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 昭和53年版 犯罪白書 第3編/第1章/第4節/1 

第4節 裁判と累犯

1 概  況

 本節では,時代の変遷とともに累犯現象がどのように変化しているかを見るため,現行刑法の施行された翌年に当たる明治42年から昭和51年までの約70年間の裁判の領域から見た累犯現象の推移について考察を加え,更に,最近法務総合研究所が行った調査の結果等により,最近における前科者及び累犯者の特徴や,戦後における犯罪者の再犯率や再犯期間の実態などについて検討する。
 明治42年から第二次世界大戦中の昭和18年までの35年間(以下,これを仮に「前期」という。)と,戦後の昭和24年から51年までの28年間(以下,これを仮に「後期」という。)について,刑法犯第一審有罪人員(ただし,後期については資料の関係で略式手続等を除く通常第一審の有罪人員)のうちで前科者及び刑法上の累犯者の占める比率等を司法統計年報等によって見ると,III-7表及びIII-8表のとおりである。前期と後期とでは,統計の方法,すなわち,統計資料の範囲や前科の概念などに若干の差異があるので,両時代を通じての正確な比較はできないが,それぞれの時代の傾向をは握することはできるであろう。

III-7表 刑法犯第一審有罪人員中の初犯者・前科者・累犯者の人員と比率(明治42年〜昭和18年)

III-8表 刑法犯通常第一審有罪人員中の初犯者・前科者・累犯者の人員と比率(昭和24年〜51年)

 まず,明治42年から昭和18年までの前期の時代について,刑法犯第一審有罪人員中に占める初犯者,前科者(III-7表注3参照)及び累犯者の各比率を全体的に見ると,この35年という長い期間を通じて,初犯者は70%前後,前科者は30%前後,累犯者は10%前後という比率をほぼ維持していることが特徴的である。このような全体的様相の中にあっても,子細に検討すると,時代による多少の起伏を示しているので,次にそれを見ることにする。刑法犯第一審有罪人員中に占める前科者の比率を見ると,明治末期には30%未満であったが,大正年代には30%前後のほぼ横ばいの状態で推移し,昭和2,3年ころからその比率が次第に上昇して第二次世界大戦直前には約37%台の比率となり,大戦突入後比率がやや下降する傾向を示している。一方,この間における刑法犯第一審有罪人員中の累犯者の比率は,大正年代の初期には約16%ないし17%であったが,その後次第に減少して8%台で昭和初期に移り,その後は一転して上昇傾向に変わり,昭和12,13年の13.9%にまで至ったが,その後は再び減少して,大戦中の18年には7.1%にまで低下している。
 このように昭和期の初めから10年代の半ばころまでにかけて,前科者及び累犯者の刑法犯第一審有罪人員中に占める比率が上昇し,以後減少するようになったのは,昭和初期に発生した世界恐慌の一環としての経済不況による犯罪の全般的増加,更に,戦争突入の影響による犯罪及び犯罪者の一般的減少という時代の社会経済情勢を反映しているものと考えられる。
 次に,後期の昭和24年以降について,刑法犯通常第一審有罪人員中に占める初犯者,前科者(III-8表注3参照)及び累犯者の各比率を見ると,前期とはその推移に大きな違いのあることがわかる。まず,第一に,初犯者の比率は,24年には62.2%であったが,51年には35.8%にまで低下し,反対に,前科者の比率は,37.8%から64.2%にまで上昇しているのであって,24年と51年とでは,初犯者・前科者の比率関係がほぼ逆転したことになり,前期のほぼ7対3の割合で安定していた様相とは著しく異なるものがあって,まさに激動の時代というにふさわしいものがある(なお,最近における初犯者・前科者の比率関係は,一見,前期のそれと逆の様相を呈しているようにも見えるが,前期の有罪人員には,略式手続事件によるものを含んでいたのに,後期のそれには含まないこととなっており,また,前科者の範囲にも前期・後期で差があり,この統計方法の差異による影響が考えられるので,前期及び後期の比率そのものを比較することはできない。)。第二に,第一審有罪人員中の累犯者の実数が,終戦後激増して30年にはピークの2万7,797人にまで達したが,これは前期の二つのピークである大正3年における1万6,792人及び昭和9年における1万6,478人をはるかに超えるものである。ただ,後期では,ピークであった昭和30年後は逐次減少して,最近では1万1,000人強の水準を示している(なお,III-7表及びIII-8表を対比すると,後期における刑法犯通常第一審有罪人員中の累犯者の比率が全体的に前期のそれのほぼ2倍の水準にあるように見えるが,これも先に述べたと同様,有罪人員に,関する統計方法の差異による影響が考えられるので,この水準の差を両時代の差異として指摘することはできない。)。
 以下,後期における前科者等の比率の推移を更に細かく検討する。まず,刑法犯通常第一審有罪人員中に占める前科者の比率を見ると,昭和28年までは50%未満であったが,29年以降38年までは50%以上60%未満,39年以降ではほぼ60%台で推移しており,51年では戦後最高の64.2%となっている。また,この間における累犯者の占める比率の推移を見ると,終戦後から上昇し28年の30.2%をピークとして,その後多少の起伏を見せながらも全体的には低下傾向を続けていると言えよう。最近刑法犯通常第一審有罪人員中に占める前科者の比率が増大していること及びそれにもかかわらず,累犯者の占める比率が全体として低下していることの原因としては,戦後の交通犯罪の激増により,禁錮や罰金に処せられる者が増加していることによって前科者が増加し,一方,いわゆる社会内処遇拡充の一般的傾向の中にあって,累犯の条件となる懲役前科を持つ者の数が減少していることによって累犯者が減少しているなどの事情が考えられる。
 刑法犯通常第一審有罪人員数は,若干の起伏はあるものの,後期を全体として見ると,おおむね減少傾向にあり,そのうちの前科者の人員は,昭和31年をピークとし,また,累犯者の人員は,30年をピークとして,それぞれ,全体としては減少の傾向を示している。前科者及び累犯者数が30年前後に激増しているのは,暴力団関係者を中心とした前科者及び累犯者による暴力犯罪や覚せい剤・麻薬等の薬物関係犯罪の激増がもたらした結果と考えられ,その後における前科者及び累犯者の減少傾向は,後に述べる再犯率の推移の好転とも相まって,我が国の国民生活における社会的・経済的条件が次第に向上し,かつ,社会秩序が安定してきたことによるものであろうが,それとともに,我が国の警察,検察,裁判,矯正,更生保護など刑事政策の各分野における従来の努力が,再犯防止の面で効果を上げていることを示すものと言ってもよいであろう。