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 昭和45年版 犯罪白書 第一編/第二章/三/2 

2 精神障害者の犯罪の実情

(一) 概説

 精神障害と犯罪との関係を考察するにあたっては,精神障害者の中の犯罪者の発現率や,犯罪者の中の精神障害者の出現率などについての資料が必要である。しかし,精神障害者の数は,従来行なわれた厚生省の精神衛生実態調査によっても,その推定数を得ることができるにとどまっており,また犯罪者のすべてについて,精密な精神医学的診断を行なうことはほとんど不可能であるから,犯罪者中に含まれる精神障害者について,全国的な規模で正確な情報を得ることも,これまでのところきわめて困難といわざるをえない。そこで,得られた若干の資料を参考にしつつ,犯罪に陥った精神障害者の犯罪の実情について,概括的な考察を試みることにする。まず,警察庁の統計から,昭和四三年における刑法犯検挙人員(少年を除く。)のなかで,精神障害者と認められた者の占める割合をみると,I-40表のとおりである。これによると,刑法犯総数中精神障害者の占める割合は,〇・二三%となっている。罪名別にみると,放火が最も高く一四・一%,殺人がこれに次いで五・一%,以下,強制わいせつ三・四%,強盗一・八%の順となっており,これらの犯罪を犯した者の中には,精神障害者が比較的多く含まれている。なお,この割合は,後述する少年のそれと比較した場合,かなり低い数字を示しているが,その原因の一つとして,成人の場合には,少年における少年鑑別所のような鑑別機関のないことをも考慮する必要があろう。

I-40表 成人刑法犯検挙人員中精神障害者の比率(昭和43年)

 次に,少年事件についてみると,家庭裁判所が処分を決定した一般保護事件の一五%ないし二〇%について,資質鑑別がなされているが,昭和三九年から四三年までの鑑別結果は,I-41表のとおりである。これをみると,鑑別対象者の約一〇%から一四%が精神障害者とされているが,実数,比率ともに,漸減の傾向を示しており,その内訳は,精神障害者の過半数が精神薄弱で,約三分の一が精神病質となっている。

I-41表 一般保護事件終局人員の精神状況(昭和39〜43年)

 次に,昭和四三年の一般保護事件について,各行為別に精神障害者の比率をみたのが,I-42表である。これによると,精神障害者の割合が最も多い罪名は,放火の六四・一%,次いで殺人の二三・五%であり,殺人の中に精神病質の多いことが注目される。以下,詐欺二〇・七%,わいせつ一八・八%の順となっているが,いずれもその中で精神薄弱の占める割合は,六〇%をこえている。

I-42表 一般保護事件終局人員中の行為別精神障害者の比率(昭和43年)

(二) 犯罪を犯した精神障害者の実態

 検察官は,起訴,不起訴その他の処分を行なうにあたって,被疑者に精神障害の疑いがあるときは,精神医の鑑定を求めて,心神喪失または心神耗弱にあたるかどうかを判断する資としているが,全国四九地方検察庁のうち,東京,大阪,京都,神戸,名古屋,広島,福岡,熊本,仙台の九地方検察庁では,精神診断室を設け,精神障害者の発見,診断,専門的措置に万全を期している。
 昭和四四年中に,右の九地方検察庁において,精神診断を受けた被疑者の数は,九五八人(東京五六六人,大阪一五〇人,京都三〇人,神戸六〇人,名古屋四八人,広島三七人,福岡一三人,熊本二一人,仙台三三人)で,そのうち,精神障害者と認められたのは,八二七人(男子七六三人,女子六四人)である。この精神障害者と認められた者について,I-43表および44表により,診断名と罪名との関係,年齢分布,その他本人等の諸特性について考察してみよう。

I-43表 精神障害者の診断名と罪名(昭和44年)

I-44表 犯罪を犯した精神障害者の諸特性(昭和44年)

 まず,診断名についてみると,最も多いのがアルコール中毒・嗜癖であり,以下,精神分裂病,精神薄弱,精神病質の順となり,それ以外の診断名の割合は,わずかである。この結果は,前述した厚生省の精神衛生実態調査にみられる結果(この調査による推計結果では,全精神障害者中精神病が約四六%,次いで精神薄弱三二%,精神病質・その他約二二%となっており,精神病では,精神分裂病が三分の一以上を占めて最も多く,以下,脳器質性精神障害,てんかん,その他の順になっている。)と相違して,アルコール中毒・嗜癖,精神分裂病の割合が高いが,これは,事件処理上刑事責任能力に問題のある者が精神診断を受けることが多いためであって,精神薄弱や精神病質は,犯罪者の中では精神病などより多いのが普通であるが,ここでは比較的重症な者のみが診断の対象となっているためと思われる。
 罪名では,窃盗が約二五%を占めて最も多く,これに次いで,傷害・暴行の約一七%,詐欺および殺人のそれぞれ約一一%,放火の約六%の順となっている。
 なお,この精神障害者について,罪名別に,上記九地方検察庁の新規受理人員中に占める割合をみると,殺人が六・二%で最も多く,次いで放火の五・一%となっており,詐欺は〇・九%,窃盗,傷害・暴行は,いずれも〇・三%と低率である。
 そこで,罪名別に診断名をみると,窃盗では,精神分裂病が最も多く,精神薄弱,アルコール中毒・嗜癖,精神病質がこれに次いでいる。詐欺では,アルコール中毒・嗜癖がとくに多いが,これは,飲酒酩酊中の無銭飲食によるものが大部分である。暴行・傷害では,アルコール中毒・嗜癖が最も多く,次いで精神分裂病が多くなっており,両者をあわせると約六四%を占めることになる。殺人では,精神分裂病が最も多く,これに次いで精神病質,アルコール中毒・嗜癖である。なお,精神障害者による殺人の約四二%が,親族間のものであることが注目される。放火では,精神薄弱と精神病質とで過半数を占め,アルコール中毒・嗜癖がこれに次いでいる。
 年齢についてみると,三〇歳以上の者が全体の六割以上を占めているが,犯罪時の生活状態では,浮浪中,単身下宿など,安定した住居をもたない者が七割近くに達している。また,職業についてみると,四割強が安定した職業をもっている。なお,これらの精神障害者の七割弱が犯罪の前歴を有し,一七%の者が自由刑の実刑を受けている。アルコール中毒・嗜癖では,前歴を有しない者が一二%にすぎない。また,この精神障害者中四割強が精神病院入院の前歴をもっており,とくに精神分裂病は,その約五四%が入院経験者である。
 検察官の処分についてみると,約七二%が不起訴(大部分は起訴猶予)で,起訴された者は,約二六%となっており,また,検察官が都府県知事に通報した者の数は,右の八二七人のうち,五五一人(六六・六%)で,このうち,措置入院となった者の数は,三七〇人(六七・二%)である。
 次に,刑法は,心神喪失者の行為は罰せず,心神耗弱者の行為はその刑を減軽すると規定している(刑法第三九条)。通常,心神喪失者とは,精神障害により,是非を弁別する能力のない者または是非の弁別にしたがって行動する能力のない者とされ,心神耗弱者とは,精神障害により,是非を弁別する能力が著しく低い者とされているが,I-45表は,心神喪失の理由で不起訴となった者,および第一審で刑の減軽事由としての心神耗弱が認められた者の数を示したものである。

I-45表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和39〜43年)

 次のI-46表は,昭和三一年から四四年までの間に,精神衛生法にもとづいて入院措置がとられ,あるいは,心神喪失の理由によって,不起訴または無罪となった精神障害者が,右の期間内に,再犯を犯した事例五三九例について,初犯罪名と再犯罪名との関係を示したものである。

I-46表 精神障害者の初犯罪名と再犯罪名の関係(昭和31〜44年の累計)

 これによると,再犯を犯した精神障害者では,初犯罪名と再犯罪名の一致するものは三二三人(六〇・〇%)で,初犯罪名と再犯罪名との間に,顕著に同一性,類似性が認められる。罪名別にみると,最も一致度の高いのは,売春防止法違反の一〇〇%であり,次いで,窃盗の七八・〇%,詐欺の六四・六%の順になり,強姦・強制わいせつの六一・五%,暴行・傷害の五二・四%等も,かなり高い合致率を示している。また,殺人については,二五人中一一人が再び殺人を犯し,残り一四人中六人が暴行・傷害,三人が放火を犯している事実は,注目の要があろう。
 この五三九人の再犯者中,初犯ののち措置入院となった三九四人について,その在院期間をみると,I-7図のとおりで,その五割強が六月未満,八割弱が一年未満で退院していることがわかる。

I-7図 措置入院者の在院期間別人員の百分比(昭和31〜44年累計)

 次に,出院後再犯までの期間が判明している者四一六人について,その再犯期間をみたのがI-8図である。これによると,出院後わずか六月に満たないで再犯を犯している者が五割をこえ,一年を経過する前に再犯に及んだ者は,七割近くに達している。

I-8図 再犯までの期間別人員の百分比(昭和31〜44年累計)

(三) 矯正施設収容中の精神障害者

 I-47表は,刑務所および少年院に収容された者の中で精神障害者の占める割合を示したものである。これによると,受刑者の一三・八%,少年院収容者の一八・三%が,精神障害者とみなされている。その内訳をみると,刑務所に収容されている精神障害者の五〇・九%が精神病質,四〇・六%が精神薄弱となっており,少年院に収容されている精神障害者についてみると,五九・一%が精神薄弱,三三・四%が精神病質と診断されている。神経症と精神病の占める割合は少なく,刑務所と少年院の間で,特段の差はみられない。

I-47表 矯正施設収容者中の精神障害者(昭和44年12月日現在)

 I-48表は,昭和四四年の新受刑者の各罪名別人員中に,各種の精神障害者が,それぞれ占めている割合を計算し,その割合の比較的多い罪名を列挙したものであり,I-49表は,少年院の新入院者について,同様の試みをしたものである。

I-48表 新受刑者罪名別人員中精神障害者の占める比率(昭和44年)

I-49表 少年院新収容者行為名別人員中精神障害者の占める比率(昭和44年)

 これらによると,精神薄弱については,成人の場合,住居侵入,売春防止法違反,放火が,少年では,放火,わいせつ,住居侵入が高い割合を示しており,精神病質については,成人の場合,住居侵入,わいせつが,少年では,殺人,わいせつ,放火が高い割合を占めている。
 さらに,精神診断別に,新受刑者中,入所度数三度以上におよぶ者の割合をみると,精神病質では,七割以上の者が,また,精神薄弱,神経症その他の精神障害においても,約半数が入所度数三度以上の累犯者に該当しており,精神障害と累犯との結びつきの強さを示しているものとして注目される。