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 昭和44年版 犯罪白書 第二編/第一章/二/2 

2 刑の量定

 裁判官は,法律によって定められている法定刑,または,これに法定の修正が行なわれた処断刑の範囲内で,具体的な刑を言い渡す。これを,宣告刑と呼んでいるが,このように,被告人に対して宣告されるべき刑の内容を具体的に決定することを,刑の量定,あるいは量刑と呼んでいる。刑の量定は右の法定刑ないしは処断刑の範囲内において,裁判官の自由裁量に任されているが,自由裁量といっても,裁判官の主観的なし意を許すものではなく,合理性を持ったものでなければならないことはいうまでもない。刑法改正準備草案第四七条は「刑は,犯人の責任に応じて量定しなければならない。刑の適用においては,犯人の年齢,性格,経歴および環境,犯罪の動機,方法,結果および社会的影響ならびに犯罪後における犯人の態度を考慮し,犯罪の抑制および犯人の改善更生に役立つことを目的としなければならない」としている。
 ところで,裁判の実際では長い年月の間に,個々の具体的な事件についての科刑の積み重ねを経て,量刑についての慣行の尺度ともいうべきものができ上ってきており,この量刑についての尺度が,上訴審における判断により維持され,あるいは是正が行なわれて,新たな量刑の慣行の尺度が形成されていくといえよう。

(一) 統計からみた量刑の一般的傾向

 通常第一審手続で,禁錮以上の刑を言い渡されたものの刑期別比率を,昭和三二年,同三七年,同四二年と五年ごとの年次についてみたのが,II-28表である。これによると,懲役は,一年以上二年未満の者が最も多く,昭和四二年の数字では,懲役刑総数の四〇・八%を占めており,これに次いで,六月以上一年未満が三一・六%となっている。試みに,三つの年次について,一年以上の懲役刑に処せられた者の総数に占める比率を比較すると,昭和三二年が六一・〇%,同三七年六一・三%,同四二年五八・三%となっている。同様に執行猶予率を比較すると,昭和三二年が四七・四%,同三七年五〇・三%,同四二年五三・八%と,年を逐って上昇している。

II-28表 刑法犯・特別法犯通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(罰金以下の刑を除く)(昭和32,37,42年)

 次に禁錮をみると,最も多いのは,六月以上一年未満で,昭和四二年の数字で,禁錮刑総数の六四・二%を占めており,次が一年以上二年未満の二二・四%となっている。一年以上の禁錮刑に処せられた者の割合は,昭和三二年が七・〇%,同三七年一四・一%,同四二年二三・一%と大きく上昇し,一方,執行猶予率は,昭和三二年七八・八%,同三七年七一・八%,同四二年七〇・一%と高率であるが,懲役刑とは逆に,その比率がやや低下する傾向を示している。

(二) 主要罪名別科刑の状況

 刑法犯のうち,殺人(第一九九条,ただし嬰児殺を除く。),強盗(第二三六条),窃盗(第二三五条),公務執行妨害(第九五条第一項),収賄(第一九七条第一項前段),業務上過失致死傷(第二一一条前段)の六罪名を選び,これらについて,昭和三二年,同三七年,同四二年と,五年ごとに科刑の分布比率をながめてみよう。この六つの罪名を選んだ理由は,殺人と強盗は,いわゆる重大犯または悪質犯と呼ばれるもので,その法定刑は,いずれも重いうえ,その下限が定められているので,科刑の一般的傾向をみるのに比較的容易であり,窃盗は,財産犯の代表的罪種であり,公務執行妨害,収賄,業務上過失致死傷の三つは,前節にみたとおり,昭和四三年において著しい増加を示し,社会の注目を集めている罪種であるからである。
 まず,殺人罪の法定刑は,その上限が死刑,その下限が懲役三年である。前記の三つの年次について,科刑の分布比率をみると,II-29表のとおりであるが,昭和四二年についてみると,死刑は,有罪総数の〇・一%,無期懲役は,一・五%,また,一〇年をこえる有期懲役は,五・六%であるが,法定刑の最下限である懲役三年が二七・三%強,これを下回るものが一六・〇%強であるから,総数の四三・四%が,法定刑の最下限か,または,これを下回る科刑を言い渡されたことになっている。試みに,同表の三つの年次について,懲役三年をこえる刑に処せられた者の割合を比較してみると,昭和三二年四八・一%,同三七年五四・七%,同四二年五六・六%となっているが,一方,懲役一〇年をこえる者について比較すると,昭和三二年が六・五%,同三七年には七・三%となったが,昭和四二年には,七・二%に低下している。なお,執行猶予率は,約二五ないし三二%という数字となっている。

II-29表 殺人罪(第199条)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(昭和32,37,42年)

 強盗の法定刑は,その上限が懲役一五年,その下限が懲役五年である。前同様の方法で科刑の分布をみたのが,II-30表である。これによると,昭和四二年には,懲役七年をこえるもの一・四%,法定刑の最下限である懲役五年をこえ七年以下が一一・三%で,計一二・七%が法定刑をこえるのみで,残り八七・三%は,最下限である懲役五年以下である。法定刑の最下限か,または,これを下回る科刑の比率は,昭和三二年が八四・五%,同三七年が八六・一%であるから,強盗に対する科刑は,この一〇年間に,やや軽くなる傾向を示しているということができよう。執行猶予率も上昇して,昭和四二年には,二五%をこえている。

II-30表 強盗罪(第236条)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(昭和32,37,42年)

 次に,窃盗の法定刑は,一〇年以下の懲役である。昭和三二年,同三七年,同四二年について,それぞれ科刑の分布をみると,II-31表のとおりである。最も多いのは,懲役一年以上二年未満で,総数の六割近くを占め,これに次いで,懲役六月以上一年未満が,三割前後となっている。窃盗に対する科刑は,刑期の分布の上では,あまり変化が認められないが,執行猶予率は上昇して,昭和三二年四四・七%,同三七年四六・九%,同四二年五一・四%となっている。

II-31表 窃盗罪(第235条)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(昭和32,37,42年)

 公務執行妨害の法定刑は,三年以下の懲役または禁錮とされている。II-32表は,前同様三つの年次について,懲役または禁錮刑に処せられた者の刑期の分布をみたものであるが,その大半が,六月以上一年未満の刑によって占められている。一年以上の刑に処せられた者の割合は,昭和三二年一〇・三%,同三七年一〇・一%,同四二年が六・二%となっており,一方,執行猶予率は,昭和三二年六四・二%,同三七年六六・五%,同四二年に七四・一%と,昭和三八年から四二年までの間に,公務執行妨害に対する科刑が,刑期の上でも,執行猶予率の上でも,大幅に軽くなっていることが特徴的である。

II-32表 公務執行妨害罪(第95条1項)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(昭和32,37,42年)

 次に,単純収賄の法定刑は,三年以下の懲役である。前同様,三つの年次について比較したのが,II-33表であるが,懲役六月以上一年未満の刑に処せられた者が,各年次とも,最も多い。しかし,一年以上の刑に処せられた者は,昭和三二年一八・一%,同三七年二三・八%,同四二年三九・〇%と,上昇しており,刑期の上では,収賄の科刑は重くなりつつあるといってよいであろう。しかし,執行猶予率も上昇をみせ,昭和四二年には,九五・六%にも及んで,有罪人員一三六人中,実刑となった者は六人にすぎない。

II-33表 収賄罪(第197条1項)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(昭和32,37,42年)

 業務上過失致死傷の法定刑は,昭和四三年の刑法改正以前には,三年以下の禁錮または五万円以下の罰金とされていた。前同様の比較を試みたII-34表(禁錮刑のみ)によれば,一年以上の刑に処せられた者は,昭和三二年には,五・七%にすぎなかったが,昭和三七年には一三・八%,同四二年は二三・五%と,著しい上昇を示し,執行猶予率にも低下がみられる。この種事犯に対する科刑は,最近一〇年の間に,かなり重くなってきていることがうかがわれる。

II-34表 業務上過失致死傷罪(第211条前段)の通常第一審有罪人員の科刑別人員と百分比(禁錮刑のみ)(昭和32,37,42年)

 最近,増加が憂えられている三つの罪名について,科刑の傾向を通観すると,業務上過失致死傷に対する科刑は,明らかに重くなる傾向を示し,収賄に対する科刑も,刑期の上では,厳しくなってきているのに対し,公務執行妨害については,緩刑化の傾向をみせているが,今後の推移が注目されるところである。