39年以降激減し,事犯終息の傾向にあったことが読みとれる。
 この麻薬事犯に対する科刑状況を前記の覚せい剤事犯に対するそれと対比して見ると,後者の場合には,法定刑の引上げ・厳格化という法改正の効果が前者の場合程に明らかな形ではあらわれていないということができる。また,後者の場合,言渡し懲役総数が激増を続け,事犯終息の兆候は全く見えないのに,執行猶予率だけが高水準を維持しているように思われ,前者の場合と著しい相違を見せている。
 以上は,覚せい剤事犯に対する科刑の状況を統計的資料によって分析したものであるが,次に,若干の特別調査の資料によって,覚せい剤事犯に対する科刑状況について,更に詳細な分析を試みることとする。
 まず,昭和52年中に東京地方裁判所(本庁)で判決のあった覚せい剤取締法違反関係事件のうち,関税法違反を伴う輸入事犯等のごく少数の例外を除いて,罪名が覚せい剤取締法違反の単一罪名によるもの1,357件について,東京地方検察庁で実施した調査の結果を見よう。IV-5表は,前記1,357件について,違反態様別・情状別に見た科刑状況を示したものである。なお,この調査では,覚せい剤事犯に通じて共通する主要な情状を営利目的,常用性,暴力団関係及び前科関係としている。

IV-4表 麻薬取締法違反通常第一審裁判結果の刑期別構成比及び執行猶予率(昭和36年〜41年)

IV-5表 覚せい剤事犯における違反態様別・情状別に見た科刑状況(昭和52年)

 同表によれば,まず,違反態様別に見ると,輸入事犯29件は全部実刑であるが,その他の態様での実刑率は,譲渡で60.7%,譲受で44.4%,所持で52.0%,使用で31.8%であり,譲受及び使用事犯について実刑率が低く,したがって執行猶予率が高くなっていることがわかる。次に,各違反態様別に,実刑と執行猶予とを分けている要因を考察すると,
 [1] 輸入では,前記のように全部実刑であるが,営利目的が93.1%であり,常用性と暴力団関係に該当がなく,そして,懲役前科なしが86.2%であるので,この違反態様では,態様自体に通常は付随しているともいえる営利目的の存在が,決定的に重い情状として作用したと見ることができよう。
 [2] 譲渡・譲受・所持及び使用の態様を見ると,,営利目的のある譲受事犯に執行猶予がなく,また,各違反態様共に,実刑の場合は,営利目的,常用性又は暴力団関係の認められる割合が高く,執行猶予の場合は,その割合が低いので,以上の3情状要因は,実刑と執行猶予を分ける要因として作用していることは間違いないと思われる。しかし,この3情状要因すなわち営利目的,常用性及び暴力団関係の認められる場合を個別的に見ていくと,例えば,譲渡事犯で執行猶予となった者の6.0%は営利目的が認められ,使用事犯で執行猶予となった者の23.3%は常用者で,同様18.9%が暴力団関係者であるなどのいわば意外な事実が認められ,結局,これらの3情状要因は,少なくともそれぞれ単独では,実刑と執行猶予を分ける際の重要な要因とまではなっていないといわなければならない。むしろ,同表によれば,以上の4違反態様にあって,実刑となっている者の場合の懲役前科なしの比率が極めて低く(例えば,使用事犯の場合4.1%),反対に,執行猶予となっている者の場合の懲役前科なしの比率が極めて高い(例えば,譲受事犯の場合91.3%)ということに注目しなければならない。そして,もとより,懲役前科のある場合は,すべて以上の逆のことが言い得る。すなわち,同種の前科・異種の前科を問わず,懲役前科の有無が,実刑と執行猶予を分ける重要な要因として作用し,大半の場合,懲役前科があれば実刑,なければ執行猶予となっているように見受けられるのである。刑法上の制約があるので,懲役前科がある者に対しては,執行猶予を付することができない場合が多く,また,それが普通であろうと考えられるが,その意味では,執行猶予を付し得る法律上の可能性の有無そのものによって,現実には,実刑と執行猶予との分別がなされているようにも見られるのである。
 大阪地方検察庁の調査によれば,昭和52年中に大阪地方裁判所で覚せい剤事犯で実刑判決を言い渡された者の63.6%が法律上執行猶予を付し得ない者であり,16.4%が執行猶予は付し得るが現に他罪で執行猶予中の者であったとされている。
 以上の調査結果は,もとより全国的なものではないが,東京及び大阪という日本を代表する二大地域におけるものであり,ある程度全国的傾向を反映していると見てもよいであろう。以上によれば,そのことの当否はともかくとして,従来から,覚せい剤事犯については,大規模な供給事犯を除けば,法律上執行猶予を付すことが可能であれば,原則として執行猶予に付せられているのが実情であると経験的に言われていたことが,ほぼ実証されているように思われる。
 そして,覚せい剤事犯に対する量刑がこのような実情にあるとすれば,十全な選別を経ない不適格者にも執行猶予の言渡しがなされる場合があり,その結果,再犯等により執行猶予が取り消される事例が増大していると思われる。
 そこで,法務省がコンピュータによって集中管理している犯歴データによって,覚せい剤事犯についての執行猶予取消しの実情を調査して見たのが,次のIV-6表である。これは,第1編第3章第3節で述べたように,16都道府県に本籍を有する前科者のうちの任意の50万人についての,昭和23年1月1日から53年12月31日までの31年間にわたっての86万5,174犯歴を標本として,上記各年次(ただし,覚せい剤事犯の顕著な年次に限定した。)において執行猶予判決の確定した者全員及びその中の覚せい剤事犯者のそれぞれについて,その後の執行猶予取消しの有無を追跡調査し,本来の意味での執行猶予取消率を算出したのである。
 これによれば,覚せい剤の第一の流行期ともいうべき昭和20年代後半から30年においては,覚せい剤事犯の執行猶予取消率は,昭和29年における18.6%を唯一の例外として,他は,13%前後で推移し,そして,これは,全犯歴における取消率よりも相当下回っているものであった。ところが,第二の流行期ともいうべき40年代後半以降における覚せい剤事犯の執行猶予取消率は,20%以上の水準であり,まだ猶予期間が未経過の者を含む51年の裁判確定者にあっては,53年末現在においてすでにその25.1%が取り消されている。なお,全犯歴の場合の取消率と対比しても,覚せい剤事犯のそれは,ほぼ倍に近い比率となっている。

IV-6表 執行猶予取消率の推移(昭和26年〜30年,46年〜53年)

 一般に,執行猶予取消率は,それが低率であればある程好ましいことは疑いがない。反面,その社会で許容される限度の比率が何程であるかは,なかなか困難な問題である。しかし,少なくとも,覚せい剤事犯についての執行猶予の取消率が,25%を超え(別言すれば,4人に1人は取消される。),また,犯罪一般の場合についての取消率の2倍に近いということは,社会の平衡的感覚から考えても,異常な事態であると言ってもさしつかえないのではなかろうか。