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 昭和44年版 犯罪白書 第二編/第四章/三/4 

4 特殊な処遇と新しい動向

(一) 概説

 少年院における処遇と教育は,それぞれの収容者の個性と資質に最もふさわしい方法が選ばれるように,配慮されなければならない。種別分類や各矯正管区規定の施設分類は,その趣旨にそうものとして定められており,心身障害者に対する医療少年院,女子に対する女子少年院などは,従来からその対象に応じて,特殊な処遇が行なわれており,設備や職員についても,とくに考慮されている。
 他の一般の少年院では,個々の収容者の個性に応じた,きめのこまかい個別処遇を行なうためには,設備の不完全,職員数の不足など,種々困難な事情がある。そこで,一部特定の少年院に,特殊な目的をもたせ,それに適当する収容者を集中収容し,設備と職員を重点的に配置して,効果的な教育と処遇の試みが推進されている。教科指導,職業訓練の各専門施設,体育重点施設などがそれである。
 また,最近の教育学の進歩等に伴って開発された種々の教育方法を,少年院教育にとり入れる試みがなされており,その効果が注目されている。このほか,少年院において特殊な教育課程,指導種目を設け,対象者の教育にあたっている施設も多い。以上に述べた各種の教育的試みを,少年の特性に応じた処遇の動向として,その代表的なものについて以下にふれてみたい。

(二) 医療施設における処遇

 すでに述べたように,少年院はその収容者として,心身に著しい故障のある者,とくに精神薄弱,精神病質など,精神に故障のある者をかなり多数抱えている。これらの障害者には,一般の収容者と異なった,特殊で専門的な教育と治療が必要とされるため,これらの少年を集中収容し,医師,臨床心理,特殊教育などの専門家を中心に,特殊な処遇と治療にあたっているのが,医療少年院である。
 心身障害者の中でも,とくに多数を占めるのは,精神薄弱者である。少年院収容の精神薄弱者は,知的欠陥に強度の非行性が伴っているものとして,さらに特殊化された教育と治療が必要とされるものである。この特殊教育目標をみたす施設として,中・高度の精神薄弱者に対する専門的治療を行なう医療少年院と,軽度の精神薄弱者に対する専門施設とが設けられている。
 このうち,東京医療少年院は,唯一の精神薄弱者専門の男子医療施設として特色がある。ここでの体育指導,生活指導,教科指導は,少年たちの遅れた機能,人格,能力の促進をねらうものであり,反復訓練が主体となっている。職業補導も,技能の習熟よりも作業療法をねらいとして行なわれている。このほかに,対人関係を阻害する情緒障害を取り除こうとする心理劇や,ゆがんだ発育を示す性格・行動様式を身体運動をとおして治療する精神筋肉運動療法などが,それらの適応症に対して行なわれている。また,女子職員の活用も盛んで,全体として,基本的生活能力の養成というねらいをもった生活指導に重点がおかれている。
 他の精神薄弱者収容施設でも,生活指導を中心とした処遇が行なわれているが,簡単な職業技能の習熟をねらう職業補導も盛んである。精神病質者は,現在,医療少年院と一般の少年院とに収容されているが,後者に収容される割合が非常に多い。しかし,かれらは少年院内で暴力行為そのほかの紀律違反行為が多く,集団生活を乱しがちである。このため,比較的正常な少年の指導計画をも阻害することがある。また,精神病質者自身にとっても,集団的処遇より個別処遇による矯正治療が望ましい場合が多い。したがって,これらの少年のうち,治療の対象となる者に,専門施設に収容した上での,特別の心理療法や物理的治療が望まれている。
 身体疾患者には,非行性の除去,社会性の発達のための矯正教育と疾患の治療とが,並行して行なわれているが,休養患者には,職業補導や体育訓練は十分に行なわれがたいので,生活指導が中心になっている。
 医療少年院には,種々の精神的,身体的疾患者があり,また,「初等」から「特別」にまたがる多種別の収容者がいるため,治療,処遇上,種々問題が生ずる。しかし,今後専門的治療法の開発や分類制度の発達に伴い,収容されるべき対象の枠も拡大されるものと思われ,医療少年院の拡充整備が期待されている。

(三) 女子施設における処遇

 昭和四三年の女子新収容者の数は,五〇七人であり,男女総数の一割にあたる。この少女たちのおもな身上条件を示したII-211表によると,家庭に恵まれない者や,家出浮浪中の者が多く,虞犯行為の者が総数の四〇%を越えている。また,低知能など精神的欠陥者が多く,身体的疾患の多いこととあいまって,女子ではことに医療少年院に入院する割合が多くなっている。

II-211表 新収容者の身上条件等の百分比(昭和43年)

 一方,女子少年院内の紀律違反行為によって懲戒された者の数は,昭和四二年で延べ一,四〇三人で,一人当たりの年間懲戒回数は二・五回となり,他の少年院の平均一・九回をかなり上回っている。その内容は,不正物品所持,自傷など,物品あるいは自己に向けられた行為が多い。これらの事実は,女子収容者に,環境的にも素質的にも恵まれない者が集まっており,その矯正処遇ならびに環境の調整に,男子以上の配慮を払う必要のあることを示している。
 女子収容者には,家事,裁縫など,家庭婦人となるのに必要な基礎的教養を授けることも必要であり,生活指導,ことに教養を目的としたクラブ活動,篤志面接委員制度の活用などの面で,特色のみられる指導がなされている。
 クラブ活動としては,前出のII-209表のとおり,文化系統の活動が盛んで,クラブ数,所属人員,実施回数とも,一般の少年院をしのぎ,その内容としては,女性らしい教養を求めた茶道,生花などが多い。また,篤志面接委員制度も活用されており,昭和四二年における延べ面接人員は一,八三一人で,収容少年一人当たりの面接回数は,他の少年院の平均〇・八回に対して,三・二回におよんでいる。内容は,精神的煩もん,教養がおもなものであるが,他の少年院に比べ,趣味についての面接も比較的多い。
 職業補導は,一般に手芸や,洋裁,家事サービスなど女子に適した種目について行なわれているが,将来の職業にそなえる美容,和文タイプ,事務なども,一部の施設で力をいれている。ことに美容については,明徳少女苑が,美容学校としての認可を受けている。
 女子少年院では,医療少年院の場合と同様,多種別の者を混合収容しており,処遇上あるいは管理運営上,困難な問題をかかえているが,家事サービス科の充実,その履習証明書の授与など,女子に適した職業補導の開発が進められつつあり,今後に期待される。

(四) 教科指導専門施設における処遇

 義務教育未修了者は,初等少年院の収容者の中にとくに多い。鑑別調査の結果によれば,中等・特別少年院では五%以下であるのに対し,初等少年院では八〇%をこえている。さらに,義務教育修了者でも学力の低いものが多く,また高等学校等に入学を希望する者もあるので,これらの者に対する学力の補習も必要とされる。
 このような教科指導を必要とする対象者を集め,施設,職員,教具等の充実をはかり,効率のよい指導を行なうため,全国の初等少年院(または初等を併設する施設)のうち千葉星華学院ほか八庁を,教科指導専門施設に指定し,おおむね中学課程の教科教育を施している。また,指導の対象となる収容少年は学力を異にするため,この種の少年院には,学力別に数種の学級が用意されており,小学校,中学校一,二年,同三年程度の三学級が編成されるのが普通である。
 教科課程および指導計画は,文部省の定める「学習指導要領」によっているが,収容少年の特殊性,少年院の特殊教育目的を考慮して,教材の選択や配列に意が用いられている。とくに,社会生活に役立つ実務教育として,珠算,孔版,計算尺などが,通信教育と併用して行なわれている。また,進路指導,特別教育活動,行事などの時間をとくに多く設け,生活指導面の充実にも重点がおかれている。
 教科指導専門施設における日課は,例えばII-212表のように,道徳・カウンセリングなど,生活指導の時間数が多くなっているのが特徴であろう。授業形態は,通常一斉学習であるが,一般の学校と異なって,教育対象少年の新収容も出院も,年間を通じて随時にみられるため,学級の構成員は常時変動している。したがって,学級の長期の教科カリキュラムは,個々の学習者に対する指導課程と一致しない場合が多い。このことは,学業不適応者で個別的学習が必要な対象者をかかえる少年院教育にとって,いっそうのあい路となっているが,対象者全員に対する個別学習は,多くの職員を必要とし,現状では,ほとんど望みえないので,個別学習と能力別学習の機能を備えたプログラム学習が,一部の少年院で行なわれるようになった。プログラム学習の進歩した形は,ティーチング・マシン(教授機械)を用いるものである。現在,一般の少年院では,シートを用いるものが多いが,教科指導専門施設には,ティーチング・マシンとして,単純なシンクロファックスを試験的に利用してプログラム学習を行なっているところが四庁ある。このほか,最近急速に開発されつつあるチーム・ティーチング(職員がチームを作って教育にあたる。)を試行している少年院もある。

II-212表 教科指導専門施設の日課表

 なお,その他専門施設に準ずる施設として,二庁が教科指導重点施設に指定されている。このうち,とくに富山少年学院では,高等学校通信制の課程として,県立高等学校の学級を施設内に設けているが,この種の試みは,今後義務教育修了者と高校在学・中退者が漸増する情勢に対応するものとして,期待されている。

(五) 職業訓練専門施設における処遇

 少年院収容者には,無職者や転職経験者が多いが,鑑別調査によると,無職者は,中等・特別少年院では四三ないし四五%で,その占める割合はかなり高く,また,中等少年院で約五六%,特別少年院で約七二%のものが,四回以上の転職経験をもっている。中等・特別少年院で技能士の資格を取得させるための職業訓練を効率的に行なうために,多摩少年院ほか八庁の職業訓練専門施設が設けられている。これらの施設では,少年院送致決定者のうち,職業適性があり,一定の技能を習得できる能力を有する者で,職業技能を身につけさせることによって更生の可能性が高いとみられる者を対象とし,職業技能を授ける教育や職業訓練を実施している。訓練内容は,一般の公共職業訓練所と同様のものであり,職業訓練法に則って,一年間一,八〇〇時間の訓練が行なわれている。
 昭和四三年における職業訓練の実施種目は,木工,活版印刷,建築大工,仕上,板金,ラジオ・テレビ修理,溶接,機械,機械製図である。ほかに,電気工事士の養成施設として通産大臣の指定を受けているものには,神奈川ほか三少年院(電工科)があり,自動車整備士養成施設として運輸大臣の指定を受けているものには,神奈川,愛知の両少年院(自動車整備科)があり,理容師養成施設として厚生大臣の指定を受けているものには,久里浜ほか四少年院(理容科)があり,そのほか,前述の女子美容師養成施設がある。
 これらの施設には,職業訓練指導員その他専門の職員が配置され,職業訓練法その他の法令の定める設備基準に則った設備をもって,指導がなされる。また,職業訓練課程を修了した少年には,労働省職業訓練局長名による履修証明書が発行されており,技能士の資格取得にあたって,一般の公共職業訓練所修了者と同等に扱われる。職業訓練は,同一種目に対して数人ないし十数人の対象者をまとめて学級を編成し,一年間,行なわれている。

(六) 体育重点施設における処遇

 体育の計画的な指導が少年の行動,態度に効果的に影響を与えると考えられるので,中等少年院では,印旛,和泉,特別少年院では,小田原の三少年院が重点施設として,体育指導の充実がはかられている。その教育の実状を,小田原少年院に例をとると,日課は体育活動を重点として編成されており,持久走(マラソン),格技(柔・剣道),器械運動・陸上,球技(バスケットボール,サッカー),などの種目が行なわれている。ここに収容された少年は,院内経過にしたがって,基礎体力の養成期である訓練準備課程をへて,指導課程に入り,初期の第一班から,終期の第四班に分かれ,各段階に応じて,体育指導を通じての処遇が進められている。

(七) 集団を利用した処遇

 一般に,少年院における生活は,考査期間,反省期間(謹慎期間),特別な保護期間(病気休養など)を除けば,一日中,他の在院者にとり囲まれた集団生活であり,同年齢層の仲間から受ける影響は大きい。そこで,集団そのものに,更生的な雰囲気を醸成し,その集団をとおして個人を教育していくという観点から,処遇を実施している少年院が,いくつかある。
 その一つである喜連川少年院では,主として,午後五時四〇分以後の夜間指導において,教官の指導による収容者の集会を開き,そこで全員の生活態度の問題点を集団の中で考えていくことにより,集団の雰囲気そのものを,非行容認的なものから,社会適応的なものに変え,その雰囲気の中で個人の生活態度をも変容させてゆくことをねらっており,他の一つである多摩少年院では,非公式な組織集団などの影響をできるだけ排除するため,公式的な係組織を編成し,係集会をとおして集団活動を展開させ,集団の質を高めようとする努力が行なわれている。同様の試みが茨城農芸学院や帯広少年院でも行なわれているほか,集団カウンセリングの試みが愛光女子学園などで実施されており,集団を意図的に利用した処遇の試みが広がりつつある。

(八) 新しい動向

 少年院法施行後二〇年を経過した今日,過去の実績について十分な検討を加え,新しい観点に立脚した処遇の個別化,施設の専門化,収容者の資質,施設の実情に適した処遇方法の開発を考究し,現在の情勢に応じた矯正施設としての機能の充実をはかることが要求されている。前述した,教科指導,職業訓練の専門施設および体育重点施設は,この要求にこたえるものであるが,これらの専門施設に収容されて専門教育を受ける収容者は,その一部にすぎない。他の多くの収容者にも,その資質に応じた専門的教育あるいは治療が,徹底的に行なわれる必要がある。この意味で,従来の専門施設のいっそうの充実整備とともに,新しい種類の専門施設,または,専門指導課程を設けることが要望されている。すでに一部実現されているものとしては,短期収容施設,道路交通法違反少年収容施設などがあり,また,職業訓練課程として構想され一部実現している種目には,船舶職員養成,第三次産業従事者の養成などのコースがある。
 このうち,短期収容施設としては,和泉少年院が,犯罪傾向の比較的進んでいない者を収容して実績をあげているほか,昭和四四年から道路交通法違反少年収容施設を,松山少年院に実験的に開設した。ここでは,およそ三か月間の短期収容によって,運転適性のある者は技能および態度の訓練を,適性のない者には他の適した職業技能の開発指導を行なうこととされている。また,船舶職員養成コースが新光学院に設けられ,本年度から活動を開始している。
 専門施設は,いうまでもなく,適性のある収容者を集中し,十分な設備と,資格をもった職員の指導とによって,効率の高い指導効果をねらうものであるが,同一矯正管区内に限ると,同一種別に属する少年を確保できない場合も多いので,他管区にまたがった広域収容またはブロック収容による方法も考えられる。しかし,保護者居住地との関係などもあり,全面的実施には,なお検討を要するものがある。
 また,少年院における教育指導のいっそうの充実をはかるためには,生活指導の充実を必要とする時間と,職員を勤務配置できる時間との関係において問題がある。生活指導が主として行なわれる夜間および休祭日は,少数の当直職員に委ねられ,徹底した指導が行なわれがたい。収容者総数は漸減しているとはいえ,教官一人当たりの収容者数は,昭和四三年では,なお三・四人となっているが,これは,教育者,保安職員,保護者の三様の機能が要求される教官として,かなりの負担量であることには変りがなく,職員の勤務時間,勤務配置についても,なお検討を要すべき問題がある。
 このほか,新しい教育方法の導入あるいは開発は,それぞれの施設において試みられているが,それを公開し検討する研究会も自庁あるいは矯正管区単位に開かれ,全国的にも矯正教育研究会などが催されていて,参加者間の知識の交換,参加者を通じての知識の導入,普及が行なわれているので,処遇体制の新しい展開が期待される。