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 昭和52年版 犯罪白書 第1編/第3章/第1節/1 

第1節 各国における犯罪の動向

1 アメリカ

 アメリカでは,連邦及び各州で法制が異なり,犯罪類型が統一されていないことなどから,アメリカ国内での犯罪の傾向と分布を測定する指標として,殺人,強姦,強盗,加重暴行傷害,不法侵入,窃盗及び自動車盗の7犯罪が採用されている。これらは「指標犯罪(Crime Index Offences)」と呼ばれ,全国的集計が行われているので,この指標犯罪を中心に動向を見ることとする。
 I-79表は,アメリカにおける1960年から1975年までの指標犯罪の発生件数の推移及び1975年における罪名別構成比を見たものである。
 指標犯罪の総数及び各罪名別発生件数は,いずれも人口の増加率を上回る増加を示している。1975年の罪名別発生件数を,1960年のそれを100とする指数で見ると,最も増加の著しい犯罪は強盗で,431となっており,次いで,不法侵入の357,強姦の326,窃盗の322,加重暴行傷害の314,自動車盗の305,殺人の225の順となっている。

I-79表 指標犯罪発生件数    アメリカ

 指標犯罪等の動向から最近における犯罪現象の特徴を見ると,[1]主要犯罪は全般的に増加傾向にあること,[2]都市部を中心に暴力犯罪,凶悪犯罪が多発していること,[3]黒人による犯罪が多いこと,[4]銃器を用いた犯罪が多いこと,[5]麻薬犯罪が激増し,かつ,麻薬を原因とする犯罪が多発していること,[6]青少年層の犯罪が多いことなどが挙げられる。
 まず,1975年について地域別・罪名別に犯罪発生率(人口10万人当たりの発生件数)を見ると,都市部は郊外地域に比べて,窃盗及び不法侵入では大差がないのに,強盗では5倍弱,強姦では2倍強,殺人では2倍弱となっている。また,都市部における犯罪の発生は,黒人等が多く居住する都市スラム街などの特定地域に集中していると言われている。
 次に,1975年に指標犯罪により逮捕された者を人種別に見ると,I-80表のとおりである。同年におけるアメリカ国内の黒人人口は約2,500万人で総人口の11.5%であるが,その犯罪率は極めて高く,暴力犯罪(殺人・強姦・強盗・加重暴行傷害)で逮捕された者の47.1%,財産犯罪(不法侵入・窃盗・自動車盗)で逮捕された者の29.6%が黒人である。黒人が全逮捕者中に占める比率を罪名別に見ると,強盗が58.8%で最も高く,殺人が54.4%,強姦が45.4%などとなっている。このように,黒人の犯罪率は一般に高いと言えるが,同時に黒人が犯罪の被害者となる比率も高いことが注目される。例えば,1975年における殺人の被害者を人種別に見ると,被害者のうち,白人は50.8%,黒人は47.4%,その他が1.8%となっている。1960年代初期に激しかった黒人暴動も,いわゆる公民権法の制定,改正等による黒人の法的地位の向上に伴い鎮静化した現在,なお黒人の犯罪率の高い原因は,主として,相当数の黒人が今なお貧困で不良な生活環境に置かれていることや実質的に社会的差別を受けていることに対する不満などにあるとされている。
 アメリカにおいて銃器による犯罪の多いことは,昭和51年版犯罪白書でも殺人罪に関して指摘した。1975年において,犯行に銃器を用いたものの占める比率を罪名別に見ると,殺人では65.8%,強盗では44.8%,加重暴行傷害では24.9%となっている。
 麻薬犯罪もアメリカにおける大きな社会問題の一つとされている。最近では,その中毒患者はおよそ40万人ないし60万人に達し,そのうちの約15万人が治療を受けていると言われる。また,中毒患者は大都市に住む黒人及び若年層に多いが,郊外に住む中流家庭の子女にも及んできており,薬代欲しさに強盗を行うなど,麻薬に基因する犯罪が多発し,深刻な様相を呈している。1960年以降の麻薬犯罪による逮捕者数の推移を見ると,1960年代後半から急激に増加し,その傾向は1975年まで続いており,同年には発生件数で1960年の約18倍,人口10万人当たりの発生率で約11倍となっている。例えば,世界的流行を見ている大麻について見ると,最近では11歳以上の者の約20%,すなわち,およそ2,500万人ないし3,000万人が大麻の経験者で,濫用の風潮はヒッピー,ハイスクール退学者等のほか社会の各層に浸透していると言われる。

I-80表 逮捕者の人種別構成比アメリカ(1975年)

 少年犯罪の動向を見ると,アメリカにおける近年の少年人口の増大,若年層における麻薬の浸透に見られるようなモラルの荒廃とあいまって,少年犯罪の増加が著しく,また,その低年齢化の傾向も見られる。
 次に,アメリカで最も著しい増加を示している強盗の特色を見ると,1975年に発生した強盗のうちの約7割は人口10万人以上の都市で発生しており,都市型犯罪の典型と言える。しかも,強盗の約半数は路上強盗である。1975年までの5年間の強盗を類型別に見ると,チェーンストア強盗の増加が最も著しく,銀行強盗がこれに次いでいるが,特に最近では銀行強盗の増加が目立っている。強盗の手段・方法を見ると,1975年では,銃器を用いたものが全体の44.8%,ナイフその他の刃物を用いたものが12.4%を占め,この両者で57.2%となっており,ここにもアメリカにおけるこの種犯罪の凶悪性が現れている。