前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和45年版 犯罪白書 第三編/第三章/二/2 

2 科刑

 検察官が公訴を提起した業務上(重)過失致死傷事件のうち,第一審で有罪の裁判があったものの総数と,そのうち,禁錮刑の言い渡しのあったものについて,その刑期等をみたのが,III-143表であり,試みに,その中から致死事件を取り出してみたのが,III-144表である。これによると,交通事故事件の激増を反映して,業務上(重)過失致死傷罪によって有罪の裁判を受ける者も逐年増加し,昭和四三年は約三九万人と,前年に比して,一〇万人以上の増加となっている。有罪裁判のうち,自由刑に処せられる者の割合はやや減少の傾向にあって,昭和四三年には総数の二・五%にとどまっており,禁錮刑の実刑率も,昭和四〇年以降,おおむね三割前後と横ばいの状態にあるが,総数の増加に伴って,禁錮刑の実刑に処せられる者は,昭和三三年の一九六人から,同四三年の二,八九四人と,急激な増加を示している。なお,このうち重過失致死傷は,業務上過失致死傷とは逆に,逐年減少の傾向にあり,昭和四三年に有罪の裁判を受けた者は,二,一二五人で前年より約四〇〇人の減少を示しているが,その一三・一%にあたる二七八人に対し,懲役刑(一二人)または禁錮刑(二六六人)が言い渡され,禁錮刑の実刑率も四一・〇%となっている。次に,致死事件をみると,有罪の裁判を受ける者のうち,五割近くが自由刑の言い渡しを受けているが,禁錮刑の実刑率は,致傷事件を含めた場合よりやや低くなっている。次に,刑期についてみると,禁錮刑のそれは,右143表および144表のとおり,致死傷事件,あるいは致死事件のみのいずれの場合にも,六月以上一年未満の刑に処せられる者が最も多いが,一年以上の刑に処せられる者の割合も,昭和四三年には,前者で二二・〇%,後者で三六・四%と,一〇年以前のそれが七%前後であったのに比較して,かなり高くなっている。業務上(重)過失致死傷事件を犯して,昭和四三年に懲役刑を言い渡された三一〇人について,その刑期の分布をみると,禁錮刑の場合と同様,六月以上一年未満が一六四人と最も多く,一年以上二年未満が九一人と,これに次いでいる。しかし,一年以上の刑に処せられた者の割合は三三・九%,懲役刑の実刑に処せられた者は一七七人,実刑率は五七・一%と,禁錮刑に処せられる場合より,厳しい量刑がなされている。この中から,致死事件を犯して懲役刑に処せられた九一人を取り出して,その刑期の分布をみると,禁錮刑の場合とは異なって,一年以上二年未満の者が五六人と最も多く,六月以上一年未満が二四人でこれに次ぎ,六月未満の刑に処せられた者は,一人もいない。一年以上の刑に処せられた者の割合も七三・六%に達しており,実刑に処せられた者は六一人,実刑率は六七・〇%となっている。

III-143表 業務上(重)過失致死傷第一審科刑状況(昭和33,39〜43年)

III-144表 業務上(重)過失致死第一審科刑状況(昭和33,39〜43年)

 ところで,刑法第二一一条の罪(業務上過失致死傷および重過失致死傷)の法定刑は,これまで三年以下の禁錮または五万円以下の罰金とされていたが,「刑法の一部を改正する法律」(昭和四三年五月法律第六一号,同年六月一〇日施行)によって,法定刑に,五年以下の懲役刑が加えられるとともに,禁錮刑の長期が五年に引き上げられることとなった。わが国にの量刑は,一般的にみて,科刑が法定刑の下限または下限を下回るものに集中し,執行猶予が大幅に適用されるなど,緩刑化の煩向にあるとされている。しかし,これまでにみた,業務上(重)過失致死傷事犯の量刑については,悪質重大な事案に対し,いわゆる科刑の頭打ちともいうべき傾向がみられるに至り,また,相当量の飲酒をしたうえでの酒酔い運転,運転技量未熟な者による無免許運転,はなはだしい高速度運転などのいわゆる無謀な運転に起因する人身事故事犯には,きわめて軽度の注意を払えば,人の死傷等の結果を容易に予見し,その発生を防止することができたのにかかわらず,これさえ怠ったため,重大な結果を発生させた事案が少なくなく,これらは,いわば未必の故意犯と紙一重の事犯であり,これらの事犯は,過失犯であっても,禁錮刑よりは,むしろ懲役刑を科することとする方が妥当であるとの声が高かった。右刑法の一都改正は,このような世論にこたえたものにほかならず,その効果を測ることには,やや時期尚早の感がないでもないが,たとえば,致死事件総数中に占める「酒酔い」,「無免許」,「最高速度違反」のいずれかを事故の原因とする事件の割合が,昭和四二年には二一・四%であったものの,改正法施行後の昭和四四年には,その割合が一九・一%となっているが,果たしてその効果といえるかどうか,なお慎重に検討を要することである。
 III-145表は,昭和四三年七月から四四年六月までの一年間に,通常第一審裁判所において,自由刑の言い渡しを受けた自動車事故事件に対する科刑の状況を,昭和四三年六月一〇日以後に犯罪を犯して,右「刑法の一部を改正する法律」の適用を受ける者と,同月九日以前に犯して,その適用を受けない者とに分けてみたものである。旧法の適用を受ける場合にも,ひき逃げ事件を伴うなどの理由によって,懲役刑を科せられることがあったが,その割合は,自由刑を科せられた総数の一割に満たなかったのに対し,新法適用事件にあっては,当然のことながら,その割合が大幅に増えて,二五・九%となっている。次に,刑期を比較するため,たとえば,一年以上の刑に処せられた者の割合をみると,禁錮刑の場合には,旧法事件の割合が一九・五%であるのに対し,新法事件のそれが二三・六%と重くなっている。これに対し,懲役刑の場合には,旧法事件の方に,刑期の長い者の占める割合が多くなっているが,それは,さきにも触れたとおり,懲役刑を科せられた旧法事件は,そのほとんど全部が,交通犯罪の中でも,最も悪質とされていた,ひき逃げ事件を伴うものであったのに対し,新法事件にあっては,必ずしもそのような事件に限られていないことによるものであろう。

III-145表 適用法令別業務上(重)過失致死傷事件科刑状況(昭和43年7月〜44年6月)

 そこで,右145表と同じ期間内に,改正法を適用して懲役刑に処せられた者のうち,八四二人について,その過失の内容と科刑の状況をみたのが,III-146表である。これによると,酒酔い運転によるものが最も多く,他の過失を伴うものを含めると,総数の六四・八%にあたる五四六人が酒酔い運転にかかるものとなっている。また,この八四二人のうち,執行を猶予された者は三六六人で,実刑率は五六・五%とかなり高い数字を示している。

III-146表 懲役刑言渡し事件の過失内容別科刑分布状況(昭和43年7月〜44年6月)