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 昭和50年版 犯罪白書 第1編/第2章/第5節/2 

2 精神障害者の犯罪の実情

(1) 概説

 昭和48年における成人の刑法犯検挙人員のうち,精神障害者又はその疑いがあると認められた者は,I-51表のとおり,検挙人員総数のうちの0.8%を占めている。この比率が後述する少年事件中の精神障害者の比率よりも低いことについては,成人には少年鑑別所に相当する調査機構がないことに注意しなければならない。罪名別に見ると,放火においては検挙人員の17%,殺人においては8%を占めていることが目立っている。

I-51表 成人刑法犯検挙人員中精神障害者の比率(昭和48年)

 次に,検察庁及び裁判所で処理された段階について見ることとする。I-52表は,前述の1,868人(昭和46年から49年の間に検察の段階で心神喪失と認められ,又は裁判の段階で心神喪失若しくは心神耗弱と認められた者の合計)について,罪名別病名別の内訳を示したものであるが,罪名では,総数中殺人が35%,放火が17%,暴行・傷害が14%を占めることが目立っており,病名では,精神分裂病が最も多い。なお,検察の段階で心神喪失と認められ,又は裁判の段階で心神喪失若しくは心神耗弱と認められた者の数を検察統計・司法統計等の統計資料によって取りまとめると,I-53表に示すとおりである。

I-52表 心神喪失・心神耗弱者の罪名別精神診断(昭和46年〜49年の累計)

I-53表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和44年〜49年)

 次に,少年の一般保護事件(少年保護事件のうち道路交通保護事件を除いたもの)について見ることとする。
 家庭裁判所が終局処分を決定した少年のうち,精神判定(資質鑑別その他家庭裁判所の調査段階における少年の精神状態に関する判定をいう。)がなされた少年の割合は,昭和44年の12%から48年の7%まで減少しているが,I-54表はその判定のなされた少年についての判定の結果を示したものである。これによると,精神障害者は,精神判定を受けた者の6.7%である。更に,48年1年間の判定人員1万1,783人について非行名別人員を見たのが,I-55表である。これによると,放火,脅迫,詐欺,殺人などの非行において精神障害者の占める比率の高いことが目立っている。

I-54表 一般保護事件終局人員の精神状況(昭和44年〜48年)

I-55表 一般保護事件終局人員中の非行別精神障害者の比率(昭和48年)

(2) 犯罪を犯した精神障害者の実態

 前述の1,868人(昭和46年から49年の間に検察の段階で心神喪失と認められ,又は裁判の段階で心神喪失若しくは心神耗弱と認められた者の合計)について,その前科・前歴,措置入院を含む入院歴の有無別の人員をI-56表に示した。これによると,前科・前歴のある者が779人(42%),精神病院入院歴のある者が895人(48%)となっている。入院歴のない初犯者557人を除いた1,311人(70%)は,前に精神病院に入院し,あるいは前科・前歴を持っていたことになる。

I-56表 心神喪失・心神耗弱者の初犯・再犯者別入院歴の有無(昭和46年〜49年の累計)

 このうちの再犯者779人について,本件罪名と直近の前科・前歴罪名との合致率を示したのが,I-57表である。表には,直近の前科・前歴罪名を基準として本件罪名と合致する割合(合致率A)と,本件罪名を基準として直近の前科・前歴罪名と合致する割合(合致率B)との二つの合致率を示し,参考として,累犯受刑者総数5万5,274人において,前記A,Bに該当する合致率を掲げた。

I-57表 精神障害者の本件と直近の前科・前歴罪名との関係(昭和46年〜49年の累計)

 受刑者総数にあっては,二つの合致率は各罪名ごとに一致しているが,精神障害再犯者にあっては,必ずしも同様でなく,特に,殺人,放火,強姦・強制わいせつの罪名において,合致率AとBとの違いが目立っている。
 また,殺人と暴行・傷害とは,一般の犯罪者にあっては異なった犯罪である色彩が強いが,精神障害者における再犯傾向では相互に強い親近性が認められる。このような点にも,精神障害者による犯罪の特殊性がうかがわれる。
 次に,犯罪を犯した精神障害者の諸特性を地方検察庁の精神診断室の資料によって見ることとする。
 検察官は,事件処理に当たって,被疑者に精神障害の疑いがあるときは,精神科医の鑑定を求めることにしているが,全国地方検察庁のうち9地方検察庁では,庁内に精神診断室を設け,精神科医の協力を得て,精神障害者の発見,診断の効率化を図っている。
 最近4年間に,この9地方検察庁において精神障害者と認められた者は3,092人(男性2,843人,女性249人)であり,I-58表にその諸特性を示している。これによると,年齢は一般的な犯罪者の平均年齢よりやや高いといえる。犯行時に安定した職業を持っていた者は25%にすぎない。犯行時に自宅又は借家に家族と同居していた者は34%で,約三分の一にすぎない。同居家族は,配偶者が13%,両親又は片親が17%であり,同居家族がなく単独で生活している者が61%を占めている。処分歴及び精神病院入院歴を持つ者は,かなりの高率を占めている。

I-58表 犯罪を犯した精神障害者の諸特性(昭和46年〜49年の累計)

 この3,092人の犯行に際しての共犯者の有無を調べたところ,97%というほとんど全員が共犯のない単独犯であり,一般犯罪における共犯率と極端に違っている。同居家族のない者が多いこととともに,精神障害者の孤立性を示している。
 犯罪を犯した動機を見ると,「特にない」が79%を占めているが,これは,犯行の動機として理解可能の限度を越えるものが大部分であることを意味している。その他,本人の被害感又は妄想によるものが4%,被害者からの叱責,いんねん,口論によるものが8%であった。
 このように,精神障害者による犯罪は,他人から見て予測や理解を可能とするだけの妥当な動機づけに乏しいことが多いという特徴を持っているが,この事情は,次のI-59表の被害者との関係にも示されている。全体としては,被害者には無関係の人が多く67%を占めているが,その割合は罪名によって異なる。親,配偶者等の親族が被害者となっているのは,おおむね暴行・傷害,殺人,放火においてであり,知人についても似かよった傾向が見られる。これらの事例を具体的に見ると,親族や知人は,たまたま身近に生活していたため,予測困難な動機によって犯された犯罪の被害者となった者が多い。

I-59表 精神障害者の犯罪の被害者(昭和46年〜49年の累計)

 次に,刑務所又は少年院に収容された者のうちで精神障害者と認められた者は,I-60表のとおりであり,刑務所,少年院ともにその収容人員のおおむね13%を占めている。医療刑務所や医療少年院に収容された精神障害者に対しては,心理療法その他の治療を含む処遇が行われている。

I-60表 矯正施設収容者中の精神障害者(昭和49年12月20日現在)

 刑務所等においては,収容者は,一般に,施設の処置に対する不服があるときには,法務大臣に情願して裁決を求める等の手段を執ることができるほか,訴訟を起こす道もあるが,このような不服申立等の手段は,刑務所等に収容されている精神障害者にも保証されている。
 しかしながら,不服申立等をする収容者の中には,正当な理由もないのにそれらを繰り返す者がないでもない。刑務所における処遇困難者についての法務総合研究所の調査によると,正当な理由もなく不服申立等を繰り返す収容者は,職員及び他の収容者への暴力・傷害事故を起こしていた者であることが多く,また,専門医の診断によって,精神分裂病,パラノイア,心気症等の精神障害とか,狂信性や自己顕示性の著しい性格を持つ者がその大半を占めることが明らかになっている。