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 昭和45年版 犯罪白書 第一編/第二章/二/6 

6 公害関係

 おわりに,公害関係の行政罰則について,概観することを試みたい。もっとも,「公害」という用語は,その定義が必ずしも明確でなく,人によって,広狭いろいろの意味に用いられているが,現行法の上では,公害対策基本法が,同法にいう「公害」を,「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染,水質の汚濁,騒音,振動,地盤の沈下(鉱物の堀採のための土地の堀さくによるものを除く。)及び悪臭によって,人の健康は生活環境に係る被害が生ずることをいう。」と定義しているのが,一応の基準となるものと考えられる。
 最近におけるわが国の経済の成長,工業の発展に代表される産業構造の変革は,まことにめざましいものがあり,これに伴う人口の都市集中や,自動車の増加などの現象も急テンポで進んだ結果,これらの動きに伴って,比較的限られた地域に,きわめて膨大な量の各種汚染物質が排出され,しかも,これらが集積,あるいは複合される結果,自然の自浄作用の限界をこえる汚染地域の出現をみるに至り,また,騒音等の問題も,広く国民生活を阻害する要因として登場するに至っている。近時,国民の関心が,このような公害の防止に集められていることも,まことに理由のあることといわなければならない。
 そこで,公害関係の行政罰則を概観すると,まず,大気汚染関係では,大気汚染防止法が,ばい煙による汚染の著しい地域,そのおそれのある地域を指定地域とし,指定地域内における工場および事業場におけるばい煙の排出を規制するほか,自動車排出ガスにかかる許容限度を定める等の規定をおき,また,道路運送車両法,鉱山保安法,毒物及び劇物取締法,道路交通法が,それぞれの分野において,たとえば,自動車の有毒ガスの発散や,鉱山の粉じん,鉱煙等の排出等について規制しており,最近の例としては,監督官庁の認可を受けないで,亜鉛,カドミウム等の重金属や亜硫酸ガスを排出する製錬施設を増設し,これを操業したことによって,責任者とこれを雇傭していた会社とが,鉱山保安法違反として有罪判決を受けている事例が見受けられる。
 次に,水質汚濁の関係では,工場排水等の規制に関する法律,清掃法,港湾法,港則法,船舶の油による海水の汚濁の防止に関する法律と,前記の鉱山保安法,毒物及び劇物取締法が,それぞれ,一定の水域における工場廃水,汚物,廃油等の排出を規制,あるいは禁止しており,この関係では,下水道または河川,運河,湖沼その他の公共の水域に,ごみ等を捨てることを禁ずる清掃法の規定に違反して,湖に微細繊維を含む廃水を放流したことにより,会社とその代表者が,それぞれ処罰された事例が見受けられるところである。
 騒音,振動関係では,市街地およびその周辺の住居が集合している地域で,住民の生活環境を保全する必要があると認める地域を指定地域とし,指定地域内における工場および事業場の騒音を規制している騒音規制法のほか,航空法,公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律と,前記道路運送車両法,道路交通法が,それぞれ,航空機と自動車の発する騒音を規制しており,一方,軽犯罪法には,公務員の制止をきかずに,人声,楽器,ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者を処罰する規定がある。このほか,地盤沈下関係では,建築物用地下水の採取の規制に関する法律,工業用水法,悪臭関係では,へい獣処理場等に関する法律と前記の清掃法において,それぞれ所要の規制がなされている。また,これら国の法律のほかに,数多くの地方公共団体において,罰則の定めのある各種の公害防止条例が制定されているところである。
 ところで,公害の危険性を指摘し,その防止を求める世論は高いが,これら公害関係の行政罰則の適用は,必ずしも活発とはいい難い現状にあり,その理由の一つとして,これらの罰則の多くが,行政官庁による施設の改善命令等を前提としてはじめて適用されることとされていることが指摘されよう。そして,現在この種行政法規の整備強化が図られているところであり,一方,これら公害の中でも,多数の者の生命・身体を害する危険を生ぜしめるおそれのあるものについては,いわゆる「公害罪」を制定せよとの声が高い。